第八十八話 進むも地獄、退くも地獄!?
僕はようやく自分も納得できて、立花さんにも喜んでもらえそうなクリスマスプレゼントが買えたと思って、帰路についた。
いつも通りの帰り道のはずなのに、心が晴れ晴れとしていたおかげか?やけに短く感じる。
あっという間に家に着き、気付くと僕は玄関の前に立っていた。
そのまま勢いよく扉を開ける。
「母さん!ただいま!!」心なしか声もいつも以上に出ている気がした。
「あら、お帰りなさい。今日は私の娘と一緒じゃないのね?」母さんがリビングに続く扉からヒョコッと顔を出して、立花さんがいないのがわかるとそそくさとキッチンの方へ戻って行ってしまった。
息子の扱いが存外雑すぎないか?そもそも僕が立花さんとお付き合いしているからこそ娘って呼べているはずなのに⋯⋯もう少し僕に対してもありがたみを感じて欲しいよ⋯⋯
僕はぶつぶつと呟きながら自分の部屋に行って、コートをかけ荷物を置きリビングへと向かった。
リビングに到着すると、夕飯の支度をしている母さんが目に入ったが、僕は椅子に座りクリスマスに向けて心配な事があったので確認も含めて話す事にした。
「母さんクリスマスイブの日なんだけ────」と訊ねかけた所で、母さんがそれに被せるように話してくる。
「クリスマスパーティーを家でやりたいって言ってた事よね?」母さんが料理をしながら視線だけを僕に向けた。
「うん、そう。父さんは帰ってこれないって聞いてたから、できたら家に立花さんを呼んでやりたいなって思っててさ」
「その件ね、アリスさんにも電話で相談したんだけど、あなた達二人でやりなさい」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「ごめん、母さん今なんて────」
「だ、か、ら、アリスさんと私は飲みに行く事にしたからクリスマスは二人で過ごしなさい」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
完全にやられた⋯⋯?クリスマスプレゼントに気を取られて、立花さんが力尽くでくる可能性があると予想すらしてなかった。
僕だって忘れていたわけじゃない。立花さんに言われた『クリスマスには絶対だからね!約束破ったら切るよ』って言葉を⋯⋯
覚悟はできているつもりだった⋯⋯だけどいざ貞操を失うって考えたら、緊張がピークに達してしまい、クリスマスパーティを開くという愚策に逃げてしまった。
『僕はとうとうクリスマスの日に女の子になってしまうんだね⋯⋯』
女性になるくらいなら、貞操を失った方がいいと普通なら思うだろう。
もちろん僕だってそう思う。だがしかし、その行為をする前に打ち勝たなくてはいけない事がある。
第一に自信がない。その理由は凄く簡単で、ずっとボッチだった僕は修学旅行の類のイベントに参加したことがなく、自分と皆の差が全く分からない。
極端に小さかったらどうしよう?という不安。
第二に、今まで人と触れ合った事が無い僕がいきなりレッドゾーンに突入して、フルスロットルさせたら自分でもどうなってしまうかわからないっていう恐怖。
最後にこれが大半を占めていると言っても過言ではない。立花さんに幻滅されたらどうしよう⋯⋯って思いから嫌われたく無いという強い気持ちが働いてしまい結局なにもできずに二度目の失敗をしてしまうこと。
以上の理由で、僕はクリスマスパーティをするという逃げの一択を選んだのだが⋯⋯完全に読まれていたようで先手を打たれてしまった。
何も考えずに、二人で幸せな時間を過ごせたらって思うのに⋯⋯本当に自分が嫌になるよ⋯⋯
け⋯⋯けい⋯⋯「ちょっと景!聞いてるの!?」その声に気付いて顔を上げると、母さんが僕の向かい側に座って頬杖を付いていた。
「何回名前を呼んでも反応ないし、なんか眉間に皺を寄せてずっとぶつぶつ喋っていたから心配しちゃったじゃない。大丈夫なの?」母さんが眉を八の字にして僕の顔を除き込んでいる。
大丈夫な事はなに一つないけど、「なんとか⋯⋯大丈夫」と喉に引っかかっていた声をなんとか絞り出して言う。
「あんまり大丈夫そうじゃないけど⋯⋯クリスマスイブは蒼ちゃんと二人でいられるんだから頑張りなさいよ」
頑張りなさいってなにをだろう?特に気に留める必要は無いような気もするのだが、なんとなく違和感があるようにも聞こえる。
僕が腕を組んで天を仰いでいると、母さんが深い溜息をついて話を続けた。
「クリスマスだからって浮かれポンチでロックンロールはしないでって事よ」
この人はいったい何を言っているのだろうか?本当に僕の母さんだよね?
僕は目を見開いて母さんに向き直った。
「ごめん母さん、何を言ってるのか全くわからないよ⋯⋯」それを聞いた母さんが肩を竦めて首を振ると、
「多少節度を超える行為があったとしても、ちゃんとしてあげなさいねって事よ!」母さんはそう言って席を立つと、また調理をするためにキッチンへと戻って行ってしまった。
母さんの言ってる事がいまいちわからないのだが、僕なりに母さんの言った事を解釈すると、浮かれてやりたい放題やるのはだめだけど、多少度を超えてしまった場合は責任が取れないのだからしっかり避妊しなさいよって言ってるように聞こえた⋯⋯
え?なに?これ色々バレてる!?
僕は頭を抱えて、声にならない呻き声を上げていた。その様子を仏顔で見守っている母さん。
僕は一旦落ち着こうと、胸に手を当て深呼吸をする。
いや、全く落ち着けない。
だって考えても見て下さい。クリスマスに僕が貞操を失うかもしれないと言う情報を、両方の親が知っている可能性がある。
それってもう進むも地獄、退くも地獄じゃないですか?
完全に八方塞がりか⋯⋯
それならば⋯⋯僕はあることを心に誓ってクリスマスイブ当日を迎える事にした。




