星空
その日の夜、食事と宴会が終わり食卓を片付けたエリスフィーナは里の通りに出ていた。
別に行く場所がある訳でも無いが、明日には旅立たねばならない彼女は故郷の光景を目に焼き付けようとしていたのかもしれない。
里の通りは大木を利用した民家が立ち並びその先には精霊神が祀られている神殿がある。
エリスフィーナは通りの木々の切れ目から覗く星空を眺めながら里の雰囲気を確かめる様に神殿への道を歩いていく。
神殿とは言っても人間達が神を祀る様な荘厳な建物がある訳では無く、一段高くなった場所に石造りの祠と巨大な大木があるだけである。
ージャリ……ー
(精霊神様、森の精霊様……どうか私達のこれからの旅路をお見守り下さい)
祠の前、大木に向けて跪いたエリスフィーナは頭を下げて彼女の信じる神に祈りを捧げる。
(パパやママ、里の人達……ユニコーンさん達も健やかに毎日を過ごせます様に……)
エリスフィーナが里の皆の安寧も祈っていたそこに
ーザッザッザッ……ー
こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。エリスフィーナが立ち上がり後ろを振り返るとそこには
「よう。ここに居たか」
ガルドリックが片手を上げて声を掛けてきた。
「……ここで、何をしてたんだ?」
もう夜中を回ろうとしている時間だ。そんな時間に一人で何をしていたのか気になったらしいガルドリックが尋ねてきた。
「あ、はい。これからの旅と皆さんの安全を精霊神様にお願いしてました」
特に何かを隠すでも無く普通に答えるエリスフィーナにガルドリックは
「エリスフィーナ、やっぱりお前はこの里に帰った方が良い」
彼女にとって予想外と言える言葉を突きつけてきた。
「そんな……どうしてですか? 私、お役に立ててませんか?」
リーダーからの突然の離脱の提案をエリスフィーナは耳を疑った。思わず彼に真意を問うが……
「……そうじゃない。そうじゃないんだ」
ガルドリックはいつになく歯切れが悪い。
「……お前には伸び代も時間もある。何なら俺達の教えなんか直ぐに必要無くなるだろう」
ガルドリックはエリスフィーナから視線を外し満天の星空を見上げながら次に紡ぐ言葉を選んでいる様だった。
「長い人生のエルフであっても……子供の成長を見守れるのは今だけなんだろう?」
確かに長い寿命のエルフであろうと我が子の成長過程は一度きり……時間の概念が人間と違うエルフであればこそ、成人するまでの我が子の成長過程の十数年などあっという間の出来事に違いない。
「魔王は倒せた。君の役目は無事に終わったんだ。後は……せめてきちんと成人するまで親御さんの側に居た方が良い……」
そこまで話したガルドリックはエリスフィーナに背を向けて立ち去ろうとする。
ーギュッ!ー
立ち去るガルドリックの背中のマントを握ったエリスフィーナは彼を引き留めつつ
「もしかして……私のせいですか……? マリアリアさんがパーティーから離れてしまった事……お二人は幼馴染と聞いていたのに私……ガルドリックさんに頼ってばかり居たから……マリアリアさんを怒らせてしまって……ごめんなさい……」
マントを掴みながら縋り付くようにガルドリックに謝罪の言葉を繰り返すエリスフィーナの声は涙声になっていた。
「いや、違う。悪いのは俺だ……。俺は確かに素直な君に心惹かれていた。そんな曖昧な態度がマリアリアには許せなかったんだろう……全ては俺の不甲斐なさが原因だ」
「そんな……! ご自身を責めないで下さい……! 悪いのは私なんです……」
ガルドリックの告白をエリスフィーナは宥め否定する。彼のマントを掴む力を強めるが
ーギュッ!ー
ガルドリックはエリスフィーナの手を優しく包むとその指を優しく解きほぐしていく。
「俺みたいな不誠実な人間と貴重な時間を使うモンじゃない……。君の時間は……幸せに使われるべきだ」
ガルドリックはマントからエリスフィーナの手を離すとその手をそっと解き放ち
「君の居場所はここだ。俺の近くじゃない……」
それだけ言うと彼は里の方へと歩いて去っていく。エリスフィーナが彼に掛ける言葉が見つけ出せずにその後ろ姿を見つめていると
「エリスフィーナ、良いかしら?」
次に声を掛けてきたのは母親のエルウィンドだ。今の今まで彼女の存在には気付かなかったが……
「私達エルフと人間達との間には大きな壁がある……何度も説明したわよね?」
まるでさっきのガルドリックとのやり取りを見ていたかの様なエルウィンドの言葉にエリスフィーナは口を噤んでしまう。
「私達はどうやっても人間達の最後を看取らなければならなくなってしまう。少なくとも自分より確実に人間は先に死んでしまう」
エルウィンドの声からは、いつものほんわかした明るさは消えて淡々とした冷徹な言葉が続く。
「エリィちゃん、あなたにはそんな悲しみを背負って欲しくないの……でも……」
俯くエリスフィーナに掛けられる言葉が徐々にだが柔らかくなってくる。そして
「もっと辛いのは後悔する事……。悲しみは時間が解決してくれても後悔は一生つきまとうものなの」
エリスフィーナの両肩に手を乗せたエルウィンドは
「ママは後悔を一生抱えて生きていくエリィちゃんは見たくないの……それはパパも一緒」
元気付ける様に両肩をポンポンと叩かれたエリスフィーナは涙を拭うと明日からの自身の人生の行き先を胸の中で確かなものとして、去っていったガルドリックの後を追い掛けるのだった。
「ガルドリックさん! 私も……私も貴方の旅に同行させて下さい!」
ガルドリックに背後から声を掛けたエリスフィーナは大きな声で彼に懇願する。
「エリス……?」
「私はあなたからもっと色々な事を学びたい、沢山教えて頂きたいんです。そして……貴方の力になりたい……! 貴方と一緒に行きたいんです……!」
そこまで話したエリスフィーナは緊張の糸が切れたのかガルドリックの胸に寄り掛かる様にして身体を預けてきた。
「そんな真っ直ぐなエリスだから……惹かれたのかもしれないな」
身体を預けられたガルドリックは根負けしたのか優しく彼女を抱き留めるのだった。




