忍び寄る悪意⑦
次の日の皇太子親衛隊の面々との朝の鍛錬を終えた後、アリーナはオスカーを呼び止めた。
「ああ。何かあったのかい?」
「お聞きしたいことがあります」
アリーナの真剣な眼差しに、オスカーはすぐに終わる話ではないと感じ、木製のベンチに腰を下ろした。
「君も座るといい」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、アリーナはオスカーの隣に、少しスペースを開けて腰を下ろした。
一応、婚約者のいる皇子と隣国とは言え公爵家の令嬢が親密すぎるのは良くない。
一人分空けて座るくらいがマナーである。
「皇都に入る前に泊まった宿屋でのことです」
「ああ。そういえば、あの件、話すのを忘れていたね」
「はい。あの時、もしかして…」
アリーナは、あの日宿屋で起きていたであろう事を自分なりに分析して、オスカーに話をした。
「よく、わかったね。その通りだよ。ほぼ満点」
「ほぼ…なんですね。もしかして、その時の犯人、と言っていいのかわかりませんが、いなくなった、とか?」
「うん。満点」
「やっぱり…」
あの日、警護に当たっていた親衛隊の数人を、皇都に着いてから見かけていなかった。
おそらく、逃げ出した犯人を追っているのだろう。
数日経っても戻っていないということは、まだ見つかってないということだ。
「犯人の目的は?」
「はっきりとはわかっていないんだ。だが、リオネッタ王女が関係してるのは確か、だね」
「なるほど…」
アリーナが少し考え込むと、オスカーがふっと笑みをこぼした。
「落ち着いているね…」
「え?」
「もっと、こう、なんていうか、犯人探してやるぞーって猪突猛進するかと思って…」
「そうですね。ここがアメジスト王国ならそうしました。でもここはエメラルド皇国なので、私より優秀な騎士が沢山います。諜報部の皆さんもそうですが、とてもすごい能力を持った方が本当に沢山いらっしゃいます。だから、私は私ができる唯一の事をします」
「唯一の事?」
「はい。リオネッタ王女殿下の一番近くでお守りすることです」
キラキラと輝く瞳でキッパリと言い切るアリーナに、オスカーは、ははっと笑った。
「そうだね。それは君にしかできないね」
「はい。いろいろ気になることはありますし、ちゃんと知りたいです。でも、まだ私は、あくまでもリオネッタ王女殿下の付き添い人です。今はその役目をきちんと全うします」
「うん、そうだね。それでいいと思うよ」
「頑張ります」
「あらあら、何のお話ですか?」
ふわりと優しい花のような声がした。
そこにいたのは、オスカーの婚約者のユーフェミアだった。
「ユーフェミア様!」
アリーナは立ち上がり、ユーフェミアの元へ行くと二人は仲良く手を繋ぐ。
「アリーナ様、朝の鍛錬お疲れ様です」
「ありがとうございます。ユーフェミア様もこんな早くからいらしゃってるんですね」
ユーフェミアもリオネッタと同じように、王子妃としての妃教育を受けている。
前回の訪問時は何度か一緒に授業を受けたこともある。
ただ、リオネッタのように皇后になる者と王子妃とでは、内容が少し違う。
王子妃はあくまで仕える側になる。
将来的にリオネッタが皇后となった時、ユーフェミアは側仕えと違う形でオスカーと共に皇帝と皇后を支えられるようになるための教育を受けているのだ。
「今日はアリーナ様のお稽古を拝見したくて早めに来たのですが、少し遅かったようですわね」
残念そうに少し眉を寄せて首を傾げる姿は可愛らしい。
ジークフリートほどあからさまではないが、オスカーもユーフェミアを大切にしているのを、アリーナは知っていた。
「ユーフェミア、稽古中は危険だからといつも言ってるのに…」
稽古なので真剣を使うことはないが、木剣でももし飛んできて彼女にあたるようなことがあれば怪我をしてしまうだろう。
もちろん、そうなる前に魔法などで何かしらの対処がされるだろうが、危険なことには変わりなく、オスカーはあまり鍛錬場には来てほしくないようだった。
「だってアリーナ様の勇姿を拝見できるのは、本当にわずかな期間なのですもの…。木剣とはいえ、とても輝いていらっしゃるお姿、やはりこの目に焼き付けたいです」
「いや、その話はよく聞いてはいるけど…。やはり危険が全くないわけではないし、君が怪我をしたりしたら、君のお父上に何を言われるか…」
「大丈夫ですわ。私はオスカー様の元へ嫁ぐと決まった時から、ただの王子妃としてではなく、騎士の妻としてどうあるべきかも学んでおります!」
