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第六十五話 漂う微妙な空気!?

 顔を洗い終わって、リビングに戻った僕は額を抑えながら食事の席に着いた。


 二人の様子がおかしかった理由が、僕の額に書かれた愛の字を心の中でずっと笑われていたからだ⋯⋯とわかって、色々な事が腑に落ちた。


 腑に落ちたけど⋯⋯額の愛の字は、なにをしても落ちない。


 「立花さん⋯⋯これ全く落ちないんですけど⋯⋯」と額に指をさすと、立花さんは腹を抱えて笑う。


 立花さんでは埒が明かない。そう思って、母さんに助け舟を哀願あいがんすると、笑いを堪えるように口を手で押さえながら「食事が終わったらアルコール入りの除菌シート持ってきてあげるわ」と言って顔を伏せた。


 消してもらえるのは素直にありがたい。だけど⋯⋯ずっと笑い者にされていた僕の気持ちになってみて欲しい。


 ま、だからと言って、この二人を相手に仕返しをなんて考えた日には、逆に僕が更なる地獄をみることになる。


 そう思った僕は、二人をほっといて食事を平らげる事にした。


 「ねぇ景くん、そこの薬味ちょうだい」 


 「これですか?」と目の前の薬味を取って、立花さんに渡す。


 「ブッ!!」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 「景、私にも薬味ちょうだい」そう言われ母さんにも薬味を渡した。


 「ブッ!!」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 こ、これは千載一遇のチャンスなのでは!?二人が素麺を啜った瞬間に、髪をかき上げ愛の文字を見せれば⋯⋯そう思った僕は、一旦箸を置き、心を弾ませながらその時がくるのを待った。


 今だ⋯⋯


 その瞬間僕は、身を乗り出して、愛の字がしっかり見えるように髪を両手でかきあげた。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 あ、あれ?しっかりと愛の字を見せたはずなのに、全くの無反応ってどういうこと?


 僕がそのままの状態で固まっていると、


 「露骨過ぎるのよ」と母さんが言って細い目で僕をみると、


 「バレバレよ」と立花さんが言って、僕に冷ややかな視線を向ける。


 僕は、二人のその反応を見た瞬間、額から汗が噴き出した。


 まずい、非常にまずい⋯⋯どこでバレてたかわからないが、ちょっとした悪戯心が最悪の展開を迎えてしまうかもしれない。


 そう思った僕は、事を荒立てないよう極めてゆっくりと椅子に腰を掛けた。


 しばらく待ってもお咎めが無い⋯⋯


 素麺を啜る音だけが聞こえているこの状況の中、僕が皺ができるほど両手でズボンを掴んでいると、


 「食べないの?」と立花さんが満面の笑みを浮かべ、「早く食べちゃいなさい」と母さんが、頬杖をついて口角を上げる。


 「す、すいませんでした」僕はそう言い放って、蕎麦猪口を勢いよく取り素麺を啜った。


 「そんなことより蒼ちゃん」


 そんなことってなに?


 「お義母さんどうしました?」立花さんが首を傾げた。


 「たいぶ遅い時間になっちゃったし、今日泊まっていったら?アリサさんには連絡入れとくから」


 いやいやいや、アリサさんに連絡する前に、一応僕にも確認とってよ。


 「う〜ん⋯⋯今日はやめときます」


 え?珍しい!いつもなら一つ返事で泊まっていくのに?


 「あらそう?ならしょうがない、でも夜道は危ないから景、送って行ってあげなさい」


 「うん、わかった」ま、夜道は危ないからね、夜道は⋯⋯


 「いやいやいや、明るい所通って帰るから大丈夫です」と言って、手をヒラヒラとさせる立花さん。


 「絶対にだめよ、夜道は本当に危ないんだから」と母さんが語気を荒げると、


 「景くんと二人の方が危ないです!!」


 そうそう、僕と二人の方がって?え?危ない?


 「立花さん聞き捨てならないです。なんで僕と二人の方が危ないんですか?ぜひ理由を教えて欲しいです」と僕が言うと、


 「あー、うんっ、えーっと」と立花さんがなんか煮え切らない返事をする。


 「愛の字が気になってて、そんな人と一緒に歩いてたら変人あつかいされるって思っているなら、それは心配しないで下さい。しっかり消してから送って行きます」


 「い、いやそういう事じゃないんだけど⋯⋯」立花さんはそう言って、恥ずかしそうに銀髪を指先で『くるくる』といじった。


 立花さんは、なんでモジモジしているのだろうか?僕はそんな立花さんのいつもと違う様子に、疑問符を浮かべながら、それでもやっぱり夜道は危ないと思って別の提案をして見ることにした。


 「例えばなんですけど、母さんが送って行くってのはありなんですか?」とまず通常ではあり得ない提案をすると、


 「凄く申しわけないけど、それなら⋯⋯」と言って立花さんが俯いた。


 この提案でハッキリと分かった。理由はわからないけど、立花さんは僕を避けている。


 理由が知りたい⋯⋯けど、そう簡単には教えてくれそうに無い雰囲気をかもし出している。


 それなら仕方ないか?僕はそう思って、また何事も無かったかのように食事を再開した。


 「ちょっと待って、何この空気?なんで景は何事も無かったかのように食事再開してるの?それに、私も一応女性なんですけど?」そう母さんが言うと、立花さんは眉を八の字にして笑顔をみせ、僕は素麺を啜りながら母さんに視線を移した。


 「ちょっとあなた達、本当に何かあったの?」と訊ねられ、僕達は同時に「何もないよ」「何もないです」と答えたのだけれど⋯⋯結局食事のあと母さんが立花さんを送って行くことになった。

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