第五十七話 夏休みスタート!!
蝉が楽器を弾き始め、僕は視線を窓の外へと移す。木陰に隠れ涼みながら優雅に演奏しているその様が、まるで仲間を呼び集めているようにも聞こえ⋯⋯僕は感傷に浸る。
視線を戻して、周りを見渡すが誰もいない⋯⋯そりゃそうだ、夏休みが始まったばかりの教室に誰かいたら逆に怖い。
え?じゃなんで僕が教室にいるのかって?話すと長くなるんだけど⋯⋯学校側の温情で、追試を受けさせてもらえる事になったから登校した。
話は以上です⋯⋯⋯⋯
あ、座布団を投げないで下さい!と一人でわけのわからないノリツッコミを繰り返していると。
聞こえるはずの無い、啜り泣く声が聞こえ振り返ると、道に迷ったのか?右往左往しながら泣きべそを掻いている立花さんと目が合って、とっさに目を逸らした。なんでいるの?
「ねぇ景くん?君の事が大好きで、友達以上恋人未満の特別な女の子が、路頭に迷ってたら普通手を差し伸べない?」
やっぱり迷ってたんだ⋯⋯そう思って振り返ると、腰に手を当て、仁王立ちしながら蔑んだ目を僕に向けている立花さんが立っていた。
「なんで立花さんがいるんですか?」僕は疑問に思った事を率直に訊いてみる。
「呼び方⋯⋯まぁいいわ、誰かさんが勉強を教えてくれなかったから、赤点取っちゃったのよ」そう言いながら、立花さんは自分の席に歩いて行き、席に着いた。
「それは災難でしたね⋯⋯ちなみに何教科赤点だったんですか?」
「全部よ」
それを聞いた瞬間、僕は顔を手で覆った。でもまぁ、追試で頑張ればなんとかなるかな?そう思って、「もちろん勉強や対策はしてきてますよね?」と訊ねると。
立花さんが、右手で左耳たぶを触った⋯⋯
流石にかける言葉が見つからない⋯⋯僕はそう思って、正面に向き直った。
すると、立花さんが突然立ち上がって『ズカズカ』と歩き僕の前で止まると、また右手で左耳たぶを触る。
「ちょっと立花さん!それ乱用しないで下さい。本当に悩んでいるときや、困っている時だけにして下さい」と僕が言うと。
「今よ」と言って、僕に顔を近付けてきた。
「ち、近いです⋯⋯てか、いくら僕でもどうにもできませんよ」と言うと、立花さんが『ガクッ』と項垂れ自分の席に戻って行った。
そして、席に着くなり「留年しちゃう」と立花さんがか細い声で呟いた。
「来年から後輩ですね⋯⋯」
「景くん、それまじ笑えないから」そう言って、立花さんが殺気を放ち始める。
これは非常にまずい状況だ⋯⋯そう思って、今度は僕が右手で左耳たぶを触ると⋯⋯
『ダンッ』と物凄い音が聞こえ、恐る恐る立花さんに視線を移すと、腕と足を組みながら氷のような視線を僕に向けていた。
どうやら僕は、火に油を注いでしまったらしい⋯⋯
どうしよう⋯⋯?僕は慌てふためき、とっさに右手で左耳たぶを、左手で右耳たぶを触ると。
「ちょっ!なにそれ〜」と言って、立花さんが顔を綻ばせる。
その表情を見て、『ホッ』と胸をなで下ろしていると、教室前方の扉が開き担任が教室に入ってきた。
「それでは、これより追試を行う」その声で、教室内の空気がピンッと張り詰めると、すぐに問題用紙と解答用紙が配られ「それでは、テストを始めて下さい」の声でテストを開始する。
その直後『ダンッ』と控え目な音が聞こえたので、横目で立花さんを見ると、顔面蒼白の立花さんが右手で左耳たぶを触りながら硬直していた⋯⋯
────テストが終了した。ブランクがあったにしては、そこそこできたかな?そう思いながら背伸びをして、鞄を肩にかけ教室を後にした。
なーんか忘れてるような気がする?そんな後ろ髪を引かれる思いを抱きながら校門をくぐろうとした瞬間。
「ぐぉぉらぁぁぁ」と雄叫びが聞こえ振り返ると、立花さんが右手で左耳たぶを、左手で右耳たぶを触りながら、鬼の形相で迫ってきた。
完全に忘れてた⋯⋯そう思うのと同時に、世にも恐ろしい表情をした立花さんが僕の前で急停止すると、体が硬直してしまいその場から逃げ出す事すらできなくなる。
そんな僕に、立花さんが顔を近付けてきて「わかるわよね?」と囁く。
全くわからない、けど「わかります⋯⋯」と僕が答え立花さんが「じゃーどうする?」と更に詰めてきた。
この場合、何を言えば正解なのだろうか?僕がこの窮地を脱するため、考えを巡らせていると。
「判断が遅い!!」
「へっ?」
「生殺与奪の権を私に握らせるな」
「え?あー、じゃー、ファミレスにでも行きましょうか?」と僕は困惑しながら尋ねる。
「違うでしょ?景くんの家に行って、冷房がガンガン効いた部屋で、お菓子食べながらアニメ観るか漫画読むでしょ?」と立花さんが当たり前のように言う。
生殺与奪の権、完全に握られてないか?僕はそう思いながら「わ、わかりました」と返事をした。
「あ!そう言えば、来週七月三十一日は花火大会があるから⋯⋯わかるわよね?」
「横暴です⋯⋯」
こうして僕は、生殺与奪の権を立花さんに握られ、また未体験ゾーンへ連れて行かれる事になってしまうのであった⋯⋯。




