歓迎の宴①
晩餐会はつつがなく進んでいく。
今はリオネッタとジークフリートのファーストダンスの時間である。
ジークフリートのプラチナブロンドがさらりと舞えば、付近の令嬢のため息が聞こえて、アリーナは少し面白かった。
リオネッタは髪を綺麗に結い上げて、アメジスト王国の王女の証、アメジストが嵌められたティアラをしている。
身長差がある二人だが、リオネッタは普段より大きく動き、ジークフリートがそれに合わせているので、不思議と綺麗にまとまっていた。
皇室お抱えの楽団の美しい旋律が、心地よい。
最後のフレーズと共に、リオネッタがくるりと回り、二人が同時に頭を下げると同時に、最後の音が消えた。
「わああぁぁ!!」
一際大きな歓声が上がった。
アリーナもリオネッタの今までの練習風景を思い出して、拍手を送った。
時には兄たちに、時にはアリーナが、リオネッタの相手役をして、今日この日まで練習を積み重ねて来た。その成果を今、こうしてリオネッタの晴れやかな笑顔と共に見ることができて、アリーナは嬉しくて仕方がなかった。
「美しいですわね」
ほうっとナナリーがため息をつくと、アリーナは何度も首を縦に振った。
「ええ、本当に…。ダンスも頑張っていらっしゃいましたから…」
少し難しいステップも泣き言一つ言わず、リオネッタが習得してきたのを近くで見ていたアリーナとナナリーは、心から拍手を送った。
学園に通いながら、第一王女として慈善活動にも勤しみ、妃教育もしっかり受けていたリオネッタは、間違いなく今日、この華やかな会場の一際美しい花だった。
リオネッタとジークフリートの呼吸が整ったところで、二曲目が流れ始めた。
ゆったりとした曲が流れると、二人の周りで他の出席者たちもパートナーと手を取って踊り始めた。
色とりどりの美しいドレスが舞う会場に、アリーナは少し眩しく感じた。
「お久しぶりです。アリーナ様、ナナリー様」
声をかけられ振り向くと、オスカーとその婚約者、ユーフェミア・フォン・エルディナが立っていた。
「ユーフェミア様!お久しぶりです」
アリーナとユーフェミアは、前回の訪問時、アリーナがオスカーと剣の実戦稽古をしている際、飲み物を差し入れてくれたのが縁で、時々手紙を送り合う間柄になっていた。
ナナリーもこうして晩餐会があれば顔を合わせるので、顔見知りになっていたのだ。
「ご到着されたばかりですのに、晩餐会お疲れ様でございます」
「お気遣いのお言葉、ありがとうございます。私たちはここで立っていれば良いのですが、姫さまはダンスも披露されなければならないので、心配なのですが…」
「この曲でダンスは終わりにする予定だから、少し三人でゆっくりしたら良い」
オスカーの言葉にアリーナは少し安堵した。
いくら馬車の中や晩餐会が始まるまでゆっくりできたとはいえ、昨日からの移動でかなり疲れているはずだ。
リオネッタの体のことを思うと、この曲で終われるのはありがたいことだった。
「あ…」
アリーナたちの向かいから、何だか嫌な視線を感じてそちらに視線を移すと、クラウディア・ノクスヴォルトの姿を見つけた。
扇子で目元以外は隠しているが、目は口ほどに物を言うという言葉をそのまま現したような鋭い視線で、会場中央で踊るジークフリートとリオネッタを見ていた。
「うーん…」
今すぐ何か仕掛けてくる様子は見受けられないが、気を付けておいた方がいいと思い、オスカーやユーフェミアと話しながら目の端にクラウディアの姿を捉えるようにした。
「さて、そろそろ曲が終わるね。兄達と交代で今度は私たちが行ってくるよ」
「はい。参りましょう」
ユーフェミアがオスカーの腕に自分の腕を乗せて、曲が終わると共にダンス場へ向かった。
「王女殿下、お疲れ様でございます」
アリーナとナナリーの元へリオネッタが戻って来た。もちろんジークフリートのエスコートでだ。
リオネッタが用意されている椅子へゆっくりと腰を下ろすと、ナナリーがすぐに飲み物を取りに行く。
「私も少し休憩しよう」
