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忍び寄る悪意④

 次の日、アリーナは前日と変わらず、皇太子親衛隊の面々と朝の稽古に励んでいた。

 昨日の襲撃のショックがないわけではない。

 しかし、昨日気丈に振舞っていたリオネッタのように、普通に過ごすことが今自分に課せられていると思ったからだ。

 昨日ガボゼで警護をしていた騎士も、もちろん何もなかったかのように、各々真剣に稽古に励んでいた。

 昨日と同じように軽く走ってくるアリーナの姿を見て、少し驚いていた騎士もいたが、普通に挨拶を交わしてくれた。


「アリーナ嬢、少しいいかい?」


 一通りの訓練をこなして、手合わせの相手を探していたらオスカーに声をかけられた。

 オスカーの元へ小走りで近づくと、昨日ガボゼでジークフリートとリオネッタの護衛にあたっていた騎士も呼ばれていた。

 昨日のことで進展があったのかと思いオスカーの言葉を待っていると、予想したものと違う言葉がオスカーから発せられた。


「昨日のこと、君はどう考えている?」

「私の考えを述べてよろしいのですか?」

「ああ。犯人を捕まえたのは君だ。何か、感じたことはないか?」


 アリーナは腕を組み頭を傾げた。

 少し気になったことがあるにはある。

 しかし、本当にまだ騎士ではない、学生の自分が考えを話していいのか、少し戸惑った。


「大丈夫だよ。確かにまだ君は騎士の身分を持っていないが、兄上…、皇太子殿下からもあの場にいたみんなの意見を聞きたいと言われているんだ。素直に感じたことを話しても大丈夫だよ」


 オスカーの言葉にその場にいた騎士達も大きく頷いた。


「では…。私が気になったことを…。まず一つ目、矢尻が潰されていて殺傷能力が低くなっているのに、毒が塗られていたこと。そして二つ目は、矢を準備した者と毒を用意した者が違うのではないかということ。三つ目、犯人はなんらかの事情があって犯行に及んだのではないかということ。そうでなければ、あんなに簡単に服毒しようとしないでしょう。おそらく犯人は、襲撃が成功してもしなくても服毒で自害をする予定だった。口の中に毒を仕込んでいたのが、その証拠だと思いました」

「なるほど…。うん。他には?」

「襲撃の犯人は、あの…、そのですね…。なんというか…」


 寝る前に、ふと浮かんだ仮説。

 これを言葉にするのは、アリーナでさえ、大きな罪を背負ってしまいそうで、はっきり言うことができなかった。

 皇后宮に出入りできる者は、限られている。

 出入りする者は、すべて記録が残っている。

 そして、宮への出入りの許可ができるのは、皇后または皇帝だけだ。

 もちろん、忍び込むこともほぼ不可能。

 実際に対峙したアリーナだから、わかるのだ。

 あの犯人には、誰にも知られず皇后宮に侵入できるほどの人物には思えなかったのだ。

 そこから導き出される答えは、犯人は皇后または皇帝の許可を得て、皇后宮に出入りをしていた、ということだった。


「うん。間違ってないよ。アリーナ嬢。嫌な聞き方をして悪かったね」

「では…」

「ああ。皇后陛下の許可が出ている人物、しかも、陛下自身がご実家から呼び寄せた弓の名手だったんだ」

「やっぱり…、そうだったのですね」


 そして、皇后の狙いは…。


 ーー姫さまではない…。


「私が有事の際にどのくらい動けるか、を試されたのですね」

「ああ。そこにも気づいたか…。うん。さすがだね」

「それが、矢尻が潰されていた理由ですね」

「その通り。もちろん君が反応できなかった場合は、あの場にいた皇后宮の騎士が対処する予定だった。もちろん君だけではなく、今後リオネッタ王女の護衛になるだろう騎士達が、彼女を護るために動くことができるか、も試されていたそうだ」


 ーーやっぱり、そうだったのか。


 皇后の思惑ではないかと考えた時、まさか既に嫁姑の戦いが始まったのか、と一瞬考えてしまったのは事実だ。

 だが、何度も二人が一緒にいるところを見て、皇后の態度をしっかりと見てきたのだ。

 リオネッタを可愛がっているか、疎ましく思っているか、流石にアリーナでもわかっていた。

 皇后が、心からリオネッタが嫁いでくることを待ち望んでいることを…。


「では、毒を矢尻に塗ったのは…」

「犯人が、なかなか口を割らなくてね…。でもまぁ、そういうことに特化した部隊も我が皇国にはあるから…。そちらの部隊の力を借りて、証言させようということになった。ちなみに、口の中に仕込んでいた毒は、君が気絶させたあと、速やかに回収して、成分検査をしているからね」


 オスカーの「そういうことに特化した部隊」という言葉で、アリーナは、祖父の昔話を思い出した。


「黒の部隊…」

「そうか…。君は知っているんだね。昔はそう言われていたけど、今は諜報部って言うんだよ」


 諜報部も少し怖い気がするけれど、という言葉は飲み込んで、アリーナは少し思案した。


「ひとまず、今日の皇后陛下の授業で直接説明があるとは思うけど、君には先に伝えておいてほしいと言付けを預かったんだ…。皇帝陛下から…」

「皇帝陛下から…」


 昨日ディナーは皇后と一緒にという予定になっていたが、リオネッタの部屋で、リオネッタ、ナナリー、アリーナの三人でこじんまりとした会に変わった。

 もちろん、襲撃事件があったからという心遣いと、真相解明のために皇后自身が忙しくなったからだ。

 遅くまで皇后宮内が騒がしかったのは、アリーナも知っていた。

 おそらく、今回アリーナの力量を見るという点においては、皇帝も一枚噛んでいるのだろう。


「昨日夜遅く、皇帝陛下に呼び出されてね。さすがに君に直接伝えることはできないから、ね。私から伝えるということになったんだ。君を試すようなことをするなんて、って思ったんだけど…」

「いえ、むしろ光栄だと思います」


 まだ学生の身分しか持たない自分に、騎士の力量があるかを、皇帝と皇后の二人にテストされたのだ。


 ーー少しは、認められているということだわ。


 ポーカーフェイスを保たなければならないのはわかっているが、口の端が少し持ち上がってしまった。

 あと一年、しっかりと学生の時間を過ごした後は、アメジスト王国で騎士になるための試験を受け、その後は見習いとして過ごすことを決めている。

 リオネッタがエメラルド皇国に嫁ぐタイミングで、今度はエメラルド皇国の騎士になる。

 そして、何があってもリオネッタのそばで、彼女を守りたい。

 その少し無謀な部分がある自分の夢が、皇帝と皇后に伝わっていて、反対をされていないのだ。


 ーー頑張るしか、ないじゃない!


「ははっ。さすがだね。やる気がみなぎってきてるね」

「はい。精進するしかないって、改めて思えました」


 まだ自分には大きすぎる期待かもしれない…。

 だが、アリーナは自分の恵まれた環境に、ただただ、感謝をするのだった。

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