第五十話 真っ暗な部屋
『コンッコンッコンッ』部屋がノックされて、無理矢理に体を起こす。扉の前から「景、学校は?」と母さんの声が聞こえると、僕は喉を詰まらせながら「行かない」と返事をした。
「そう⋯⋯」母さんがそれだけ言うと、足音だけが遠ざかって行く。
一日学校を休むと、勉強がついていけなくなると胸がざわめいたが、二日目になると勉強に対する意欲すら湧かなくなっていた。
三日目になり、最初は携帯でWEBコミックを読み漁っていたのだが、時折くる着信とメールに嫌気がさし、充電することすら拒むと、それは光を失いただの無機質な物体へと変わり果てた。
それもあってか、いつしかベッドの周りには漫画本のバリケードが築き上げられていたのだが、それを読み漁ってる間に、気が付いたら四日目に突入していた。
ずっとベッドの上に居たせいか、漫画本を読むことすら気怠く感じて、僕はテレビでアニメを流し始めた。もちろんその内容が頭に入って来る事はなかった。
五日目、とうとう部屋の電気すら点けることをやめて、完全に外界との接触を絶った。
突然部屋を『コンッコンッコンッ』とノックされると、僕は何かから逃げるように布団に蹲って耳を塞いだ。
────どれくらいの日時が経過したのだろうか?それがわからなくなってしまうくらい、ずっとベッドの中で生活していると。
あれ?なんか人の気配がするような?そう感じて、真っ暗な部屋のなか、唯一の明かりと言ってもいいテレビの方へと寝返りを打つと、そのテレビの光芒を遮るように、人影が膝を抱えて、ベッドに寄りかかりながら座っていた。
「だ、誰?」僕はそう言って、ヘッドボードに手を伸ばし、眼鏡を掛けてベッドの上で胡座をかいた。
「いくらノックしても返事がないから、流石に心配でね⋯⋯」と母さんが、穏やかな声音で返事をした。
「⋯⋯ごめん」と僕が謝ると、「子離れできないお母さんでごめんね」と謝られた。
母さんが謝る事じゃない!そう思って、言葉を紡ごうとしたけれど、ずっと人と喋って無かったせいか、言葉に詰まる。
それを察した母さんが、「ねぇ景、言いたくなかったら言わなくてもいいけど、何があったか教えてくれない?」と尋ねてきた。
本当に僕になにがあったんだろう?正直、自分でも説明ができない。そう思って「わからないんだ⋯⋯」と、か細い声で呟くと。
「なら、そうなる前後に何か無かった?」と母さんに訊かれて、僕はそれならと思って、こうなる前後の状況を話すと。
母さんが『バンッ』と僕の背中に平手打ちをして、「安心した、しっかり成長してんじゃない!」とわけの分からない事を言って、僕を見上げた。
僕が眉間に皺を寄せて、「母さん痛い⋯⋯それに、全然意味がわからないよ」と呟くと、「景、その感情はね、人によってはどうってことない事かもしれないけど、景に取っては凄く大事な事なのよ」と母さんが目尻を下げて言う。
ますますわからない⋯⋯
僕のこの感情が、人によってはどうってことない事?倦怠感に襲われて、体を動かす事すら億劫なのに⋯⋯どうって事ないこと?だめだ、考えるのが怠い。
僕は熟考する事を諦め、また布団の中に潜り込んだ。
その姿を見た母さんが、「今はまだ酷な話かもしれないけれど、蒼ちゃんと朱里も心配してたわよ、それに、期末テストはどうするの?」と訊いてきた。
僕は布団の角を『ギュッ』と握りしめて、「テスト受けない⋯⋯」と、途切れがちなかすれ声で答える。
それを訊いた母さんに、柔らかい声で、「わかったわ⋯⋯蒼ちゃんと朱里には何か伝えたい事ある?」と尋ねられ。
「ない⋯⋯」と、僕は投げやりに答えた。
「ねぇ景、いくら遠回りしても、躓いてもいいから、また元気な姿みせてね」と母さんが言うと、布が擦れる音が聞こえた。
「あと、これだけは約束してちょうだい、ご飯を食べる時はリビングで一緒に食べること」と言って、部屋を出て行ったのがわかった。
僕は甘えすぎだ⋯⋯そう思って、目頭が熱くなる。なんでこんなに、部屋の扉が遠く感じるのだろう?開けようと考えるだけで震えてしまう。
僕はいったい⋯⋯何に怯えているのだろう⋯⋯?気付いたらまた、深い夢の中に引き摺り込まれていた。




