忍び寄る悪意①
「最悪だわ!」
アリーナはそう呟くと、スカートの裾を持ち、相手に回し蹴りを繰り出した。
相手も短剣を構えたが、アリーナの蹴りによってその短剣は飛んでいった。
「くそっ」
相手が次の手を繰り出してくる前に、アリーナの拳が胴にめり込んだ。
「がはっ」
「大人しくして」
そのままアリーナは相手を地面に倒し、動けないように両手と両足を固定する。
皇后宮の騎士たちの足音が聞こえて、安心したが、相手を見ると思い切り歯を噛み締めていた。
「やばい」
アリーナが水魔法で相手の鼻や口の隙間から水を無理やり中におしこむと、白目をむいて気絶した。
このままでは溺死をしてしまうので、風魔法も使って口と鼻の無理やり流し込んだ水を吐き出させ、やっと姿を見せた皇后宮の騎士へ身柄を引き渡した。
完全に気絶をしているのでもう暴れたりはしないだろうが、口の中に自害用の毒を仕込んでいる可能性を伝えて、アリーナは騎士たちを見送った。
ーー危なかった…奥歯に毒を仕込むって本当にあるんだ…
長兄、アドリアンに昔聞いたことがあったのを、咄嗟に思い出せた自分を褒めたい。
兄の場合は間に合わなかったといっていたが、その際こうすれば良かったと言っていたことを実行したのだった。
ーー鼻と口に水を流し込むって何怖いこと言ってるんだろうって思ったけど…
兄は気絶させたら、ひっくり返して水を吐き出させるなどと言っていたが、流石にアリーナにはそれそれはできず、風魔法を鼻から送り込んで出させたが…。
「アリーナ嬢!」
オスカーが息を切らしてやってきた。
「犯人は引き渡しました」
「ああ、そこですれ違ったよ。犯人は気絶してたみたいだけど、なんか髪の毛が濡れていたような…」
「あー、 口の中に仕込んでいた毒を飲もうとしたので、水魔法でちょっと…」
まさか口と鼻から強制的に水を流し込んで窒息(仮)にしたとは言えず、あはは…と笑って誤魔化したアリーナである。
「君に怪我はないかい?」
「はい。私に被害はありません」
ほっとした表情を見せた後、オスカーは深く頭を下げた。
「殿下!いけません!」
いくら皇位継承順位が低くとも、オスカーは皇族である。
隣国とはいえ、公爵家の人間に頭を下げたとあっては、皇族として示しがつかない。
「今は誰もいない。だから礼と詫びをさせて欲しい。矢での攻撃にいち早く気づき、兄とリオネッタ姫を守ってくれてありがとう。そして、犯人確保を君に任せて申し訳ない」
「頭を上げてください、殿下。王女殿下をお守りするのは私にとっては当然のことですし、あの場で一番早くここにくることができたのが私であるのと、皇太子殿下からの命令だったのですから、殿下が頭を下げることではありません」
「しかし、私の任は皇太子である兄と、その婚約者であるリオネッタ姫をお守りすることだ。それをまだ騎士ではない君にやらせてしまった…」
顔を歪めるオスカーの顔を見て、この人は本当に真面目だなぁと、アリーナは感心した。
「殿下、あの場にいた全員が最善を尽くしました。殿下はすぐに皇太子殿下の前に立ち、周りへの警戒と、騎士たちへ立ち位置の変更や皇后宮の騎士への犯人捕縛命令。全て的確でした。先ほども申し上げましたが、あの場にいた者で、ここに、皇后宮の屋上に一番早く辿り着けるのが私だと、皇太子殿下がご判断なさいました。だから、私も姫さまの護衛をあの場にいる騎士に任せ、対応しました。事態の解決のために…」
そう言ってもオスカーはまだ顔を上げなかった。
この場に他の人が来たら、あらぬ誤解を受けてしまいそうで、なんとかしなければ、とは思うのだが、うまく言葉が出てこなかった。
「オスカー殿下が皇后宮の騎士に伝達の指揮を取ったから、犯人を引き上げるための騎士もとても早くここに到着しました。ここに飛ぶ前に、聞こえてましたよ。的確に、わかりやすく、周りの騎士に出していた指示を。だから、私も安心して姫さまのそばを離れられました。結果犯人は無事捕まえることができました。それでよろしいではないですか」
アドリアンやライナルトならもっとうまく伝えることができるのだろうが、これがアリーナの精一杯だった。
「わかった。ありがとう。これは貸ひとつということで…」
顔を上げたオスカーは、少し複雑そうな顔をしていたが、とりあえず頭を上げてくれたことに、アリーナはほっとしたのだった。




