苗字
「エリスフィーナ・ヴァールハイト!」
考え事をしているエリスフィーナの名前を呼ぶミリア先生の声がエリスフィーナの耳に飛び込んできた。
「は、はい!」
ーガタッ!ー
慌てて立ち上がったエリスフィーナは流石に慌て具合が不自然だったらしく教室中の注目を集めてしまった。
「なに……エルフのくせに学院に入ってくるなんて……」
「場違いなの、自覚ないのかしら……?」
「エルフなんて差別主義者なんでしょ? いかにも性格悪そ〜」
周りからのヒソヒソ声はエリスフィーナの長い耳にはしっかり届いており、その心無い言葉にエリスフィーナはどんどん居た堪れなくなっていく。
「エルフとは珍しいが……私の生徒に変わりは無い。これからしっかりと勉学に励んでくれ。座ってよし」
ミリア先生は特に気にする事なくエリスフィーナに着席を言い渡し次の生徒の名前を呼んでいく。
(…………)
席に着席したエリスフィーナは自分の姓としてガルドリックのヴァールハイトが使われている事に戸惑っていた。そこに
「名前だけの登録が出来ないから、ガルドリック様の使わせて貰ったの。ごめんなさい、迷惑だった……?」
前の席のガートルードが小声でエリスフィーナに謝罪してきた。
「あ、いえ……突然なのでビックリしてしまっただけで迷惑なんてそんな……」
エリスフィーナは顔を赤らめながら申し訳なさそうなガートルードに返事をする。
エルフに姓は無く仮に両親に聞いたところでキラキラな長い姓を提案されてしまいかねない。そんな危険な橋を渡るくらいなら……
(……エリスフィーナ……ヴァールハイト……)
この学院で使われる事になった自身の名前を心の中で反芻しエリスフィーナの顔はまた赤くなってしまうのだった。
ミリア先生による出席確認が終わるとこれからの授業で使用される教科書が配られ始めた。
早速配られた教科書を興味津々にエリスフィーナがパラパラと教科書をめくり始める。
(わぁ……!)
教科書の中は魔法についての基礎的な原理や四大元素魔法の基礎などが各属性ごとに章ごとに分けられて記述されていた。
全ての始まりは無属性とされており、そこから火、氷、風、土と続いており最後の章に光や闇、神聖魔法についての記述がなされている様だった。
自身の得意分野である精霊魔法について何かないかとエリスフィーナが夢中になって教科書を熟読していると
「エリスフィーナ・ヴァールハイト、聞いてるのかぁ!」
ーガッ!ー
「あいたっ!」
すっかり夢中になってしまっていたエリスフィーナね脳天にミリア先生からの教科書の角による無慈悲な一撃が加えられた。
完全に油断していた状態からの必殺の一撃にエリスフィーナが頭を押さえて悶えていると
「教科書を熟読するのは結構だがそういうのは家でやれ。皆も教師の話はちゃんと聞くようにするんだぞ!」
ミリア先生が皆に学院生活の心構えを皆に説いていく。一方、教室の中はミリア先生からの体罰に悶えるエリスフィーナに対する失笑が広がっていく。
「なに、あのエルフ〜。いきなり恥ずかしいわね〜」
「どーせ森から出てきた田舎者だから学校生活なんて知らないんでしょうね〜」
「あ〜、エルフなんてどんなかと思ったらとんだ芋女じゃな〜い」
教室内の空気は一気にエリスフィーナを嘲る雰囲気に傾き始めていた。せんな空気と陰口にエリスフィーナが恥ずかしさで小さくなってしまった。そこに
ーパンパンー
「皆、静かに!」
陰口にざわつくクラス内に向けてミリア先生は手を叩いて室内を静める。
「これは体罰じゃない、ただの可愛がりだぞ? お前達も、もし授業中に余所見なんかしてたらホーミングチョークで撃ち抜いてやるからな」
ミリア先生はエリスフィーナをダシにして皆の気持ちを引き締めるつもりで居る様だ。ちなみにホーミングチョークに関する説明は一ミリも無い。
一方、デスゲーム物で説明を聞かずに最初に殺されるモブみたいな扱いを受けたエリスフィーナは
「す、すみませんでした……」
涙目になりながら側でクラス内に語りかけているミリア先生に謝る。
「ふむ。素直に謝れるのは良い心がけだ。素直は美徳だから今後も勉学に励むように」
ミリア先生はそう言うと教室の壇上へと戻っていく。こうして、初日の魔法学院は教科書の配布と学院生活の心構え等の説明でその日一日を終えたのだった。
「エリスフィーナさん。今日はありがとう。明日からもよろしくお願いね」
一日の終わり、魔法学院の正門にて豪奢な馬車に乗り込む前にガートルード王女が見送りのエリスフィーナにお辞儀をする。
「あ、あの、そんな大した事はしてないので……」
謙遜では無く本当に何もしていない自覚のエリスフィーナが両手をブンブンさせながらガートルードの言葉を否定する。
「ありがとう、エリスフィーナさん。また明日ね」
ガートルードはエリスフィーナに微笑みかけると馬車へと乗り込んでいく。
「エリスフィーナ様。これは本日の約束のお品になります」
扉を閉める役目の侍女がエリスフィーナに小さな小袋を渡してきた。
「あ、は……はい?」
何の事がピンと来ていない彼女だがそのまま小袋を受け取ると
「それではまた明日。失礼致します」
侍女はそう話して一礼すると彼女も馬車へと乗り込み
ーバタンー
馬車の扉は丁寧に閉じられた。そして
ーガラガラガラガラー
ガートルード王女を乗せた馬車は王城へと走り去っていき、エリスフィーナはその姿をただ見送るのだった。




