第六十話 取って置きの公園
『もしもし、珍しいね、景が連絡寄越すなんて⋯⋯ちょっと待って⋯⋯今までうちに電話した事あった?』
『初めてだね⋯⋯』
『ありえんくない?興味がないにも程があるでしょ?』
『⋯⋯』
『まぁいいや、で、なんのよう?初めて電話してきたくらいだから、大事な用なのよね?良い意味で』
『だ、大事な話があるんだ、明日⋯⋯時間取れないかな?』
『大事な話ねぇ⋯⋯いいよ、わかった、どこでその大事な話を訊けばいい?』
『⋯⋯公園、僕達が通っていた小学校の近くに公園が一つあったの覚えてる?』
『あぁ、あのブランコとジャングルジム、それとベンチしか無い錆びれた公園ね、何時頃に行けばいい?』
『十時に待ち合わせで』
『わかったわ』
『それじゃ』
『明日ね』
重苦しい空気を漂わせたまま、お互いに別れを告げて切電する。
恐らく僕は、明日朱里を傷付ける事になる。それが残酷な事だと分かっていても、それを伝え自分の気持ちのわだかまりを取り除かないと、自分なりのケジメをつけないと⋯⋯
────次の日。
待ち合わせの時間より、十分前に公園に到着すると、もう既に朱里は到着していて、僕の特等席であるベンチに腰を掛けていた。
僕はそのベンチに駆け寄って、「ごめん、朱里待ったよね?」と尋ねると。
その声に気付いた朱里が、微風に靡いた髪を耳にかけ、憂いのある表情で僕を見上げた。
「そんなに待ってないから心配しないで」朱里はそう言って、地面に視線を落とした。
僕のこれから話す事が、良い話じゃないって決めつけたように口を噤む朱里。
確かに良い話ではないと思う。正直、言わなくてもいい事だとも思っているし、言う事で何かが変わるわけでもないと思っている。
そう、たぶんこれは利己でしかない。あの日あの瞬間まで、抱いていた僕の気持ちを伝える。そしてわだかまりを取り除く。
僕が、自分なりに気持ちの整理をして、朱里の横に腰を掛けると「で、大事な話ってなに?」と朱里が訊ねてくる。
逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ⋯⋯
「初恋だった⋯⋯」
「えっ!?」
「朱里が大好きだった⋯⋯」
「⋯⋯」朱里が再び口を噤み、目を点にして僕を見ている⋯⋯
朱里が大好きだった⋯⋯それすらひた隠しにして、全てを無かった事にして前に進めないと思った。
残酷な事を言ってる自覚もある、言うか言わないか本当に悩んだ。
それでも、曖昧であやふやな自分の気持ちにしっかり区切りをつけて、あの時感じた優しくて暖かい気持ちを思い出し、そして傷ついた事をもう一度思い出して、また次に進みたい。
「それが大切な話?過去の気持ちを告白されたうちにどうしろって言うの?」
「そうだよね⋯⋯でもさ、立花さんを好きになればなるほど、朱里に想いを寄せていた恋心を思い出すんだ。その度に焦燥感に苛まれ、またその気持ちにすら蓋をしようとする、正直、自分でもどうしたら良いのか分からないんだ」
「それって、うちの気持ちを知りながら、ただ自分の気持ちに整理?ケジメをつけたいだけだよね?」朱里が鼻息荒く訊ねてくる。
「うん⋯⋯僕に抱いてくれている気持ちも知っているつもり。でも勘違いしないで欲しいんだ、朱里と絶交したいとかそういうことじゃなくって、今までの微妙な関係をリセットして、朱里とはちゃんと友達になりたいんだ」
僕がそう言い切ると、朱里は震えた息を吐いて、また視線を地面に落とした。
「結局、うちが完全に拗らせちゃったんだよね?わかってるよ、全部わかってる⋯⋯」
⋯⋯それは少し違う気がする。僕が勝ってにその気持ちを握り潰して、無かった事にしてずっと逃げてきただけ。
傷付くのが怖かった、真実を知りたくなかった────自分では処理できない数多の感情が渦巻いて、どこにもやり場のない状況に追い込まれ、自分を無くした。
それだけの話だ。絶対に朱里が悪いわけでは無い⋯⋯ただ、僕達は選択を間違えて、すれ違ってしまった。そう、それだけだ⋯⋯
「朱里、本当にごめんね」
「なにに謝ってるかわからないんだけど?」そう言って顔に翳りを見せる朱里。
「たぶん、あの時僕がうまくできなかったせいで、お互いの歯車が噛み合わなくなっちゃったんだよ⋯⋯」
「だからそれは⋯⋯」
僕は、朱里の話を遮って「だからごめん。好きだった、本当に好きだった⋯⋯」
「もう何言ってるか全然わかんないんだけど」そう言って朱里が口角を上げる。
「罪滅ぼし、今のうちに一番似合う言葉。うちは本当に悪い事をした自覚がある、だから例え景と蒼が付き合うことになったとしても、うちはそれを一番近くで見ているつもりだよ」
「ごめん朱里、意味が分からないよ⋯⋯」そう言った自分の頬に、何かが伝っていくのが分かった。
「二人が幸せになっていく様子を見届ける、それがうちの禊だよ⋯⋯」朱里がそう言って、曇りのない眼差しを僕に向ける。
僕が、朱里の紅眼に宿った一筋の光に、底知れぬ覚悟を感じて『ゴクリッ』と唾を飲み込むと。
「ねぇ景、運命っていつ始まって、いつ終わるとおもう?」
「なにいきなり?」
「いいから答えて」
「運命についてなんて考えた事もないよ、朱里はなにが言いたいの?」
「これはあくまでうちの考えだけど、出会いがあれば別れもある。これは絶対だと思うんだよね、性格の不一致やすれ違いで別れたり、死に別れたり⋯⋯必ず最後は別れる」
「じゃあ、僕は死に別れを選ぶよ」と今度は僕が覚悟を伝えると。
「じゃあうちはその後、景と付き合う!」
「いや、僕が先に死ぬパターンもあると思うけど?」
「そしたらうちも逝く」
いや、重過ぎるでしょ?そう思って苦悶の表情を浮かべていると、朱里が笑窪を見せて
「うちもそれくらい本気って事!景の事絶対に諦めないから」と言って勢いよく立ち上がった。
「諦めない⋯⋯」
その言葉を反芻した瞬間に、あの懐かしくも切ない記憶が蘇ってきた。結局探し当てられなくて諦めてしまったけど⋯⋯あの子は今頃、どこで何をしているのだろうか?
「話は終わりだよね?じゃーうちは帰るね」そう言って朱里が、一歩また一歩と僕から離れて行く。
あぁ⋯⋯────あの時と全く一緒だ。
「あ、朱里!ありがと!!」
「うち何か感謝されることしたっけ?」そう言って一瞬振り向くも、そのままその場を後にする朱里。
そして、僕の中にあったわだかまりが綺麗さっぱりなくなり、記憶の蓋が開かれると、その中にあった温かい記憶も蘇ってきた。
銀髪碧眼の女の子⋯⋯




