第五十六話 青い海と青い空と⋯⋯
駅を一つ通り過ぎる度に、高層ビルや住宅が疎らになって、草木が増えていく。
都会から少し離れた目的の駅で降りて、十分程歩いて行くと、立花さんが突然『タタタッ』と一段高い場所に駆けて行く。
そこに到着するなり立花さんの開口一番が響き渡る。「うみだぁぁーー」そう言って、両手を天に突き上げた。
僕がその後ろで、茫然と立ち竦んでいると、立花さんが振り返り手を差し出してきた。
「ほら!二階堂くんもおいで」
僕はその手に誘われるように、一段高い場所に駆け上がって顔を上げると。
見渡す限りの水平線が、僕の目に飛び込んできた。
波が浜辺に打ち寄せ音を立てて弾け、白い泡となり白砂を連れ去る。連れ去られた白砂が海中で漂い、太陽の光を浴びて『キラキラ』と輝きを放つと、僕はついつい「綺麗ですね⋯⋯」と言葉を漏らしてしまった。
「でしょー!?ここは私の取って置きの一つなんだ!!」と言って、靴を脱いでまた駆け出して行く。
立花さんには取って置きが幾つあるのだろうか?と疑問に思いながらも笑みが溢れてしまった。
「そんな大事な場所に、僕なんかを連れてきて良かったんですかー?」と尋ねると。
「なに言ってるの!?二階堂くんだから連れてきたんじゃん?」と言いながら、波打ち際と一段高い場所のちょうど真ん中でレジャーシートを広げ始めた。
「どちゃくそキモチいいー!!」
立花さんが、広げ終わったレジャーシートに仰向けになると、また雄叫び⋯⋯歓喜の声をあげた。
気持ちはわからなくもない。青い空と海に与えられた開放感が、心も体も全てを前向きにさせる。自然と心が弾む。
僕は急いで靴を脱ぎ捨てると、レジャーシートの場所まで走って、立花さんの横に座り、また海を眺めた。
この広大な海を眺めていると、自分が悩んでいた事なんて、凄くちっぽけな事だったんじゃないかって思える。まっ、めちゃくちゃ恥ずかしい勘違いをしていたわけだけど⋯⋯
そんな事を思いながら、膝を抱えていると。
「二階堂くん、訊いてもいい?」と突然立花さんに声をかけられる。
「なんですか?」
「もしかして私と碧斗が一緒にいるところ見た?」
体が一瞬『ビクンッ』と震えた。立花さんの方に視線を移したかったが、その行為すらできなくなり、僕は視線を足元に落とす。
そして深い溜息をついて「見ました⋯⋯」と震える声で呟いた瞬間。
『ドゴッ』と鈍い音がするのと同時に、僕の左腕に衝撃が走った。痛いというよりは驚きが大き過ぎて、ついつい漏れ出た「なっ!!」と言葉とともに立花さんに視線を向けると。
耳まで真っ赤にした立花さんが、至極嬉しそうに僕の顔を覗き込んでいた。
「人を殴っておいて、凄く嬉しそうにしてるとか⋯⋯ド、ドSの極みじゃないですか!?」
と言い終わると、立花さんは突然立ち上がって、一段高い場所へと駆けて行った。
『ユー・ガット・メール』
その着信音が聞こえて、携帯を取り出し、また立花さんに視線を戻すと、携帯を手に持ち僕に突き出していた。
なんだろう?僕は不思議に思いながらも、携帯を操作して、メールを開きそのボタンを押す。
『だーいすき』とボイスメッセージが流れた⋯⋯
僕がとっさに、携帯に手を覆い被せると、立花さんが駆け戻ってきて、また仰向けに寝そべった。そして優しい声色で話しだす。
「景くんの初めてご馳走様です」
「立花さん急にどうしたんですか?」
「呼び方」立花さんがそう言って、僕を睨んだ。
「蒼さん?」
「100歩譲って許す⋯⋯私こんな性格だからさ、何も考えていないように見えるかもしれないけど、私だって悩んだりするんだよ。景くんと朱里が、仲良く話してるのとか見るの嫌だし⋯⋯二人が付き合っちゃったら、どうしようとか不安にもなる。でもさ、いくら不安になっても最後選ぶのは景くんでしょ?もしかしたら、私でも朱里でも無く別の人に行く未来だってありえるわけじゃん?」
「わかります⋯⋯」と僕はか細い声で呟く。そして、「すいません、僕はヤキモチを焼いてました」と想いを告げた。
「かっこ悪いですよね?」
「かっこ良いよ、私にとっては凄くかっこ良いよ」
「どこがかっこ良いんですか!?勝手に気になってあとをつけて、勝手に傷付いて勝手に堕ちていった⋯⋯それのどこがかっこ良いんですか!?」
「そうね、一般的に言わせてもらえばキモイね、だけど、さっきも言わせてもらったけど、私にとっては別よ」そう言って立花さんは、口角を上げた。
もう理由がわからない。僕はそう思って海に視線を戻す。
「それよ、そ、れ」
「え?なんの事ですか?」
「私の気持ちを勝手に決めつけないで、私がいつ景くんの事キモイって言った?言ってないよね?」
「言ってないですね⋯⋯」
「だからさ、不安になることや嫌な事があったら話してよ、話すのが難しかったらメールしてよ、それも難しかったら⋯⋯」
「難しかったら⋯⋯?」と言って、僕は首を傾げた。
「ごめん、思いつかない」と立花さんは言って、はにかんだ。
だめだ、少しおかしいと思って『ククッ』と声を漏らすと、立花さんがジト目で僕を睨んできた。
「た、例えばなんですけど、二人だけの秘密のサインを決めるとかはどうですか?困ってる、悩んでる時は右手で左耳たぶ触るとか?」といつも通り、苦し紛れの案を出すと。
立花さんは体を震わせて「なにそれ!?最高っ!!」と言って、僕の案はすぐさま可決されたわけだけど⋯⋯本当にこれでいいのか?と考えていると、早速立花さんが右手で左耳たぶを触り始めた⋯⋯
「どうしたんですか?何かあったんですか?」と僕が尋ねると。
「どうせもうすぐ夏休みじゃん?だから学校きてとかは言わないけど⋯⋯電話とかメールだけはシカトしないで欲しい⋯⋯」
『らしくない』いつもの立花さんなら、命令してるでしょ?と思うところはあったけど、多少気を使ってくれているんだろうなと思って、僕は「承知致しました!」と返事をした。
「景くん、ありがと!」
「はい!!」
僕達はその後も、ずっと海を眺めていた。何を話すわけでも無く、同じ場所で同じ時間に、同じ物を⋯⋯
────そして数日後、僕達は夏休みを迎えた。