ジークフリートがリオネッタの横に腰を下ろすと、ダンスをしない参加者達が、一言挨拶をしようと列を作り始めた。
ーー姫さまにゆっくりしていただきたいのになぁ…
そう思うアリーナだったが、皇太子として、そしてその婚約者として、挨拶を受けないわけにはいかなかった。
ジークフリートとリオネッタに挨拶をする列に、ノクスヴォルト伯爵親子が加わったのを見て、アリーナは警戒を強めた。
まさかジークフリートがいる前で何かしてくるとは思えないが、何もなければそれで良い。
もちろん、ジークフリートのそばには、騎士団の護衛と親衛隊が数人静かにその場を護っているが、正式な婚約者とはいえ、その護衛がリオネッタまで守ってくれる保証はないのだ。
「皇太子殿下、並びにご婚約者の王女殿下にご挨拶申し上げます」
ノクスヴォルト伯爵が深々と頭を下げると、クラウディアも父に倣って、頭を下げてスカートの裾を持ちゆっくり腰を下ろした。
その姿勢はとても美しく、令嬢として申し分ないのだが、アリーナには何か引っかかった。
伏せているその顔の口の端が、不自然に上がってる気がするのだ。
「ノクスヴォルト伯爵、今度リオネッタと共に世話になるね」
「は。我が一門、心を込めてお迎えいたしたく…。皇太子殿下に我が領へお越しいただけること、身に余る光栄でございます」
「北の砦の近くにとても美しい湖があるとか…。皇太子殿下に伺ってからとても楽しみにしておりますの」
「はい。湖には手漕ぎの船を出しまして、遊覧いただけるようになっております」
「楽しみですわ。ねぇ、殿下」
そっとリオネッタがその手をジークフリートの腕に添えると、クラウディアの眉がぴくりと動いた。
「そうだね。伯爵、訪問の際はよろしく頼むよ」
おそらく、ジークフリートもクラウディアの視線に気づいているが、あえてリオネッタの手の上に自分の手を重ねて、その華奢な手を包み込んだ。
そしてにっこりと甘い微笑みでリオネッタを見つめたのだ。
ーーうーん。火に油を注がないでほしいなぁ…。
何か考えがあってのことだとは思うが、リオネッタに悪意が向くのは、できるだけ避けたい。
「では、お待ちしております。御前、失礼いたします」
再度深々と頭を下げて、ノクスヴォルト親子がその場を去った。
「どうだったかな?」
ジークフリートの視線に気づいて、アリーナが深くため息をこぼした。
「あまり煽らないでくださいませ。あのご令嬢、すごい顔してましたよ」
「視線が痛かったわ…」
「ははっ。でも上手く警戒しつつ殺気は消えていたよ。この一年、鍛錬頑張っていたんだね」
ジークフリートの一言に、一瞬びっくりして、すぐにすんっと表情を戻した。
「ありがとうございます」
「今回あれを持って来てもらったけど、本当は使う機会がないことが一番だと思っている」
「私もです」
アリーナは魔法だけでもある程度、リオネッタを守り抜くことができる。
だが、その本領を発揮するには、剣が不可欠なのだ。
それをジークフリートは理解してくれているのだ。
「私ももちろん警戒はしている。だけど、完璧ではない。だから君には頑張ってもらわないといけないんだ。君とリオネッタの想いを叶えるためには、私だけの力では無理だからね」
「心得ております」
「うん。頼もしい限りだ」
ニヤリと意味ありげに笑うジークフリートに、アリーナも表情を崩さないまま、にっこりと微笑んで返しておいた。
「あ、あと、君の兄上に頼んでいたものは?」
「ここに…」
アリーナの袖から、巾着袋がひとつ出てきた。
それをジークフリートに渡すと、嬉しそうにその袋を開く。
「渡せばわかると言っておりました」
「ああ、大丈夫。問題ないよ」
テオドールから預かった巾着袋の中身は大小様々な魔法石だった。
テオドールの発明品の機動に必要なものである。
「これがないとリオネッタとの手紙のやり取りが、何日もかかってしまうからね」
「ふふふ。私も、あの魔道具があれば、すぐに殿下と手紙のやり取りができるので嬉しいです」
