人工呼吸
「メルティーローズ! エリスに人工呼吸器を頼む!」
息をしていないエリスフィーナを認識しているガルドリックが一応同性であるメルティーローズに人工呼吸器を依頼する。
異世界において呼吸の無い者に口移しで酸素を送る事に医学的な理解は及んではいないだろうが、溺れた者が呼吸をしていない事から逆算して呼吸を補助する思考に至るのは何も不思議な話では無い。
何事も始めから真理を突くのでは無く、先人達の大量の試行錯誤と知見の果てに、正解へと導かれるものなのだから。しかし……
「今はこっちも手一杯! アンタやりなさいよ!」
メルティーローズからは現実的な返事が返ってきてしまっていた。メルティーローズとクレスは川岸に押し寄せるサハギン相手に間断の無い魔法による連撃を成立させる為のターゲットの選定から魔法の詠唱時間を考慮してのお互いのカバー等、メルティーローズとクレスのコンビでなければとっくにサハギンに押し込まれていただろう。
そんな大忙しなメルティーローズに人工呼吸やってもらいたいからとガルドリックが彼女の代わりが務まる訳では無い。
おまけに川の中にいるサハギン相手ではガルドリックは敵が川岸に近付くまで何も出来ないのである。
(エリス、すまない……!)
ガルドリックは
覚悟を決め、呼吸の無い彼女の口から直接空気を吹き込み始めた。
(息を……してくれ!)
ガルドリックは何度も何度もエリスフィーナの口から息を吹き込む。人工呼吸の理屈は分からなくても息をしていない人間が息を吹き返すには早めの人工呼吸が有効である事はこれまでの異世界で積み上げられてきた知見で広く知られている。
このままでは不味いとガルドリックがエリスフィーナのプレートアーマーを脱がせる選択肢が頭を過ぎり始めたその時
「けほっ! けほっ!」
人工呼吸が功を奏したのかエリスフィーナが息を吹き返した。それと同時に意識も取り戻せた様で
「あ、ガルドリック……さん? わ、私……」
間近にあるガルドリックの顔に戸惑いの表情を見せる。
「エリス、良かった、無事か」
息を吹き返したエリスフィーナの無事を見たガルドリックも安堵の表情で応える。辺りを見回した彼は立ち上がると飛び込む際に投げ捨てた大剣を拾い上げる。そして
「エリスは無事だ! 二人とも、引き上げるぞ!」
押し寄せるサハギン達相手に魔法で迎え撃っている魔術師二人に退却を伝える。
「りょーかい。ほらいくわよメガネ」
「やれやれ、重労働の後だと言うのに一息つく暇もありませんか」
魔法の撃ちっ放しで味方を守っていた魔術師二人の疲労の色は隠せていないが、二人とも割と余裕綽々でその場からの撤退を始める。
そんな彼等の背後を守る為川から岸に押し寄せるサハギン達の群れの前にガルドリックが立ちはだかる。
そのあまりの多勢に無勢にエリスフィーナは制御から一時離れていたウンディーネに
「ウンディーネさん、ガルドリックさんを手伝って下さい! 彼を助けて!」
具体的な指示は出せないが彼の救出を必死に訴える。すると
「あのサハギン達、全て片付けても構わないのでしょ?」
そう問い掛けるウンディーネは
ーバシャン!ー
直ぐ様川へと飛び込んでいってしまった。エリスフィーナがフラフラする足取りでガルドリックを手伝うために細剣を抜いたその時
ーゴゴゴゴゴ……ー
川から唸りのような不気味な音が下流から聞こえ始め
ーザアアアアアッ!ー
「ギョギョッ!」
「ギョアアアアアッ!」
突如現れた濁流がガルドリックに迫るサハギン達の群れを根こそぎ上流へと押し流してしまったのだった。
そして穏やかになった川が再び静かな清流へとその姿を変えていく自然の脅威を目の当たりにしたガルドリックは
「いやはや……精霊魔法ってのは凄いモンだな」
素直に精霊魔法に対する感想を漏らした。通常の魔術師達が使う四大元素魔法は火や風の様に魔力で生み出せるものと水や土の様に物理的に生み出せないものがある。
水魔法は大気中の水蒸気を利用するものであり、土魔法に至ってはそのまま大地を利用する。
しかし、自らの魔力を使用して扱う魔術師の水魔法と違い、精霊魔法によるウンディーネの魔法は精霊への働き掛けに魔力は必要とするものの、協力さえ得られれば後は彼女の気分次第となる。
「わ、私もここまで凄いとは思ってませんでした……」
大自然の力を縦横無尽に使うのも、天変地異を引き起こすのも精霊達の気分次第となるのだ。
今回のウンディーネが魔物とは言え水棲系のサハギンに容赦が無かったのはエリスフィーナが一歩間違えば命を落としていたかもしれなかったからなのかもしれない。
だが、こうして川からの脅威を退ける事が出来たエリスフィーナとガルドリックの二人はメルティーローズ達の後を追って王都へと続く下流への道を急ぐのだった。




