四十三話 レベル上げしよ未体験ゾーン編
傘に当たる雨音が、小気味の良いリズムを奏でる。普段は鬱陶しいとしか思えない雨が、誰かが近くにいるだけで、聴こえ方がこんなに変わるだなんて知らなかった────
「そう言えば立花さん、レベル上げ?ってどこで何をするんですか?」僕はミニテントと言う雨具の中で、至近距離に居る立花さんに行き先を尋ねた。
「あ〜それね〜、雨が降ってなかったら行きたいとこ、いっぱいあったんだけど、これじゃ〜な〜」と言って、立花さんは苦悶の表情を浮かべる。
いっぱいって⋯⋯正直不安が無いと言えば嘘になる、コミュニケーションも度が過ぎれば、完全に未体験ゾーンに突入となるわけで、思いもよらないから、考えもつかない。
僕は『アハ、アハハハッ』と笑顔を引きつらせて、明らかに分かる愛想笑いをした。
すると立花さんが、まるで探偵が何かに気付いた時のように『ピキーンッ』と閃いたのか、突然顔を綻ばせる。「ねぇ〜二階堂くん、マンキ行かない?」
「マ、マンキって何ですか?」と僕が尋ねると、立花さんは体をよろけさせて、頭を抱えだした。え、なに?これは皆が知ってる共通語なの?と眉根を寄せて、首を傾げていると。
「二階堂くん⋯⋯漫画喫茶って知ってる?マンキは漫画喫茶の略だよ!」と人差し指を立てて、前後に動かしながら説明してくれたのだが⋯⋯立花さんすいません、わかりません。
「あ〜、その顔知らないのね、仕方ない、私が説明したげる」と言って、腕を組み上から目線で説明を始めた。
「マンキはね、漫画や雑誌が読めるうえに、テレビゲームができたり、DVDが見れる所よ」と何故か誇らしげに『フンスッ』と鼻息荒く説明してくれた⋯⋯て、ちょっと待って⋯⋯
「なんですか!その夢のようなテーマパークは?行きましょう、今すぐ行きましょう」こんなに心が躍る感じはいつぶりだろうか?僕は、逸る気持ちを抑えながら、立花さんに視線を移すと。
立花さんは満面の笑みを浮かべ、得意げに「じゃ付いてきなさい!」と言って、意気揚々と歩き出す。
僕もそれに遅れないように、肩を並べ、歩幅を合わせて、暫く歩くと「ここの地下だよ」と言って、立花さんが止まって指をさした。
それは、テーマパークとは到底思えない、殺風景な電光掲示板に、漫画喫茶と書いてあるだけの場所だった。「た、立花さん、本当にここであってますか?」と訝しげな表情を浮かべながら、尋ねたのだが。
「そうよ」と一言いって、背中を押され、無理矢理に階段を下ろされ、店内へと押し込まれる。
僕はカウンターにいる店員さんを余所目に、目の前に広がる光景に、ついつい感動してしまって、言葉を漏らしてしまった。「うっわ〜!これ全部漫画本ですか?」
立花さんがまるで自分の手柄のように、ねっ、凄いでしょ?と言って、目尻を下げ口を綻ばせると、感動して立ち竦んでいる僕を置き去りにして、カウンターまで歩いて行ってしまう。「ちょ、立花さん待って下さいよ」と駆け寄ると。
「いらっしゃいませ、お客様メンバーズカードをお持ちでしょうか?」と店員さんに尋ねられ、当たり前のように持っていなかった立花さんが「二階堂くん、よろ」と言って申込用紙を渡してきた。
僕が渋々、申込用紙を受け取り、記入をしていると「本日はどちらの部屋をご利用になりますか?」と店員さんが立花さんに、利用可能な部屋を提示すると。
「もちろん、カップルシート【フラットシート】で」と立花さんが言った所で、僕は手を止めた。
「立花さん!!カップルシートってなんですか!?」と僕が声を荒げて尋ねると、立花さんは、飄々とした態度で「これよ」と言って見せてきた。
僕は目を凝らして、その部屋と下に書かれている説明文を読む。
まずは部屋の写真を見る。黒と白を基調としたシックな作りの内装を、薄暗い照明が二つの枕を照らしていた。そのまま説明文へと視線を移すと【下はふかふかのマットになっていて、足を伸ばしてお家気分で寛げます、部屋全体がフラットシートになるのがポイントです⋯⋯】ふむふむ⋯⋯なるほどなるほど⋯⋯完全にOUTです。
「立花さん、これは駄目です。これは大人が秘密裏に通う危険なやつですよね?」と僕は額に汗を滲ませ、腕を広げて早口で立花さんに訊くと。「レベル上げには必要なのよ」とカウンターに頬杖をつきながら、蔑んだ表情で『ジッ』と僕を見つめていた。
「そ、そうなんですね⋯⋯」未体験ゾーン突入!言われてみれば、確かにレベルは上がりやすくなると思う。でもこれは絶対に駄目だと恐怖を感じ、狼狽えていると。
「四の五の言ってないで行くわよ」と言って、店員さんから部屋の鍵を預かると。「二階堂くん215号室ね、申込書よろ」と言って『ツカツカ』と歩いて行ってしまった⋯⋯
「お、横暴が過ぎます」と声を大にして叫ぶと「お客様お申込書を⋯⋯」と言われたので、渋々記入を済ませて、足早に215号室に向かった。




