入学初日
共用講堂での入学式を終えたエリスフィーナ達新入生は三つの三十人程度のグループに別れて校舎の中にある教室へと移動していた。
入学式の簡単な説明で分かったのはエリスフィーナが編入されたのは全体の中での真ん中程度の位置付けのクラスであった。
何の基準で真ん中なのかは分からなかったがガートルード王女が一緒という事以外エリスフィーナはあまり気にしていなかった。
(…………)
慣れない教室でガートルード王女の後ろの席にただ座るエリスフィーナは学校と言うものが初めてという事もあってか何をすれば良いのか分からずに居た。
「あの……ガートルードさん? 私って何をすれば良いんでしょうか?」
エリスフィーナが後ろの席から前の席に座っているガートルード王女に話し掛けると……
「私にはこの教室での味方は貴女だけなんです。エリスフィーナさんには……近くでお友達みたいに居て頂ければ……」
ガートルード王女は周りを気にしながらエリスフィーナに自然に近くに居て欲しいと依頼してきた。
「は、はぁ……私で満足に出来るか分かりませんが……頑張ります」
エリスフィーナはそう答えながらも周りの学生達のお喋り内容は聞いており
(特にガートルードさんの脅威になりそうな話は無いですね……)
あくまで現時点の話だがガートルード王女に関係のありそうな話題は聞こえていなかった。
「ねぇ、今日の入学式どうだった〜?」
「え〜、田舎貴族のパッとしない男子ばかりだったし〜ロクなの居なかったじゃない?」
「やっぱり私は王子様掴まえて玉の輿してやるわよ!」
教室では入学式に出席していた男子学生達の話題がそこかしこで繰り広げられていた。
このローランド王立魔法学院は一応男女共学ではあるものの、普段の教室は男女で校舎ごと分けられている。
これは、政略結婚の道具ともなり得る貴族の子供達に間違いを起こさせない様にする学院なりの配慮である。
もちろん学校行事の中には共同で学習する教科もあるし実地訓練もある。また、食堂や図書室、魔法実験室や運動場等は殆どが共用となっている。
つまり、先生や大人の目がある所でしか男女の学生が一緒になる機会は殆ど無いという事になる。
だからと言っても学生達は皆が十代半ば、タイプの異性の話は教室のあちこちで盛り上がりを見せていた。
そんな訳でエリスフィーナの長い耳に聞こえてくるのは女子生徒達からのやれどこどこの貴族の次男が狙い目だの、父親の肩書がどうとか、本人の将来性がどうやらとかく結婚するにあたっての理想を語り合っている話題ばかりが聞こえてくるだけだった。
(うーん……)
両耳を常にオープンにしているエリスフィーナはそろそろ処理能力がオーバーフローしかけていた。
欲望まみれの興味の無い話を延々と聞いているのは精神的に疲れるものだ。
エリスフィーナが耳栓の購入を本気で考え始めていたその時
ーガララッ!ー
「全員、席に着けー!」
教室の扉が開き、緑濃色の魔術師のローブを着た女性が入ってきた。
彼女は赤い縁の眼鏡を掛けており、薄緑色の長い髪を三つ編みの様に後ろに流している。
「私はこのクラスの担任のミリア・コンフォートだ。これから三年間お前達のクラスを受け持つ。男子生徒なんかに現を抜かしていられない位に勉強に打ち込ませてやるから肝に銘じておくように!」
担任教師ミリアからの挨拶にはクラス中からブーイングにも似たどよめきが起きた。
「えぇ〜マジでぇぇぇ〜……」
「うわ、最悪ぅ〜このクラスハズレじゃん……」
「こんなのパワハラじゃん。パパに言いつけてやるんだからぁ〜」
女生徒達の反応の九割九分がミリア先生への不平不満だった。
「よーし、それじゃ出席取ってくぞー。名前を呼ばれた者は立ち上がって返事しろー」
ブーイングを気にせず出席を取り始めるミリア先生に更なるブーイングが浴びせられる。
ミリア先生はお構い無しに生徒一人一人の名前を呼んで返事、起立、着席させていく。
名簿を見ながら出席を取っている辺り、名前と顔を一致させているのだろう。そうして何人かの名前が呼ばれた次に
「ガートルード・レイノア・ローランド」
ミリア先生はガートルード王女を皆と同じ様に起立させた。
「あー、王女様の妹君の方か。言っとくが私は王家の者でも忖度はしないぞ? 学院の生徒は皆同じ学生だ。よろしい、座って良し」
強い。ミリア先生はガートルード王女に対しても全く特別扱いする事無く平然と対応している。
(…………)
皆の名前が呼ばれている中、エリスフィーナには一つの不安が心の中に首をもたげ始めてきていた。それは
(私……苗字無いんですよね)
エルフ達には基本的に苗字が無い。名乗る必要姓が無い為である。里の中であれば名前だけで何処の家庭の誰さんががすぐに分かるからである。
そう考えればエリスフィーナは母エルウィンドからキラキラネームを付けられなかったのは不幸中の幸いだった。
一歩間違えて居たら半永久的に恥ずかしい名前のみを背負わなければならなかったのだ。
苗字で取り繕う事すら出来ない呪いの様な足枷となってエリスフィーナを苦しめる寸前だったのである。