「使えなくなった魔法石に私の魔力を送ってみても上手くいかなかったんだよね…。何かコツがあるのかもしれないね」
テオドールがジークフリートに依頼している魔道具の実験というのは、小型転送装置のことだ。
手紙くらいならハンカチほどの大きさの魔法陣が描かれた道具を使えば、瞬時に対となる魔道具を持っている相手に届けることができるのだ。
以前、テオドールとジークフリートが魔道具の展覧会で出会った時に、この魔道具のテストを頼んだのだ。
隣国の皇太子まで巻き込んでしまう行動力を、もっと違うことに使ってほしいと思うアリーナだが、自分と同様、テオドールは変わらないだろう。
「きっと彼にしかできないなにかがあるんだと思うんだけど、それを解明しては面白くないからね。テストに付き合うふりをして、楽しませてもらってるんだ」
「兄が失礼なことしていないか、それだけが不安です」
「はは!大丈夫だよ。彼と話をするときは、ただの魔道具愛好家同士だからね。楽しませてもらってるよ」
楽しそうにその巾着袋を見るジークフリートに、少し兄と同じところを見つけて、アリーナは思わず微妙な笑みを浮かべた。
「というか、アリーナ…。あなた袖のところにボリュームがあると思ったら、それを入れていたのね。さすがにそこから巾着袋が出て来たのには驚いたわ」
「ええ。袖周りにこれだけレースがあれば目立たないと思いまして…。あと、皇太子殿下にお渡しできる機会はそうありませんので…」
いくらアリーナがリオネッタの付き添いでそばにいても、ジークフリートと接する機会はそんなにない。
ましてや非公式に飾り気のない巾着袋を渡すなど、なかなか難しいが、こうした晩餐会の最中であれば、案外しれっと渡せるのだ。
もちろん、先にジークフリートが声をかけたというのが大きくはあるが…。
「相変わらず、アリーナ嬢は面白いな」
普通の令嬢なら手に持って隠す、いや、もう少し綺麗な袋に入れ替えたりするのだが、そこはアリーナである。
兄から受け取ったまま、そっと袖の中に隠すなど、普通の令嬢には思い付かない行為だった。
「お気に召さなかったのでしたら、申し分ございません」
「いや、私は気にしてないよ。それよりも、宿題の方はどうだい?」
「宿題…ですか…」
にこにこと笑うジークフリートに、アリーナははぁ、と小さく嘆息した。
「ひとまず、彼女は要注意。他に気をつけなければいけない方、さらに、姫さまに友好的な方、すべて記憶しております。私の侍女にもひと通り目を通させております」
「うん。わかった。やはり、彼女か…」
クラウディアのことである。
ジークフリートの婚約者候補の筆頭は、侯爵家の、ジークフリートと同じ歳の令嬢だったが、紆余曲折あり、彼女は東のパール王国へ輿入れした。
今は幸せに暮らしているが、その輿入れにノクスヴォルト伯爵が関わっていた。
リオネッタとジークフリートの婚約は、リオネッタの真の能力が明らかになった時に、父であるアメジスト王国国王から直々にエメラルド皇国の皇帝へ申し入れをした。
リオネッタの特殊な力を守るには、エメラルド皇国ほど大きな国でなければ無理だと判断したからだ。
「ひとまず、例のアレは持ち歩いてくれ。必要になれば私の命で使える手筈にはなっている」
「承知いたしました」
例のアレとは、アリーナが父レオンハルトに作ってもらった、剣のことである。
本来ならば騎士でもないアリーナが真剣を持つことはありえないのだが、デビュタントのプレゼントとして特別にあつらえたものである。
本来デビュタントの贈り物は、婚姻後も使えるような、高価な装飾品が主流なのだが、アリーナが父に目を輝かせてねだったのは、一本の真剣であった。
女性騎士がよく所持しているレイピアのような細い剣では無く、騎士たちが好んで使う、ブロードソードだ。
女性が扱うには少し重いのだが、アリーナは身体強化と風魔法で剣自体の重さをコントロールして、軽やかに使うことができる。
学園を卒業し、騎士試験を受けたら、本格的に使う予定で大切に手入れをしながらしまってあったが、今回、エメラルド皇国へ持参することになった。
