学院の放課後
「エリスフィーナさん? 今日の帰りはお暇かしら?」
魔法学院からそれぞれの自宅への帰り道、ガルドリックの邸宅とアリシアの実家は王都の同じ中央区の高級住宅街に位置している。
そんなエリスフィーナとアリシアの帰り道は途中まで進行方向が一致していた。
「え? はい。特に予定は何も……」
エリスフィーナが首を傾げながらアリシアの質問に答える。エリスフィーナとアリシアの二人は成り行きで話す様になったとは言え、まだまだ親しく語り合うといった間柄には無い。
特にエリスフィーナは自分から積極的に話し掛けていくタイプでは無い為か、アリシアとの間にはある種の余所余所しさの様な微妙な空気がまだ残っていた。
「貴女にもちょっとお願いしたい事があるの。良いかしら?」
「は、はい。私に出来る事があるのなら……」
アリシアの意図は分からないが、エリスフィーナはただ漠然としか意識していない。エリスフィーナはアリシアの後に続いて、自宅への帰り道では無い方向へと着いていくのだった。
アリシアの案内でエリスフィーナがやってきたのは中央区を東西に貫く河川の両岸に多数設置されているレンガ製の倉庫群の一棟だった。
「あの、ここは……?」
アリシアの意図がまだ分からないエリスフィーナが彼女に尋ねるが
「この中よ、心配しないで着いてきて」
ーゴゴゴゴゴ……ー
アリシアが倉庫入り口の脇にあるボタンを押すと鉄扉が金属の軋む音を立てながら脇へとスライドしていく。
アリシアは躊躇なく倉庫の中に入っていきエリスフィーナもまた遅れない様に後に続くと
ーゴゴゴゴゴ……ー
鉄扉が再びスライドしていき元の位置へとピッタリと収まった。レンガ造りの倉庫の仲は魔導具のあかりであちこち灯されており、普通の住宅位には明るい。
また、倉庫の内側は白く塗られており、少しでも光源の効果を高めようとする工夫が施されていた。
倉庫の中はまるで何かの製造工場の様に金属製のタンク等が並べられており、寸胴の様なモノもいくつか置かれている。
また、倉庫内には多数の作業者がおり、彼等は黙々と各々が課せられた作業に従事していた。
「こっちよ。貴女に渡したいモノがあるの」
アリシアに言われるがまま付いて行った先の戸棚にて、彼女は白い液体の入った小瓶をエリスフィーナに渡してきた。
「え、これは……?」
ひんやりとした小瓶を受け取り戸惑うエリスフィーナに対しアリシアが
「それは、試作品のソース。名前はまだ決まってないんだけど……」
初めて見るはずの白い液体に、エリスフィーナは学院の食堂で食べたケバブに使われていたソースを思い出していた。
「私の家ではそれを大量に作ってそれを大々的に王都で売り出そうとしているの」
アリシアが話し出したのは彼女の実家の商会で、この異世界ではまだ一地方の調味料の一種でしか無いマヨネーズを量産し、それを王都に向けて大々的に売り出そうとしているそうだ。
しかし、量産の為の大量の材料を集めるには菜種油や卵の生産地から直接大量に買い付けなければならない。
それもこれまでにない新商品ともなれば、同業者や商売敵に知られないように秘密裏に行わなければならない。
何故なら、これまで先行投資してきた資金を回収する上でも先行者利益は確実にも確保しなければならないからだ。
だからこそ、マヨネーズに関する情報は他の商会棟の商売敵に知られる訳にはいかないという事なのだ。そんな事情を抱えるアリシアの話は続く。
「……そういう訳でね。材料を買い付けて安全に戻って来る為に、私の家では信用に足る冒険者を探していたの」
いくら新商品を独占しようとするにしてもここは発展途上な異世界、特許や商標登録がある訳でも無い。
だからこそ、新商品を売り出す先駆者としては確実に生み出されるであろう先行者利益を確実に回収する為、新商品の情報が世間に浸透するより前には情報は徹底的に秘匿しなければならないのだ。
(…………)
森育ちな上、初めて聞く話にエリスフィーナはアリシアの話を黙って聞いていたが……
(ガルドリックさんに相談してみましょうか……)
一般的に人間より知能が高いとされるエルフである。自分がアリシアの為に何をするのが最善か、いかにすればアリシアの商会に迷惑を掛けずに目的を達成出来るのかを何となく察していた。
「あの、それじゃこれは……?」
エリスフィーナは受け取った小瓶をまじまじと見ながらアリシアに尋ねる。アリシアの話からすれば彼女の実家の未来が掛かっている重要な秘密であるはずだ。
「そのソースにどれだけの商機があるのか……こちらの本気度を知って貰いたいの。それがどれだけ重要か……勇者様ならきっと分かって頂けると思うから」
「わ、わかりました……」
アリシアが勇者程の冒険者の力を欲する位には、地方に材料の買い付けに行く事自体に何かしら予想される懸念材料があるのだろう。
彼女がガートルードに協力を求めていたのもそんな背景があったからなのかもしれない。
(…………)
こうしてエリスフィーナはアリシアからマヨネーズの小瓶を受け取って、自宅に帰る事になったのだった。
この先、何千何万の金貨に匹敵する事になるかもしれなないアリシアの商会の未来を携えながら……




