第六十四話 立花さんがなにか変です?
「ただいまぁ〜」
「お邪魔しま〜す⋯⋯」
その声で、リビングへ繋がる扉が開き、パタパタと母さんが玄関まで出迎えに来てくれた。
「蒼ちゃ〜ん」と言ってハグをする母さんに対して、「お義母さんお邪魔します」と言って頬を赤く染める立花さん。
まるでその場に僕がいないかのように振る舞われ、僕は「ただいま」と呟き、リビングへと向かおうとした。
母さんが、あらいたの?って雰囲気で僕を一瞥すると、一瞬目を見開いて、明らかに見ちゃいけないものを見てしまったかのように目を逸らす。
いったいなんなんだ?立花さんも変だけど、母さんも変だ。僕の顔に何かついているのだろうか?そう思って頬を擦った。
そんな僕をそっちのけで、「ごはんの準備できてるわよ」と母さんが言って、立花さんを連れて行く。
僕は肩を竦めて「夜ご飯なに?」と訊ねると、
「素麺と天麩羅だってばよ」と母さんが答える。
その瞬間、立花さんが口を手で押さえて『クククッ』と笑い、母さんが目を細めた。
僕が一言、「ウスラトンカチ」って言うと
、二人が振り返って白目をむく。
え?まじなんなの?意味がわからない⋯⋯話に乗っただけじゃないか。
僕はそう思って、二人を追い越しリビングへと向かった。
そのまま二人を置き去りにして、何事も無かったかのようにリビングに到着した僕は、荷物をソファーの横に置いてから食事の席に着くと。
本当に三人で食べられるの!?ってくらい盛られている素麺の横に、これでもかってくらいに盛られている天麩羅が準備されていた。
その光景に愕然としていると、いつもなら、くっつきそうな位の距離で、僕の横に座ってた立花さんが、少し離れた場所に席を移動させ、腰を下ろした。
僕⋯⋯臭いますか⋯⋯?そう思って服の袖辺りの臭いを嗅いでみるが、特段臭いを感じない。
僕は「立花さん遠くないですか?いつもはもっと近くに座っていたような気がします」と訊ねると。
「い、いつも通りじゃない」と声を強張らせる。
明らかに変だ、変すぎる。
そう思った僕が、席を立花さんに寄せてみると、「しゃーんなろー!」と言って、椅子を持ち上げながら離れて行く。
その姿があまりにも滑稽過ぎて、ついつい吹き出してしまうと、立花さんが頬を膨らませながらそのまま椅子を下ろした。
「二人ともなにやってるの?喧嘩でもした?」と言いながら、母さんが僕達の間にめんつゆを置いて、僕の向かい側に座る。
喧嘩?立花さんと喧嘩なんてしていないはず⋯⋯と考えた瞬間、電車の中で爆睡してしまった事を思いだす。あぁ、あれが原因か?
それならと思って、「立花さん、電車では寝てしまってすいませんでした」と素直に謝ると、
「え?なんで謝るの?私が寝てもいいよって言ったわけだし、謝られる事じゃないわよね?」と首を傾げた。
あれ?見当違い?そうなってくると原因が全くわからない⋯⋯いったい立花さんはなにに怒っているのだろうか?
そんな事で頭を悩ませていると、「二人とも、話はそれくらいにして、ご飯冷めちゃうから食べちゃいましょ」と母さんが割って入ってきた。
確かに、せっかくの料理が冷めちゃったらもったいない。僕と立花さんは顔を見合わせ頷き合い、手を合わせた。
「「いただきます!!」」
悩んでいてもしょうがないか⋯⋯いったんご飯食べよう。
そう思ってめんつゆに手を伸ばすと、
「うぎゃぁぁー!」立花さんの手に触れた⋯⋯うぎゃぁぁーって?
その声で母さんは椅子を持ったまま後退り、僕の心臓は『しゅん』と縮こまる。
食卓に静寂の時が流れた⋯⋯
僕はどうやら勘違いをしていたらしい。立花さんは怒っていたわけじゃないんだ⋯⋯
僕はそう思って、手に持っていた箸を『ダンッ』と置いて、
「立花さん!僕の事が嫌いなら嫌いと言って下さい!そんなに拒絶しなくてもいいじゃないですか!?」と語気を荒げた。
「え?はぁっ!?私がいつ嫌いって言った?いつも言ってるよね?好き、大好きって!?そっちこそハッキリしなさいよ!」と更に語気を荒げて言われる。
ハッキリしなさいとは?
怒ってない?嫌われてない⋯⋯?じゃあ、なんで立花さんはこんなに機嫌が悪いんだ?だめだ、全然わからない⋯⋯
すると母さんが突然、その場の空気を変えるように「夫婦喧嘩は犬も食わない⋯⋯ねっ?」と言って、満面の笑みを浮かべる。
それを聞いた立花さんが、「まだ早いです!!」と言って、めんつゆを蕎麦猪口にドバッと入れて、素麺をズズッと啜った。
イマイチ状況を把握しきれない僕は、一旦頭を整理させるために、顔を洗いに行こうと思い席を立った。
「景、食事中にどこに行くの?」と母さんに訊ねられ、
「ちょっと顔洗ってくる」と僕が答える。
「そ、それは食事の後でいいんじゃない?」と立花さんが目を泳がせると、また不思議な空気が流れ始めた。
僕は肩を落とし、踵を返して洗面所に向かった。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「あ、愛ってなんですかぁぁぁぁー!!」
今日一大きな声で僕が叫ぶと、大きな笑い声が部屋中に響き渡った。




