忍び寄る悪意⑥
事件から三日後、諜報部の活躍の甲斐あって、今回の襲撃について、犯人が全てを話したと伝えられた。
あの襲撃を受けたガボゼで、神妙な顔をしたジークフリートから聞いた内容は、ただのアリーナの実力お試しテストの範疇には収まらない内容だった。
「オニキス王国から侵入した盗賊に、家族を人質に取られた。アメジスト王国の王女を殺さないと家族を皆殺しにされる」
これが、犯人が語った犯行動機だった。
オニキス王国は大陸の北側にある大国で、数十年前までエメラルド皇国と大きな戦があった国だが、今は友好関係を結んでいる。
とはいえ、盗賊が簡単にエメラルド皇国に入国できるわけがない。
オニキス王国の国民がエメラルド皇国に入国するには、事前に審査があるからだ。
その審査も簡単ではない。
滞在期間や目的はもちろん、家族構成や出身に至るまで、細かな情報の提出が必要で、申請した全員に許可が下りるわけでもない。
家族で申請しても、誰かが申請を却下されることもあるくらい、とても厳しいものなのだ。
「まいったよ…」
ジークフリートは大きなため息をついて、紅茶を一口飲むと、頭を抱えるポーズをとった。
アリーナはジークフリートの態度が少し大袈裟に感じたが、困っているのは明らかだった。
「うちの諜報部の前で嘘はつけない。だから犯人の言葉は真実なんだが…」
アリーナが知っているエメラルド皇国の諜報部、昔は「黒の部隊」と言われた、闇魔法使い数名で構成された部隊だ。
エメラルド皇国の諜報部は、現在では第五部隊まで存在しており、皇国内で起こる犯罪の捜査や情報収集をはじめ、皇国外の諜報活動など、その役割は多岐にわたる。
その昔、かつてアリーナの祖父ヴォルフガングが現役で活躍していた頃は「黒の部隊」と呼ばれていた、闇魔法使いたちの集団である。
彼らが使う闇魔法には、相手の心を操るほど強いものではないが、身体と意識を弛緩させ、本人が自らの意思で記憶や事実を語るよう促す特殊な魔法があった。
そのため、諜報部によって自白を引き出された者の証言は、皇国において非常に高い信憑性を持つ。
もちろん、記憶違いや本人の認識そのものが誤っている場合もあるが、彼ら諜報部が引き出すのは、紛れもない事実だ。
罪を軽くするために嘘をついたり、誰かを庇うために虚偽の証言をしたりすることはできない。
だからこそ、諜報部によって引き出された証言には、どれほど信じがたいものであっても、皇国では「本人がそう証言した」という事実は、無視することができないのだ。
「オニキス王国とは、今は順調に友好関係が続いているのですよね」
リオネッタが尋ねると、ジークフリートは大きく頷いた。
「ああ。一月前に王太子のヴァレリウス殿下が来ていたんだが…。彼は無駄なことが大嫌いな性格なんだよ。だからこの世で一番面倒な争いは好まない。だから、彼が訪問時に何かを仕掛けた、というのも考えられない、んだが…」
「だが?」
「彼の父親、オニキス王の周りは、ちょっときな臭いらしい。ヴァレリウス殿下がかなり気をつけているらしいんだが…。彼とは昔からよくしてもらっているので、何かあれば連絡が来ることになってはいるが、オニキス王国は遠いからね…。なかなかお互い情報交換するのが難しくてね」
オニキス王国はこの大陸の北に東西に伸びる大きな国である。
アリーナの祖父が現役の頃、大活躍したのが、オニキス王国とエメラルド皇国の戦である。
両国に多大な犠牲を出し、やっと平和が訪れて、まだ数十年。
二度とあの悲劇を繰り返してはいけない、それが祖父ヴォルフガングの口癖だ。
「なるほど…。だからテオ兄様の魔道具が…」
ポロリと出た言葉に、アリーナは慌てて口を両手で塞いだ。
いくらジークフリートがアリーナにも気さくな態度をとっており、公式な場ではないとはいえ、本来なら勝手に発言することは不敬にあたるのだ。
「ああ、気にしなくていいよ。そうそう。その通り。彼の開発した魔道具をうまく使えないかと思ってね。まだ大々的に発表しているものではないから、さすがにヴァレリウス殿下に渡すわけにはいかなかったが、来年あたり商品化が進むはずだから、その後はあれを使って連絡を取り合えたらいいなとは思っているよ」
「兄の魔道具が、そんな重要なことに…」
実はアリーナの三番目の兄テオドールは、魔道具師として、大陸にその名前を轟かせている。
いくつかの発明品が各国で使用されているのだ。
その魔道具の開発等でかなりの稼ぎがあるのだが、根っからの研究好きのため、報酬は全て研究のために使い、貯蓄はない。
基本呑気な三男坊、しかも家は公爵家。
好きなだけ研究に注ぎ込んでも、誰も困らない。
それどころか、民の暮らしが向上しているので、どちらかといえばプラスである。
「ひとまず、この件は皇帝陛下直下の騎士、第一騎士団が主導することになったが、何か気になることがあれば、私かオスカーに言ってくれ、アリーナ嬢。違う国の君だから、気づくこともあると思うしね」
「はい。承知いたしました」
アリーナはエメラルド皇国の地図と、オニキス王国へ続く道を頭の中で思い出して、少し身震いした。
エメラルド皇国とオニキス王国の国境を守るのは、ノクスヴォルト伯爵家である。
ーーノクスヴォルト領の湖に行くって話、無くなって欲しい…。姫さまの安全のために…。
そう心の中で呟いたが、もちろん、アリーナのこの願いは叶うことはない。
エメラルド皇国の皇太子が、婚約者を連れてノクスヴォルト領へ行くというのは、もう皇国の公式行事と言っても過言ではないのだ。
さらに、ノクスヴォルトは屈強な騎士が多くいる、国境騎士団がある。
ジークフリートのことは、何があっても守り抜くだろう。
そのプライドにかけて…。
しかし、婚約者とはいえ、リオネッタはまだ隣国の王女だ。
護衛の優先順位で言えば、皇族であるオスカーよりも低いかもしれない…。
自分やアメジスト王国から来ている騎士だけで、守り抜けるだろうか…と不安になる。
ーーもちろん、何がなんでもお守りするけど…。まずは、ひとつずつ解決させないと…。
エメラルド皇国に来てから色々起こりすぎていてあとまわしになっていたが、先に確かめておかないことがあるのだ。
「オスカー殿下、少しよろしいですか?」




