第八十六話 大人の勉強会⋯⋯
部屋に到着するといつも通り電気を点けたのに、後ろからついて来ていた立花さんが電気を消した。
「立花さん勉強は?」と訊ねると、「勿論やるわよ」と言って立花さんはスタスタ窓の方に歩いて行きカーテンを閉める。
いや、こんな真っ暗な部屋じゃ勉強なんてできるわけないじゃないですか?って喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、僕は大人しくクッションに座った。
そのまま手を伸ばしテレビのリモコンを掴んでテレビを点けると、画面のやわらかな光が僕だけを照らし出す。
そのいつもと変わらないやわらかな光に安堵していると、突然僕の後ろでギシッと軋む音が聞こえたかと思ったら、衣擦れの音まで聞こえてきた。
不思議に思って「立花さん何をしているんですか?」と訊ねると、
「こっち見ちゃだめよ⋯⋯」と立花さんがか細い声で呟いた。
見ちゃだめよと言われると、どうしても見たくなるのが男の性だ⋯⋯
僕は音を立てないように、慎重にゆっくりと振り返ろうとした。
次の瞬間、急に肩を掴まれドサッと音がしたと思ったら、制服の上着だけを脱いだ立花さんに馬乗りされる。
テレビの光が立花さんの銀髪を煌々とさせると、垂れ下がった毛先の隙間から、恍惚とした表情を覗かせた。
「見ないでって言ったわよね?」立花さんが垂れ下がった髪を耳にかける。
久し振りの未体験ゾーン突入に、頭が真っ白になり言葉が出ない。
「ねぇ⋯⋯なにか言ってよ⋯⋯」立花さんの顔がゆっくりと近付いてきて、そのまま僕の唇と重なった。
いつもより長い気がする⋯⋯
立花さんが「んっ⋯⋯」と声を漏らすと、唇が離れていき何かを懇願するように碧眼を潤ませ僕を見つめる。
「た⋯⋯────」
名前を呼ぼうとした瞬間、立花さんの体重が僕に預けられると、布一枚だけの双丘の感触が肌に伝わり、開いた僕の口にさっきよりも深く唇が重なって、そのまま立花さんの舌が僕の舌に絡んできた。
立花さんが両手で僕の頬を挟みながら、顔の角度を変え更に舌を絡ませてくる。すると僕と立花さんの唾液が混じり合い、息遣いが口から脳へと伝わってきた。
お互いの息遣いが少しずつ荒くなり湿っていく⋯⋯
『テレテレッテッテッテー』
レベルが上がったがそれを確認するつもりは無い⋯⋯
僕だって男だ、したくない理由はない⋯⋯だけど、胸が締め付けられ頭の中で白い靄が渦巻くと⋯⋯
僕の僕がいつも通りの僕のままで全く反応しない⋯⋯そう、極度の緊張にいつも以上に役立たずになっている⋯⋯
その異変に気付いたのか?立花さんが唾液の糸を繋ぎながら顔を引いていく。
どうしよう?どうする?どうすればいい?混乱した僕は「立花さんすみません⋯⋯僕の僕がいつも以下の僕なんです⋯⋯」
それを聞いた立花さんが乱れた銀髪を耳にかけると、
「えっ?どういう事?」と疑問符を浮かべた。
「いつもなら手を繋いだだけで僕の僕はいつも以上の僕になったりするのですが⋯⋯今日に限って⋯⋯」そう言って、視線を下半身へと移動させると、それに釣られて立花さんも視線を僕の下半身に移動させた。
立花さんがゆっくりと僕の上から降りて、正座をする。
「必要無いって言ったじゃない⋯⋯」
「へっ?」
「だからスッポンドリンクとマムシドリンク勧めたのに⋯⋯」立花さんがプルプルと震え出した。
それを飲んでいれば元気な僕になっていたって確証は無い。けど、どんな理由であれ立花さんに恥をかかせた事実は無くならない。
僕は体を起こして、ベッドの上に脱ぎ捨てられた制服の上着を掴み取ると、それを肩にかけてあげ、そのまま後ろから抱きしめた。
「立花さん、本当にすみませんでした⋯⋯」と立花さんの肩に額を落として謝ると、
クククッ⋯⋯と笑いを堪える声が聞こえてきた。
「た、立花さん?」僕がサッと顔を上げると、立花さんは腹を抱えて大笑いしている。
「景くんが予想通り過ぎて、腹が千切れる〜〜」立花さんがそう言って、体を揺らし続ける。
怒ってなかった事は良かったと思う⋯⋯けどだ、なーんか面白くない!そう思って俯くと、バチーンっと額にデコピンをされた。
僕は咄嗟におでこを抑えて「立花さん痛いです」と涙目で睨むと、
「景くんらしいなーって思ったけど、怒ってないわけじゃないからね⋯⋯」
「す、すいません⋯⋯」ばつが悪そうな表情を浮かべる。
「だ、か、ら⋯⋯クリスマスには絶対だからね!約束破ったら切るよ」立花さんはそう言って、僕の僕にデコピンした。
「善処します!」僕が弾けたように声を出すと立花さんが「うん!」と言って目尻を下げた。
「じゃ飲み物でも持ってきますね!」立花さんが「うん!」と頷いたのを確認してから僕は立ち上がりキッチンへと逃げ込んだ。
デコピンされた僕の僕が少し元気な僕に変貌を遂げようとした事をひた隠しにするように⋯⋯




