第七十五話 交際0日婚!?
濃密な夏休みが終わり、九月一日僕はいつも通り誰よりも早く教室に入り、自分の席に着いていた。
窓の外から入り込む日差しを一身に受け、額に滲み出た汗を拭って窓の外に視線を移すと、まだまだ暑い日が続きそうだなって思わせる程に太陽からの日差しが校庭にある木々に濃い日陰を作らせていた。
そんな様子を頬杖を付きながら眺めていると、ぽつらぽつらとクラスメイトが登校し始める。
「景!おっはよ〜!」その声で振り返ると、真っ黒に日焼けした黒髪ボブの朱里が、その妖艶な光を放つ紅眼で僕を覗き込んでいた。
「朱里おはよ、ずいぶん日焼けしてるね?旅行にでも行ったの?」と僕が訊ねると、
「家族でちょっとね。そう言う景は⋯⋯」そう言いながら朱里は、僕の頭の天辺から足のつま先までなぞる様に見定める。
「うんうんっ!全く変わりが無いから安心したわ!」と満面の笑みを見せた。
失礼だな!確かに見た目は変わりないかもしれない。けど、彼女が出来たんだぞ⋯⋯なんて言えるはずもなく、朱里から視線を逸らして俯いた。
「なになに〜?なにかあった感じかな〜?あ、蒼と喧嘩でもした?それなら、そんな喜ばしいことなんて無いと思うんだけどな〜?」そんな事を言いながら、朱里が席に着いた。
次の瞬間、この世の者とは到底思えない殺気を感じて振り返ると、
そこには顔を真っ赤にしながら鬼の形相を浮かべた、僕の彼女こと立花蒼が腕を組んで仁王立ちしていた。
「ありえないわ」立花さんが震えた声を絞り出す。
ありえないとは?僕と朱里が話していた内容の事だろうか?それとも、これがいつものお約束でここから何か始まるのだろうか?どちらとも付かない状況に呆けていると、
「ありえないわ!!」立花さんが語気を強めて、ドンッと一歩僕に詰め寄ってきた。
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ⋯⋯僕はそう自分に言い聞かせて、「立花さん、なにがありえないんですか?」と訊ねると、
「普通付き合いたてのカップルは登下校を一緒にするものでしょ?なんの連絡もないから家まで迎えに行ったら、もう既に学校に行ってるとかありえなくない?」と立花さんが声を大にして言う。
普通がわからないんだけど?そういうものなのか?と首を傾げていると⋯⋯
『『えぇぇーー!!』』と教室にいたクラスメイト達から悲鳴に似た叫び声が上げられた。
次の瞬間、ドタドタドタッと地響きが聞こえたと思ったら、立花さんを取り囲むようにしてクラスメイトが集まりだす。
「二人付き合ってるの!?」
「ねぇねぇいつから付き合ってるの!?」
「どっちから告白したの?詳しく教えてよ」
そうそれはまるで、記者が有名人を質問攻めにするかのように、その話を聞いていたクラスメイト全員が立花さんを問い質す。
立花さんはふふんっと鼻を鳴らして、「二日前からよ、その時に誓いも立ててきたわ」と立花さんが鼻高々に言うと、
「誓いを立てるって?え?二人結婚したの?」
「すっごーい!交際0日婚じゃん?」
「立花さんおめでとう!」
立花さんの周りが更にどよめいていく。
「でもね⋯⋯」その立花さんの消え入りそうな声で辺り一帯が静まり返ると、周りにいたクラスメイトの生唾をゴクリと飲み込む音が聞こえた。
その状況を見た立花さんが、左手の甲が見えるようにゆっくりと掲げて、薬指を擦りながら「ここが寂しいわね⋯⋯」と物寂しげな表情を浮かべ俯くと、
周りにいたクラスメイト全員の視線が、僕へと向けられる。
「ちょっと二階堂くん、なんで立花さんに指輪買ってあげないの?」
「可哀想じゃない、今すぐ買ってきてあげて」
「プロポーズするなら指輪は必須でしょ!?」
と全員から訝しげな視線と冷ややかな罵声を浴びせられた。
その様子を見ていた立花さんが、うんうんっと大きく頷く中、僕はどこから説明しようかと顎を擦りながら思案を重ねた結果、
「僕十六歳だから結婚できませんよ」と一言伝えると、
全員が「なるほど」と言って、合点ポーズをした。
皆さん理解が早くて助かるーと思っていると、
「でもさー、でもさー、二人付き合ってるんだよね?」
「どっちから、なんて告白したの?」
「気になるー、ねぇ教えてよ」
気になるって⋯⋯言う必要はありませんよね?そう思って口を噤んでいると、
「ねぇねぇ教えてよー」と全員が詰め寄ってきた。そして何故かその輪の中に立花さんも混ざっている。なにこれ?
言う必要が無いのは分かっている。けどこのままじゃ埒が明かない。
そう思った僕は「ら、LOVEを⋯⋯」
「えっ?なんて?」全員プラス立花さんが耳に手を当て詰め寄ってくる。
「ぼ、僕と⋯⋯このLOVE♡GAMEをクリアして下さい!!って言いました⋯⋯」僕が目に皺ができる程、力強く瞑ってそれを言い放つと、
「え?なにそれ?」
「意味わかんない」
「つまんない」
全員がそんなことをいいながら、蜘蛛の子が散って行くように去って行った。
なにこれ?死にたい⋯⋯と思って項垂れていると、耳に生暖かいものを感じた次の瞬間。
「大丈夫、私は知ってるからね」と立花さんが僕の耳元で囁き、鼻歌交じりに自分の席に着いた。
ま、僕達二人がわかっていればいいか?と先ほどまでの事を無かった事にして、一先ず一安心かなって思った矢先。
『バンッ』と大きな音が聞こえて、恐る恐る音の聞こえた方に視線を移すと、炎を身に纏った朱里が頬杖を付きながらこっちを睨んでいた。
そうこの時この瞬間まで朱里の存在を忘れていた僕は、この後手痛い思いをすることになるなんて思いもしていなかったんだ。




