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第五十一話 長い長い夜の始まり

 結局あのあと、僕は部屋から一度も出ることができなくて⋯⋯それを懸念した母さんが、食事を僕の部屋に運び入れ、そこで一緒に食べるようになっていた。


 そんなある日、『⋯⋯コンッ』と音が聞こえて目を覚ます。


 あれ?もう夕飯の時間?僕はボサボサ髪をかきわけ、暗い部屋の中、ヘッドボードにある時計を手探りで掴み取る。


 十六時三十分⋯⋯夕飯にはまだ早い。寝ぼけてたのかな?そう思って再びベッドに潜り込むと。


 『⋯⋯コンッ』とまた聞こえた。聞き間違えじゃないし、寝ぼけてもいない。僕の部屋二階だよ?『⋯⋯コンッ』


 僕は、体を起こして音の聞こえた方に視線を移す。『⋯⋯コンッ』


 嫌な予感しかしない⋯⋯アニメや漫画でよくあるパターンなのでは?そう思うと同時に、それならこのまま無視しても問題ないか⋯⋯そう思って、布団に潜り込んだ瞬間。


 『ガッシャーーーーンッ』


 「へっ?」


 部屋中に凄まじい音が鳴り響き、僕の体が『ビクンッ』と跳ね上がった。それと同時にベッドから飛び出し、硝子の破片を踏まないよう慎重に、でも急いで窓から顔を出した。


 「ちょ、立花さんお約束が過ぎます。そもそもアニメや漫画だったらここまでやりませんよね?どうするんですかこれ?犯罪じゃないですか?器物破損罪ですよ!(※良い子のみんなは絶対に真似しないで下さい)」と僕が窓から前のめりになって言うと。


 「さっさと顔出さない、二階堂くんが悪い。器物破損罪?二階堂くん告訴なんてしないわよね?」と立花さんは、腕を組みながら、満面の笑みで言う。


 「す、するわけないじゃないですか」と僕は声を張り上げた。


 「ちょっと景、今もの凄い音聞こえたけど、何かあった⋯⋯の⋯⋯?」扉を開け、部屋の中に入って来た母さんの動きが、完全に停止する。


 「ねぇ二階堂くん、いつまで私をこうしておくつもりかしら?」と言って、立花さんが首を傾げる。


 僕は、掌で顔を覆って天を仰ぎ、「と、とりあえず僕の部屋まで来て下さい」と弱々しい声で言うと、立花さんが「りょ」と敬礼して、足早にその場をあとにした。


 振り返ると母さんが、ほうきちりとりセットとゴミ箱を持って、和やかに佇んでいた。


 僕は「母さんごめん」と言って、ほうきちりとりセットとゴミ箱を預かり、硝子の破片を片付ける。


 「景、全然気にしないでね」と母さんが凄く楽しそうに言う。なにがそんなに楽しいのかはわからないが、『ドタバタ』と階段を上がってくる音が聞こえると。


 「蒼ちゃ〜ん、いらっしゃ〜い」と言って、二人が抱き合う。本当にこの二人はと思って、片付けをしながら白い視線を送ると。


 「お義母さんごめんなさい、硝子割っちゃいました」と立花さんが言うと、母さんが立花さんの頭を撫でながら「いいのよ〜、気にしないで」と言う。


 いやだめでしょ?僕はそう思って、ほうきちりとりセットとゴミ箱をその場に置いて、足音を『ドンッドンッ』と立てながら大股で、二人に近寄った。


 「立花さん、アニメや漫画がなんで面白いか知ってますか?一線を超えず、一定のルールの中、それを守りその中で楽しんで貰えるように描くから面白いんです。立花さんみたいに平気で一線超えてきちゃったら、大抵の人は引いちゃうんですよ」と僕が言うと。


 立花さんは、銀髪の毛先を指先で『くるくる』といじりながら、「ここじゃなんだから、座って話さない?」と僕の横を通り過ぎる。


 立花さんがベッドの下に座り、寄りかかるのを見て僕は、深い溜息を零しながら自分のベッドに歩いて行き、その上で胡座をかいた。


 「私はお邪魔ね」と母さんが言って、部屋を出て行く。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 私は、景の部屋を出て階段を下りようと一歩踏み出した瞬間、『ヘナヘナヘナ〜』とその場で座り込んでしまった。


 まだ、景の部屋からは二人の争う声が聞こえてくる。私はその声に耳を傾けながら、今にも溢れだしてしまいそうな涙を堪えるため、両目頭を摘む。


 そのまま「景、良かったね」と呟くと、胸が熱くなり、温かい気持ちが体を満たしていく。切なくて、優しい気持ちで「蒼ちゃんありがと⋯⋯」そう呟き、景の部屋を一瞥してその場をあとにした。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 「そんなことより、なんで学校来ないの!?電話も繋がらないし」と立花さんに訊かれて、僕は歯軋りをするように、奥歯を噛み締めた。


 「言いたくないです⋯⋯」


 「分かったわ、じゃー訊かない」そう言って、立花さんはつけっぱなしだったアニメに視線を移すと、「訊かない代わりに、何か話ししてよ」と、一切微動だにせず話しかけてくる。


 何か話ししてよ⋯⋯?これは何が食べたいと訊かれて、答えに迷うくらい難しい⋯⋯


 難しいが故に、話す内容を間違えてしまうと、とんでもない嫌な空気が漂ってしまう。


 そんな事に頭を悩ます僕が、これが立花さんとの長い長い夜の始まりだとは、思ってもいなかった。


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