第七十七話 僕と立花さんの秋恋物語
金木犀の匂いが風に運ばれ、僕の鼻腔をくすぐる。そんな夏の気配が薄れた学校の帰り道を立花さんと肩を並べて歩いていると、
「手を繋ぎなさい」そう言いながら青筋を立て、立花さんが詰め寄ってきた。
「嫌です」学校帰りで、誰が見ているかもわからないそんな中、手なんて繋げない。そう思って拒否を続けていると、
「わかったわ、じゃーキスをしなさい」
「もっとだめじゃないですか、手がだめなのにどうしてキスなら大丈夫って思えるんですか?」と口角泡を飛ばす。
そう、付き合い始めてからもうすぐ一ヶ月になろうとしているのに、告白した時こそキスをしたものの、それ以来僕達の恋物語は暗礁に乗り上げてしまったかのように進展する事が無くなってしまっていた。
その状況に痺れを切らしたのか?最近毎日のように立花さんが言い寄ってくるようになり、僕はどうしたらいいのかわからなくなっていた。
正直、手を繋ぐ事もキスをする事も嫌なわけじゃない⋯⋯けど⋯⋯
「手を繋ぐのもだめ、キスもだめ⋯⋯これじゃまるで私が嫌われているみたいじゃない?いったいなんだったらいいわけ?」立花さんが目尻を吊り上げさらに詰め寄ってきた。
「嫌いなわけないじゃないですか⋯⋯ただ⋯⋯」僕が小さく震える声を絞り出し俯くと、
「ただ、な⋯⋯──────」
「心臓がバクバクしちゃって、体が動かなくなってしまうんです」そう拳を強く握り言い放つ。
その瞬間、ジュルっと音が聞こえて立花さんに視線を移すと、
「なにその顔?可愛い過ぎるんだけど」そう言って、滴る涎を拭い妖艶な眼差しを僕に向けてきた。
これじゃまるで、捕食者に狙われている獲物みたいじゃないか?僕がそう思って目を逸らすと、
「まぁいいわ、人それぞれ恋の形も進む速さも違うはずだから────────」
その言葉でホッと胸をなで下ろした瞬間、左手が強く握られ、物凄い勢いで引き寄せられると、僕の左頬からフニっとした感覚が伝わってきた。
「なっ!!」咄嗟に右手で左頬を抑えると、
「あ!ごめん、我慢できなかった」立花さんが満面の笑みを僕に向けながらそう言った。
その言葉と行動に心臓が跳ね上がり、その場で立ち竦んでいると、
「どうしたのかしら?鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして?」そう言いながら、立花さんは首を傾げた。
「た、立花さんは恥ずかしく無いんですか?」
「恥ずかしいに決まってるじゃない」
「じゃーどうして?」
「そうねー、恥ずかしいけど景くんの温もりを感じたい。そして、いつかこの時この瞬間を思い返した時に、思い出と一緒に温もりも思い出したいのよ⋯⋯文句なんて無いわよね?」
「文句なんてありません⋯⋯」
「まぁ、あっても言わせないけどね」そう言って、立花さんがはにかんだ笑顔を見せた。
自分が恥ずかしい。立花さんのその笑顔がそう思わせた。
結局の所恥ずかしいなんて言い訳で、嫌われたくないって感情が先立って、臆病風に吹かれ一歩が踏み出せなかった。
それだけだったのかもしれない。
「立花さん!明日から一緒に帰れるときは手を繋いで一緒に帰りましょう」
「ん」
お互い握り合ったその手を、それを確かめ合うように握り合った。
こうやってゆっくりでもいいから、一歩一歩一緒に歩んで行こう。夏が終わりを迎え秋に変わろうとしていたとしても、僕達の気持ちは変わることが無い事を確かめ合うように。




