嫉妬
「よう、聖女様。怖い顔してどうしたんだ?」
キリヤ王子が一人で皆を見据えていたマリアリアに話し掛けてきた。
その声に反応したマリアリアが振り返りキッとした鋭い視線でキリヤ王子を睨み返すと
「お〜、怖い怖い。俺はてっきり入りたての新人にデカイ顔されて心中穏やかじゃいられないかと思ったんだがなぁ〜?」
キリヤ王子は両手を頭の後ろに回しながらマリアリアの横に並びエリスフィーナ達を見る。
「……何が言いたいの?」
マリアリアは探る様にキリヤ王子に尋ねるが
「さてね。これから魔王と戦おうってんだから、犠牲者が出たとしてもおかしくないよなぁって」
冗談なのか本気なのか真意が分からない言葉で返す。キリヤ王子のその言葉にマリアリアは黙ったままだ。
「さっきだってあわよくばなんて考えてたんだよな?」
王子が話すのはタイラントスパイダーとの戦いの一幕である。理由を付けてエリスフィーナを光の壁から締め出した訳だが、ボンクラ王子であるキリヤにも見抜かれる位には違和感が漏れて出ていた様だ。
「そんな事、ある訳無いじゃない。私はパーティーの安全を第一に優先しただけ」
「まぁ、そういう事にしといてやるよ。俺としては俺に靡かないクソエルフに分からせてやれりゃそれで良いだけなんだ」
キリヤ王子が何を言っているのかはマリアリアには分からなかったが
「まぁ、あなたの邪魔はしないでおいてあげるわ」
王子に妙に勘ぐられるのも不都合と判断した彼女はキリヤ王子の行動を容認する態度に留めるのだった。
「すみません。皆さん……私がもう少し早く気付いていれば……」
地中からのタイラントスパイダーの奇襲に気付く事に遅れたエリスフィーナは手当てを受けながら皆に謝罪する。
「謝る事なんか無いでしょ。むしろあんなの相手に時間稼ぎ出来ただけでも大金星よ? 私だったらあんなのに一人で取り残されたら失神するわよ」
メルティーローズがエリスフィーナに絡まっている糸を焼き切りながら彼女を励ます。
「そうですね。メルでしたら白目剥いて泡吹いて卒倒してるでしょうからねぇ。間違いなく土蜘蛛の腹の中でしょう」
同じ様に糸を処分しているクレスがメルティーローズに相槌を打つ。
「要らん性癖語るな、気持ち悪い! この変態ニヤケ優男!」
ージュッ!ー
「あづっ! あちゃちゃちゃ!」
余計な一言二言の為にクレスは顔面に火傷を負う事になった。
「それにしても今回はホント危なかったわよ〜。マリアリアの防壁からハネられちゃうなんてね〜」
「は、はい……私がもっと早く戻れていれば良かったんですが……すみません」
エリスフィーナは自分のミスで土蜘蛛に追い詰められたと思い込もうとしていた。あの時……エリスフィーナがギリギリ光の壁への退避が間に合わなかった瞬間のマリアリアの冷たい表情は何かの間違いであったと思い込もうとしていたのだ。そこへ
「エリスフィーナさん、大丈夫かしら? 怪我があれば診てあげるけど」
いつの間にか近付いていたマリアリアがにこやかに話し掛けてきた。
「あ、いえ……。特に怪我はしていませんから……平気です」
エリスフィーナもなるべく平静を装いながら返事をする。すると
「さっきはごめんなさい。私も皆を守る為に一生懸命で……貴女がもう少し早く戻っていれば良かったんだけど……私の不手際だったわ。ごめんなさい」
マリアリアはさっきの戦いのミスを認めエリスフィーナに握手を求めてきた。
「わ、私の方こそ至らない点ばかりで申し訳ありませんでした」
ーギュッ!ー
エリスフィーナはマリアリアの手を取りながらさっきの考えが思い違いや見間違いでは無いかと心の中で自信が持てなくなっていた。
(やっぱり……マリアリアさんがあんな事故意にするはずない……)
エリスフィーナは糸の処理を終えてもらいようやく自由に動ける様になっていた。
「よし、ここからは俺が先頭で進む。流石にそろそろ魔王が出てきてもおかしくないだろうからな」
ガルドリックの言う通り、タイラントスパイダーが潜んでいた砂地のすぐ後ろには荘厳な両開きの大扉が控えていた。確かにいかにもという雰囲気が漂ってはいるが……。
ガルドリックを先頭にした勇者パーティーはエリスフィーナ、マリアリアがすぐ後に続きメルティーローズ、クレス、キリヤ王子の順で両開きの大扉から奥へと進んでいくのであった。
両開きの大扉の先は左右が吹き抜けの様になった底の見えない大穴になっていた。石橋の様な通路は奥へと続いていき、遥か遠くまで一本道に見えた。
人二人分程度の幅しか無い広さの通路からは大穴の深い谷底が嫌でも目に入ってくる。
「クレス、アンタ絶対押さないでよ! 私に触れたらタダじゃおかないからね!」
極端に高いところは苦手なのかメルティーローズが後ろのクレスにフリかと間違えそうな注意をする。
「そんな事する訳ないでしょう。この歳で奈落落ちなどゴメンですよ。ハッハッハッ……」
そんな事を話しながらクレスは自分とは逆の方向から魔力で浮かせた杖でメルティーローズを小突こうとしている。この賢者、中々に馬鹿である。
パーティーの後ろでそんなやり取りが交わされている中、先頭を進むガルドリックの目にようやくその終点の姿が飛び込んできた。




