第五十八話 恋人繋ぎで屋台巡り
────花火大会当日。
群青色の空が、微かに残っていたオレンジ色の空を呑み込もうとすると、土手に立ち並んだ屋台の提灯がそれを押し返そうとする。
僕は、そんな風景を眺めながら、花火大会を知らせる看板の横で立花さんを待っていた⋯⋯
人、人、人⋯⋯見渡す限りの人。
初めてくる花火大会に、少しドキドキしていたのも束の間、この人集りのせいで更に気温が上がり、額に汗が滲み始める。
あまりの暑さに、駅前で配られていた団扇で顔を扇いでいると『カランコロン』と下駄の涼やかな音が近づいてきた。
僕がふいに音の聞こえた方に視線を向けると、黒の布地に花火と金魚が華やかに描かれた浴衣を身に纏い、長い銀髪の髪をお団子にした立花さんが、優雅に歩き近付いてきた。
「景くんお待たせー、てかなにか言うことない?」と言って、くるっと回って腰に手を当てた。
か、可愛い⋯⋯そう思ったけど、その言葉を言うのが気恥ずかしく思って「ひ⋯⋯人めちゃくちゃ多いですね⋯⋯」と答え団扇を扇いだ。
すると、立花さんが「言葉とは裏腹って感じね」と言って満面の笑みを見せる。
なんでバレた?そう思って恥ずかしさのあまり視線を地面に落とすと。
「それじゃ、行こっか」と言って、立花さんが歩き始めた。
凛とした佇まいで、僕の横を通り過ぎる。衣紋抜きされた衿元からうなじが見えると、僕は体が硬直してしまい動けなくなってしまう。
すると突然、体が後ろに引っ張られる感覚がして振り返ると「なにしてるの?ほら、早く行こ」と立花さんが言って、僕の手首を引っ張った。
「ちょ、危ないですよ」僕が体勢を崩した瞬間、立花さんが手を離す。
僕は体をふらつかせながら、離れていった立花さんの手を握ると。
「た、確かにこれなら危なくないわね⋯⋯」と言って、立花さんは握り合った手を少し上に上げた。
こ、これは俗に言う恋人繋ぎなのでは?
恥ずかしさのあまり手を離そうと試みるも、ガッチリ掴まれたその手を離すことができない。立花さんはそんな事は気にも留めず屋台の方に歩いて行く。
「ちょ、立花さん!花火見るなら河川敷の方じゃないんですか?」
「何言ってるの?屋台があったら、普通屋台に行くでしょ?」
それが普通なのか?普通がわからない僕は、ここは立花さんに任せて付いて行こう。そう思って身を任せる事にした。
「景くん!あれ、りんご飴あるよ!まずはあれを買わないと始まらないよね?」
りんご飴⋯⋯正直見たことはあったけど、食べたことは無かった。それを食べないとなにも始まらないと思える食べ物⋯⋯きょ、興味はある。
『カリッ』と音が聞こえると、立花さんの顔が綻んだ。その様子を見ていた僕に立花さんが「景くんも食べる?」と言って僕の目の前に突き出してきた。
間接キス⋯⋯食べてみたいけど食べられない⋯⋯そんな様子を見ていた立花さんが畳み掛けてくる。
「二択ね、手に持ったリンゴ飴と口に含んだリンゴ飴どっちが食べたい?」
「食べないと言う選択肢は?」
「ありえないわ」と立花さんが言って、『カリッ』とリンゴ飴を口に含んだ。
僕が震える手で立花さんの口を指さすと、立花さんは顎を少し上げ目を瞑った。
僕はゆっくりと顔を近づけて、目を瞑った。
『カリッ』
それを口に含み咀嚼した瞬間、飴とりんごの楽しい食感が僕の心を躍らせ、りんごの蜜が飴と絡まると爽やかな甘みと酸味が融合して溶け合い僕の喉元を通り過ぎていく。
「お、美味しい⋯⋯」
「⋯⋯意気地なし」
か細い声が聞こえて、立花さんに視線を向けると『ガリッ』と僕が食べた上から歯形を付けた。
そして、「間接キスだね」と言いながら、舌なめずりをして口を拭った。
子供か!?
そんなムキになって、やる事でもないでしょ?それにだ、僕のファーストキスを鳥の餌付けみたいな形で終わらせたくない。
少し複雑な感情が入り乱れると「立花さん、キスするなら普通にしましょ」とついつい言葉を漏らしてしまう。
すると突然、僕は胸ぐらを掴まれ凄い力で引っ張られると⋯⋯唇から約1cm離れた場所にキスをされた⋯⋯
「じゃ次からは普通にキスするね」
立花さんはそう言って口角を上げた。
『テレテレッテッテッテー』
もしこのレベルアップで、新しいスキルを取得できるようになっていたら⋯⋯⋯⋯どうかそのスキルが、僕の心臓を止めるスキルでありますように⋯⋯⋯⋯
そう願いたい程に、僕の周りだけがやけに静かで、心臓の音だけが鳴り響いていた。
「なに惚けてるの?ほら、次はあそこのたこ焼き買いに行くよ」
立花さんはそう言って、繋がれていた手をより一層強く握って歩き出した。
表情からは読み取れなかったけど⋯⋯なんとなくその行為が照れ隠しに思えて、僕の心臓が更に早鐘を打ち始めた⋯⋯
「あ、あっちにお好み焼きあるよ!」
「⋯⋯」
「あ、あっちには焼きそば」
「⋯⋯⋯⋯」
「肉巻きおにぎりまである!あれは買うしかないよね!?」
ちょっとこれは買いすぎなのでは?気が付くと、僕の心臓は平常運転を始めいつもの調子に戻っていた。
「ちょ、立花さん、こんなに買って食べられるんですか?」
「二人で食べるんだから余裕じゃない?むしろ少ないくらいでしょ」
余裕?立花さんはなにを仰ってるのですか?袋に詰められたこの食料を見てください⋯⋯絶対に食べられるわけがない、僕はそう思って。
「た、立花さん、もうそろそろ河川敷に移動しませんか?」と提案してみる。
「えぇー!?もうそんな時間?これじゃ絶対お腹いっぱいにならないよ⋯⋯でも仕方ない、行こ!」
絶対にお腹いっぱいになります。
そしてようやく僕達は、花火会場である河川敷に向かう事になった。




