魔王の最期
「勇者ガルドリックよ……。お前との剣戦、悪くは無かったが……勝負はお預けだ……ぐふっ!」
魔王アスモデウスはそう言うと自身の胸に刺さった大剣から抜け出る様にして後方へと跳躍し円形の広場から地下深くへと落下していく。
「勇者ガルドリックよ……。ハイエルフの娘を助けるのなら急ぐのだな……。我の力は……ここ……まで……だ」
落下していく魔王アスモデウスの言葉が終わると同時に
「きゃああああっ!」
磔にされていたエリスフィーナの悲鳴がガルドリックの後方から聞こえてきた。
磔にされていたエリスフィーナの両手首足首から黒いリングが消え去り、拘束から解放されたエリスフィーナは広場へと落下を始めていた。
十字架の体勢で長時間拘束されていたエリスフィーナは着地姿勢を取る事も、受け身を取る事も出来ないまま広場に頭から叩き付けられ様としていた。
シルフに風による上昇気流での衝撃緩和をお願いしたくても自然風や物理的な現象から来る空気の流れに乏しい地下空間ではエリスフィーナの力ではシルフに話し掛ける事すら出来ない。
「くっ!」
目前に迫る地面への衝撃にエリスフィーナが思わず目を閉じた瞬間
ーガシイッ!ー
エリスフィーナの身体は地面に叩き付けられる事なく何者かに受け止められた。彼女が恐る恐る目を開けると
「あ……!」
自分を抱えて走るガルドリックの顔を下から見上げる形での姿を見る事になった。
一心不乱に走り続けている彼にエリスフィーナが
「あ、あの……ありがとうございました。私……走れますから……」
礼を言ってお姫様抱っこの体勢から脱しようとするが
「今はそれどころじゃなくてな。もう少し我慢してくれ」
走り続けているガルドリックからの返事が返ってきた。いつもの彼からは考え辛い余裕の無さにエリスフィーナがふと周りの景色を見回すと
ーゴゴゴゴゴ……ー
地下空間そのものが大きく揺れ始めており
ードガアッ! ガラガラガラ……ー
足場である広場すら振動し崩れ始めている光景があった。勇者パーティーのメンバーは一目散に地下空洞の出口を目指して賭けている真っ最中であり、上からの落石だけではなく崩れていく足場からも逃げなければならない状況だった。
そんな状況なのだからエリスフィーナを降ろして走れるか確認した上で急いで脱出など出来るはずも無く、エリスフィーナはガルドリックにお姫様抱っこされるのみで状況に身を任せる他無いのだった。
「メル! はぁっ……はぁっ! あ、貴女……ふ、浮遊魔法とかは使えないんですか?」
一本道の揺れる通路を駆けながらクレスが後ろを走るメルティーローズに息を切らせながら打開策を尋ねる。
「んなモン唱えてる暇あるか! 下らない事言ってる暇あるなら足を動かしなさいよ!」
メルティーローズはクレスにもっともな反論で返す。一本道で左右が奈落な退路で先頭を走るクレスに何かあったらパーティー全員全滅なのだ。
肉体労働が苦手であろう賢者クレスは足元も覚束ない位ガクガクと産まれたての子鹿並みに足腰がボロボロになりつつあった。
魔術師二人の後に続くのは聖女マリアリア、少し遅れてキリヤ王子の二人だった。
マリアリアの気がかりは魔王と戦っていたガルドリックの安否だが、彼を最後に見たのは落下するエリスフィーナを受け止めていた彼の姿だった。
魔王を倒せた事は喜ばしい事だが、今のエリスフィーナが居る場所は本来は自分が居る場所だったのに……。
そんな嫉妬の感情に駆られていたマリアリアには一つの考えが頭を擡げていた。
(あのハイエルフだけを奈落に落とす方法は……?)
マリアリアの嫉妬の感情はいよいよエリスフィーナへの憎悪と呼べるところまで成長してしまっていたのだった。
そして聖女の後ろを走るのが地下空洞崩壊の引き金を引いたキリヤ王子だ。
彼は現世からの転生者でありながら地下の閉鎖空間における大爆発が齎す周囲への影響に思い至る思考がまるで無かった。
(くそっ、いきなり崩れるとか……ラスボス戦のお約束かよ!)
命の危機が迫る自分達の状況を自覚してもあくまで他責だった。加えて彼が見た魔王戦の最後は自身が放ったギガンティック・エクスプロージョンによる大爆発とその爆発を受けた魔王に対するガルドリックの一撃という光景だった。
(俺の魔法で倒したんだから魔王討伐は俺の功績だろ? あの大男め、トドメを掻っ攫いやがって……)
キリヤ王子視点では魔王アスモデウスがダークリフレクションを使って魔法を跳ね返された事は爆炎で見えていなかったのである。
だからこそ、彼の認識では魔王を倒した功労者は自分であり、ガルドリックは美味しいトドメだけ持っていった卑怯者としか映っていなかったのだ。
そして、キリヤ王子達の後を追うガルドリックと彼に抱えられたままのエリスフィーナの二人。
エリスフィーナはガルドリックに話し掛けようとするが、崩れ行く足場がすぐ後ろに迫る中、余計な事を話し掛ける勇気は無かった。
そんな彼女に出来るのはただひたすら無事にこの窮地から逃れる事が出来るのを祈る事だけでしか無かった。




