忍び寄る悪意⑤
「ごめんなさいね、リオネッタ。それにアリーナとナナリーも…」
本日は皇后とランチの予定になっており、朝の妃教育が終わるとそのまま皇后のサロンに向かっていた。その途中歩きながらではあるが、皇后から昨日の件について謝罪を受けた。
改まって場を設けるとリオネッタが恐縮してしまうという気遣いと、アリーナとナナリーにも謝罪したいという意図が含まれており、アリーナはさりげない皇后の気遣いに、さすがだなと感心した。
リオネッタと皇后の立場上、正式な場を設けようとすると、時間も労力もかかってしまう。
歩きながらの謝罪であっても、皇后の言葉から真摯な思いが汲み取れた。
「アリーナをお試しになった、と聞きました」
「ええ…。貴方が嫁いで来た際の護衛騎士について、そろそろ選定を始めなければならなくてね。皇太子殿下はアリーナを中心に人員配置を考えていたの…。でも皇国騎士団やその他の人達の反対の声が大きくてね」
それはそうだろう、とアリーナは思う。
リオネッタと共に行動しているとはいえ、他国の、それも騎士ですらないただの学生を中心にというのは、かなりの暴挙だと、アリーナでもわかる。
もちろん、その地位を狙って入る。
リオネッタの一番近いところで、常に彼女を護れる存在でありたい。
しかし、まだ何も成し遂げていない身である。
ジークフリートの気持ちは嬉しいが、自分を中心に皇太子妃の警護について考えるのは、時期尚早だ。
「私もアリーナの腕がどれだけかははっきりと分かってはいなかったけれど、オスカーから聞いている限りでは、今すぐ騎士になっても遅れは取らないだろうってことだったから…」
「それであの弓使いをお雇いになったのですね」
「ええ…。もちろん、貴方や皇太子殿下に危害が及ばないよう、あの場にいる皇后宮の騎士にはもしもの場合を想定して、テストのことは伝えてあったの。でもまさか、こちらで用意した弓に毒を塗っているだなんて…」
皇后のサロンに到着し、奥に皇后とリオネッタが着席し、リオネッタの隣にナナリー、皇后の隣にアリーナが座る。
いつもならナナリーの隣にアリーナが座るのだが、今日は特別に皇后の隣に座るよう指示されたのだ。
「流石に皇太子殿下には先に相談するべきだったと、皇帝陛下にも叱られたわ」
少し落ち込んで肩を落としている皇后に、アリーナは微笑んだ。
「発言、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。気にせず話してちょうだい」
「では、失礼いたします」
そう言うと、アリーナは皇后の方へ体を向けて、じっと皇后の顔を見つめた。
事件の後からずっと忙しくしていたのだろう、少し疲れた様子が伺えた。
「あの、不謹慎と思われるかもしれませんが、私、嬉しかったんです」
「嬉しい?」
「はい。皇后陛下は私が王女殿下をお守りできるかを確かめるために、あの者をわざわざ雇われたのですよね…。私にはできると思ってくださったことが、とても嬉しいです。もちろん毒の件は気にかかりますが、私の力をお認めくださっていると思うと、少し気分が良かったです」
正直すぎるとも思ったが、アリーナは素直な思いを皇后に告げた。
「アリーナ…。貴方なら、きっとできるともちろん信じていました。今回のことだけで全員が納得できたわけではありません。でも布石にはなりました。リオネッタのためにも精進してちょうだいね」
「はい。もちろんです。まだ皇国の皆様を納得させられるだけの力は私にはございませんが、王女殿下が嫁がれるまでに、皆様に認めていただけるよう、研鑽を積みます」
アリーナの瞳が真っ直ぐ皇后を見つめる。
その瞳の奥の力強さに、皇后は幼い頃、寝物語に聞いた英雄の話を思い出した。
雷帝の隣に立つ、風神と呼ばれた豪傑の話を…。
「ええ、期待していますよ」
皇后の言葉に、アリーナは静かに頷いた。
この後は四人でランチを楽しみ、皇后から色々な話を聞いた。
子供の頃領地の森で迷子になった時のちょっとした冒険譚から皇帝陛下の元に嫁ぐ経緯まで話をしてくれた。
その中で、アリーナは少し気になることがあった。
皇都から北のノクスヴォルト伯爵領までの道が整備されたのは、手前に皇后の実家、エーデルハイム侯爵領があったためらしい。そこからさらに北へ進み、ノクスヴォルト伯爵領までみちが整備されたようだ。
皇都までの道すがら、なぜ北の道を先に整備したのか気になっていたが、答えがわかって納得をしたのだが、少しスッキリしなかった。
なぜなら、また、ノクスヴォルトの名前が出てきたからだ。
ーーもちろん、今までのクラウディア様の失礼な態度も気になるけれど…。
なぜ何かあると、この名前が出てくるのか…。
アリーナはこの変な違和感を忘れないように、その名前を心に留めたのだった。