まだ騎士ではないので常に持ち歩くことはできないが、今回有事の際には、ジークフリートの命で所持することが許された。
「私や親衛隊、皇后宮の騎士たちも気をつけて警戒するが、それでも及ばないことがある。その際は、頼むよ、アリーナ嬢」
「心得ております」
「あと、アレの取り扱いには注意してくれ。事情を知らない者が見れば、私の婚約者の付き添い人が真剣を持っていると、騒ぎになる」
「はい。兄に私の魔力でないと解除できない鍵を作ってもらったので、その点は抜かりありません」
「君の兄上はなんでも作れるんだな」
ジークフリートは一瞬驚いて、すぐに目を細めた。
純粋に魔道具に興味があるのか、それとも皇太子としてなのかわかりかねたが、悪い方にはいかないと思い、アリーナは深く追求しなかった。
「さて、本当はここでゆっくりリオネッタと話していたいけど、仕事をしてくるよ」
「ええ。頑張ってくださいませ」
ジークフリートはゆっくりと立ち上がると、ぐるりとリオネッタに向き合い、そのまま膝をついた。
リオネッタの華奢な手を持ち、その甲に唇を落とした。
「君はゆっくりしているといい」
そう言うと、ジークフリートはゆっくりとダンスホールへ歩み出た。
するとどこからか、ご令嬢たちが次々とその周りを取り囲んだ。
それを見ていたリオネッタは、少し面白くないといった顔をしたが、すぐに背を伸ばし、立ち上がった。
皇帝と皇后の二人がゆっくりと近づいて来たからだ。
アリーナとナナリーもすぐに頭を下げて二人を迎えた。
「堅苦しくしなくていいよ、リオネッタ姫。顔を上げてくれ」
皇帝の言葉にリオネッタが顔を上げる。
「皇国の太陽たる、皇帝陛下にご挨拶申し上げます。再び陛下の御前へ参ることが叶いましたこと、心より光栄に存じます」
「ああ、私も嬉しいよ。後ろの二人も顔を上げてくれ」
「はい」
アリーナとナナリーが顔を上げると、皇帝、皇后の二人は優しく微笑んでいた。
「アリーナ嬢とナナリー嬢だったね。リオネッタ姫の付き添いには慣れたかい?」
「はい。皇太子殿下もですが、皇后陛下が私たちにもお心を砕いてくださり、私たちにもご指導いただき、大変感謝しております」
「陛下、アリーナ嬢とナナリー嬢も、我が皇国のマナーを身につけておりますの。なかなか優秀な二人なのです」
「もったいないお言葉でございます」
「うんうん。頑張っているのは私の耳にも入っているよ。アリーナ嬢、今回もしっかりリオネッタ姫を支えてあげてくれ」
「は!」
思わず令嬢としてではなく、騎士として返事をしてしまい、しまったと思ったが、皇帝も皇后も気に留めていないようだった。
「そういえば、アリーナ嬢とオスカーの稽古の様子は私たちも聞いているわ。オスカーからも、なかなかの腕だと報告を受けているのよ。今回もジークフリートの親衛隊の朝稽古に出るのでしょう?皇后宮から皇太子宮への移動は中庭をお使いなさいね。門兵には伝えてあるから…」
皇后宮から皇太子宮は中庭でつながっているが、大きな門があり、そこを兵士が守っているのだ。
皇后と皇太子の許可がなければ通ることができない。
「ありがとうございます。お心遣い、感謝いたします」
「両陛下のお心遣いに、私からも感謝申し上げます」
「いいのよ、ねぇ、陛下。アリーナが稽古しているのを見て、騎士団の士気が上がるみたいよ。負けられないって…」
「そうだね。活気があるのはいいことだ。それに、リオネッタ姫とアリーナ嬢の夢、私も応援したいと思っているよ」
皇帝の言葉に、アリーナとリオネッタが目を合わせ、ばあっと笑顔を輝かせた。
「ありがとうございます」
二人が同時に礼を言い、頭を下げると、皇帝と皇后が微笑み、二人の肩に手をおいた。
「簡単なことではないが、頑張りなさい」
「私も応援していますよ」
そう言い残し、皇帝と皇后がその場を去ると、リオネッタがゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「さすがに緊張しますね」
