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三十五話 朱里の気持ち

 原作の一巻を読み終えて、二巻目を開こうとした時ようやく朱里が戻ってきた。


 「景待たせてごめんね」そう言って少しふらつきながら席に着くと、背もたれに寄りかかり、疲弊しきった表情を浮かべる。


 いったい何があったの?そう思って声をかけようとすると、か細い声が聞こえてきた。


 「景、注文まだだよね?」


 「うん、冷めるのが嫌だったから、朱里が戻ってきてから注文しようと思ってた。オムライスを」


 朱里は口角を上げて苦笑する。なんか潮らしい?いや違う、こんなに憔悴(しょうすい)しきった朱里を見るのは初めてかもしれない。


 そう思って僕はメニューを開き【オムライスセット】を指さす。それを見た朱里が控えめに頷いたので、僕は店員さんを呼んで注文を済ませた。


 暫く沈黙が続く。ぶっちゃけこういう時どう声をかけたらいいかわからない。理由も原因もわからない上に、こういった経験値すら乏しい。それでも僕はこのままではダメだと思って、口を開いた。


 「朱里、百億%何かあったよね?なにか力になれる事あったりする?」


 「百億%ってなに?意味わかんない(こういう優しい所だよなー)」


 元気を出させようとして見事に滑った。


 「百億%ってのは気にしないで、朱里戻って来てから元気無かったから、元気出してもらいたくて言っただけだから、スルーして(まぁ、漫画読まないならわからないか)」


 「うん⋯⋯心配してくれてありがと」そう言って朱里は、僕の目をまっすぐに見て話を続ける。


 「景は本当に優しいね⋯⋯あのさー、もし、もしだよ、うちが⋯⋯」


 「お待たせしましたー、オムライスセットになりまーす、ごゆっくりどうぞー」


 なんともタイミングの悪い時に、注文した料理が届いてしまった。朱里はいったいなにを言いかけたんだろう?そう思いながら目の前に置かれたオムライスに視線を向ける。


 付け合わせのミニサラダと、コンソメスープが霞んでしまうくらいに、お皿いっぱいに盛られたケチャップライスの上に、これでもかってくらいトロットロの卵が乗せられている。湯気で舞い上がるケチャップの香りが、食欲をそそり思わず『ゴクリ』と唾を飲み込んでしまった。 


 「アハハッ、めっちゃ食べたそうにしてんじゃん!うちもお腹すいたし食べよ」


 「笑うなよ、こんな美味そうなオムライス見たら、誰だって食欲そそられるよ」


 ようやく笑顔を見せた朱里に、安堵して胸を撫で下ろした。


 「食べようか?」


 「だねー」


 そう言い合って、二人一緒に手を合わせた。


 「「いただきまーす」」


 手にスプーンを持ち卵を割ると、お皿いっぱいに広がっていく。そのままスプーンで掬い口に運び入れた。


 「うっまぁぁぁぁぁぁー」朱里が声を上げ満面の笑みでこっちをみる。


 僕はそれを食べた瞬間、唖然とした表情を浮かべてしまう。朱里が首を傾げて「景どうしたの?」と声をかけてくれて、僕はなんとか現実世界に戻って来ることができた。


 「このオムライス、今まで食べたどのオムライスよりも美味しいよ、言葉を失うってこういう事を言うんだな」


 「わかるぅ〜、半端なく美味しいよね、それより、ご飯食べてフリーズしている人初めて見たよウケる〜」


 そう言って朱里は満面の笑みを浮かべる。『茶化すなよ』って正直思ったけど⋯⋯あれ?少し疑問に思う事があって訊いてみた。


 「朱里、このお店来たの初めて?映画の原作とか置いてあるの知ってたから、てっきり来たことあるのかと思ってた」


 「え、あー、うー、は、初めてだよ(やば、日下部に調べさせてたのうっかり忘れてた、誤魔化さないと⋯⋯)」


 「マジ?もしかして僕の為に調べてくれたの?」


 「う、うん(なんか都合良く勘違いしてくれた。セーフ、セーフ、セーーーーフ!)」


 僕がハニカンだ笑顔を見せると、何故か朱里は少し俯いて曇った表情を見せた。え、なに?僕なにかした?


 「朱里、なにかあった?」


 「え、あ、ううん、なんでもない、大丈夫だよ(もう蒼のせいで全てがうまくいかないんだけど、今日のデートは絶対に外せないのに⋯⋯)」


 朱里は引きつった笑顔を見せる。なんか色々腑に落ちない点はあるけど、まあいいか、本人が言いたがらないのに無理矢理聞くのは悪いし。


 僕は気を取り直してオムライスを食べ進めた。


 「ねー景、この後行きたい所あるんだけど付き合ってくれない?」


 「え?うん、いいよ(原作読みたいけど⋯⋯)」


 元気の無い朱里が、気がかりだったのもあって快諾すると、先程までの雲がかかった表情が嘘の様に取り払われ『パアッ』と明るい表情に変わる。


 感情の起伏激し過ぎない?僕は少し呆れて、頬杖を付いて朱里を見る。


 「え、なに?うちの顔に何か付いてる?(いきなり真剣な顔で見られると、ドキドキしちゃうんだけど)」


 「付いて無いよ(ま、元気が戻ったならこれ以上気にする必要も無いか)」


 僕は食後の珈琲を嗜みながら、朱里の食事が終わるのをゆっくり待つことにした。

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