「いや、そういうことではなく…」
二人の言い合いを見ていて、オスカーの想いの熱さがわかる心配ぶりに、アリーナは苦笑した。
「ユーフェミア様、私は何もなければ皇太子殿下と王女殿下が北へご出発される日までこの時間まで訓練しておりますので…。またお時間が合いましたら、ぜひ。でもその時は必ずオスカー殿下のお近くにいてくださいね」
「ええ!ええ!必ず殿下の側におりますわ。またあれを見せていただきたいですわ。水魔法で氷を作るのを…。とても美しくて、私はあの魔法が大好きなのです。私も水と風の魔法を使えますが、上手く凍らなくて…。ぜひコツも教えていただきたいです」
「あー、それは…」
ちらりとオスカーに視線を移すと、両手を合わせて「頼む」のポーズをしていた。
これでは断れない…。
「時間がありましたら、ぜひ。できるようになると面白いですから!」
エメラルド皇国には、水と風の二属性を持つ者が多い。
アメジスト王国では風魔法を使える者が少なく、二属性持ちの場合、水と土を扱えるものが多いので、こうして魔法のことで話せる人があまりいないため、アリーナはユーフェミアと話をするのがとても楽しいのだ。
「ノクスヴォルト領へは、私も行くことになりましたの。ぜひ、あちらでもよろしくお願いいたしますわ」
「え?一緒に行かれるのですか?」
「はい。皇帝陛下から父へ連絡がございました。オスカー様と長い間離れてはと、考慮してくださったみたいで…。あちらの湖の美しさはとても評判が良いので、私も気になっておりましたの」
オスカーが目を見開いて驚いているのを見ると、オスカーも知らなかったのだろう…。
今、アリーナの中でとても印象が良くない、ノクスヴォルトへ、ユーフェミアも赴くとなれば、警備ももう少し強固にしなければならない。
とはいえ、騎士も親衛隊も人数に限りがある。
しかも、アリーナたちがノクスヴォルトを不審に思っているのは、皇帝も把握しているはずだった。
何か皇帝にも意図があるのかもしれないと思うと、アリーナとオスカーは深く思いため息をついた。
「ふふふ。アリーナ様とオスカー様の勇姿を、この目に焼き付けますわ!」
そう、ユーフェミアはオスカーのことだけではなく、アリーナのことも応援している、少し面白い趣味を持っている令嬢なのだった。
ーー大丈夫、よね…。
不安がひとつ追加されたが、アリーナもオスカーもやることはひとつだ。
無事にノクスヴォルト領からこの皇都へ戻ってくること。
その任務を終えるためには、やらなければならないことが山積みだった。
「アリーナ嬢。リオネッタ王女殿下の警備案、あなたも出してもらっていいかな?」
「私がですか?」
「私はユーフェミアの警備を考えなければならなくなったのでね…。それに、君がどこまで考えられるか、見てみたい。もちろん、最終確認は私がやるから、君の案を考えてみてくれないか?」
こめかみを抑えているオスカーには申し訳ないが、アリーナは今にも飛び跳ねそうなのを抑えて、わざと澄ました笑顔で、答えたのだった。
「承知いたしました。私なりに、考えてみます」
「馬車や騎士の人数を今日中にまとめておくから…。明日の朝の鍛錬の時に渡すので、出発の三日前までに、往路と復路、滞在中の警備計画を全てやってみてくれ。滞在場所の地図や間取りも至急用意させるから…」
「はい!」
おそらくオスカーはリオネッタの警備についても準備はするだろう。
しかしその一端をアリーナに任せることにしてみたのだ。
おそらく、皇帝がユーフェミアを同行させる目的の一つは、アリーナの騎士としての力量を測ることだと推測したからだ。
アリーナにもそれがわかっていた。
「わかっているとは思うけど…。兄上、皇太子がそばにいるということも考慮するんだよ」
「はい!」
護衛計画は、アリーナの一番上の兄、アドリアンから教わっている。
アドリアンの仕事の中には、アメジスト王国の王太子の護衛計画を考えるというのがある。
アリーナがリオネッタの騎士になると決めた時から、少しずつアドリアンは自分が持てる知識をアリーナに伝えていたのだ。
実際にリオネッタの警備を考えるのは初めてだが、いつも考えていたのだ。
共に行動する時はもちろん、公式の場にリオネッタが出る時、どう警備すれば、彼女に危険が及ばないかを。
ーーしっかり考えなければ…。
少し緩んでいる頬を引き締めて、アリーナは両手に力を込めたのだった。




