ケバブ
ケバブを受け取ったエリスフィーナ達三人は無事に食堂の一角の席に落ち着く事が出来ていた。
流石に入学からしばらくの時が流れている為、会計に金貨を出して慌てる王女様というお約束を披露する事は無かった。
また、エリスフィーナも人間社会の勝手は学習してきており、世間一般で必要とされる様な小銭をそつなく準備出来る様にはきちんと成長していた。
「頂きます」
「いただきます」
「いただきま〜す」
三人で一緒にケバブを頬張ると
「美味しい!」
「でしょ? こんなソース滅多にないものね」
ガートルードは目を丸くしてケバブのジャンクな味に驚いている。一方のアリシアはケバブを勧めてきた張本人だけあってか以前にも食べた事がある様だ。
(これは……?)
エリスフィーナも初めて食べるソースの味に驚いたが、何処かで以前食べていた様な不思議な感覚を味わっていた。
この異世界にマヨネーズやケチャップというものはまだ無く、味付けと言えば塩や胡椒、上流階級でようやくブラウンソースの様な手間暇の掛かる味付けが使用される位なのだ。
現世からの転生者であるエリスフィーナではあるが現代文明の記憶が残っているはずは無いのだが……
(気のせい……ですよね)
人間社会に出てからどこかで似た食べ物を食べたか、物珍しさに記憶がごちゃごちゃになって思い違いをしているとして気にしない事にした。
「あら? 口に合わないかしら?」
ケバブを食べる手が止まっていたエリスフィーナにアリシアが声を掛けてきた。
「あ、いえ……食べた事が無い味で……美味しいですね」
我に返ったエリスフィーナはアリシアに慌てて返答する。一方のガートルードは
「このソース……どうやって作っているのかしら……?」
自身が手にしているケバブをまじまじと見つめ、オレンジ色をした謎のソースとにらめっこをしている。
「それに近いソースはうちでも卸しているんです。全く同じものはまだ作れていないんですけどね」
ガートルードに自身の実家でこの国では未知のソースを取り扱っている事をアリシアが自然に語る。
アリシアが語るのはソースのベースとなるマヨネーズの試作品だがガートルードの気を引くには十分過ぎた様だ。
「……お父様に聞いてみます。このソースなら生野菜に使っても良さそうですから」
アリシアの実家は大きな商家な訳だが新たな事業を興すのであれば国家の後ろ盾があれば商品の質のみならず市場に流通させる際のリスク回避に関しても潤沢な資金の投入が見込めるだろう。
また、大衆受けするようなヒット商品を生み出す事は経済を活性化させ国自体が豊かになる一助とする事が出来る。
「アリシアさん、後で貴女の実家にお伺いさせて頂いてもよろしいかしら?」
ガートルードは既に父親である国王を説得する前提で試供品をアリシアに頼むつもりらしい。
一国の国王に献上するとなれば事前に毒見や食中毒を避ける万全の体制で制作しなければならないだろうし必要とあれば役人なり毒見役なりの監視が必要になるかもしれない。
「分かりました。私もお父様にお伝えしておきますね」
魔法学院の学食から新たな産業の発芽が芽生えた瞬間であった。
一方のエリスフィーナは二人の話を黙って聞いていただけだったが、ガルドリックやメルティローズにも食べさせたいとぼんやり考えるに留まっていたのだった。
その日の放課後、校舎から正門前へと続く石畳の通学路をエリスフィーナ達が三人で歩いている。
石畳の通路の脇には綺麗に剪定された若葉色の木々が並んでおり、その向こうにはこちらもまた剪定の意気届いた庭園が続いている。
ガートルード王女の護衛を努めるエリスフィーナから見れば人目の多い校舎から迎えの馬車までのこの通路が一番危険な気がしていた。
剪定された木々はエリスフィーナから見たら緑色の円錐形の障害物でしかなく、見通しの効かない遮蔽物でしか無い。
こんな場所に賊が潜んで待ち伏せする事があるとは考えづらいが、ガートルード王女は以前何者かの集団からその身を狙われた過去がある。
(…………)
エリスフィーナがこうして魔法学院に通う事になったキッカケでもあるが、学校内でガートルード王女が狙われる事は無く、またガートルード王女を本気で殺そうというような物騒な輩は今のところ見当たらない。
惟一、イザベラとその取り巻き達の動向は気になるが、それでも本気で一線を越えてくる様なそこまで切羽詰まった様な危機感は感じていなかった。
「エリスフィーナさん、アリシアさん、また明日ね」
馬車に乗り込むガートルードを見送ってエリスフィーナの学院生活の一日は終了する。
当然、金貨入りの小袋を受け取るのだが毎日の様に受け取っているせいか使用済みの小袋が溜まってしまい、いつしか金貨入りの小袋を受け取ったら使用済みの小袋を返却するルーチンがエリスフィーナと侍女の間で成立していた。
ガートルードの馬車が去っていくのを見届けてアリシアと共に帰宅の途に着くのが、エリスフィーナの最近の帰り道になっていた。