ナナリーが胸を押さえて、ゆっくり呼吸している。
緊張で途中呼吸が止まっていたのだろう。額にも少し汗が滲んでいた。
「ふふふ。お優しい方々だけど、それだけではないものね」
「私もまだどきどきしています」
アリーナもナナリー同様胸に手を当てると、いつもより鼓動の音が速かった。
「さて、両陛下の元へご挨拶にと思っていたけど、お二人がこちらに来てくださったから、今日はここで部屋へ戻りましょう。部屋に軽食を用意してくださってるはずよ」
リオネッタが再び立ち上がり、出口へ向かう。
元々この晩餐はリオネッタの来国を伝えるものなので、早々に引き上げる予定になっていたのだ。
「お待ちくださいませ、リオネッタ王女殿下」
晩餐会の会場から出ようとした瞬間、声をかけられた。
振り返るとそこにはクラウディアが立っていた。
ーー失礼すぎる。
アリーナは自然と右手に魔力を集めた。
「お呼び止めしたご無礼をお許しください。しかし、一言お伝えしたいことがございまして…」
アリーナは無表情で振り返ったが、リオネッタとナナリーはにっこりと微笑んでいた。
この辺りはまだまだアリーナが苦手なところでもあるが、ナナリーはしっかりとクラウディアの瞳を見ていた。
「なんでしょう」
リオネッタの代わりにナナリーが声をかけた。
伯爵家の娘であればギリギリリオネッタが直接声をかけても良い身分ではあるが、あえて、ナナリーが返事をしたのだ。
「我がノクスヴォルト領へお越しいただけるとのこと、大変楽しみにしております。皇太子殿下と王女殿下のお二人をお迎えるすため、私も参りますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「皇太子殿下よりとても美しい湖があると聞いております。王女殿下も大変楽しみにしているとおっしゃっております」
「はい。私も楽しみにしております」
丁寧に頭を下げたクラウディアだったが、アリーナは警戒を解くことはできなかった。
先ほどジークフリートへ挨拶した時とは違う、その瞳の奥に何かを感じたからだ。
しかも、退出時にわざわざ声をかけるような内容でもなかったのも、引っかかる…。
「お引き止めして申し訳ございませんでした。またお会いできますこと、楽しみにしております」
リオネッタは優雅に微笑むだけで、ナナリーも何も言わずにリオネッタに続いた。
アリーナも続いたが、背後への警戒は怠らなかった。
三人は会場を後にして、まずはリオネッタの部屋に戻った。
「最後のあれ…、なんだったのかしら…」
「ええ…。少し、無作法でしたね」
咄嗟に対応したナナリーが、大きくため息をついた。
「あの微笑み、嫌な感じでしたね」
「ある程度の悪意や嫉妬はわかるけれど…。それとはまた少し違う気がしたわ…」
リオネッタは王女という立場であるがため、いろいろな感情に直面することがある。
しかし、クラウディアから向けられた感情は、また少し違うものも孕んでいたように感じた。
「ひとまず、皇太子殿下には報告いたします。伯爵家のご令嬢とはいえ、皇后宮に入れることはないと思いますが、一応オスカー殿下にも警備について相談しておきます」
「ええ。よろしくね、アリーナ。ナナリーも突然の対応ありがとう」
「いえ…。それが私の仕事でございますので…」
「流石に、疲れたわね…。とりあえず、明日の午後までは二人もゆっくりしてちょうだい」
「はい。承知いたしました」
アリーナとナナリーがリオネッタに頭を下げて、リオネッタの部屋から出る。
「姫さま、ゆっくり休んでくださいね」
部屋の中を振り返ってアリーナがそう告げると、リオネッタが優しく微笑んだ。
「ありがとう」
少し見つめ合って、アリーナは扉を閉めた。
「ナナリー様も、ゆっくりお休みくださいね。明日から、また頑張りましょう」
「ええ。アリーナ様も…。また明日から、よろしくお願いいたしますわ」
部屋に戻ると、リディアたちが待ち構えており、風呂の用意がしてあった。
湯船に浸かりながら、アリーナは、クラウディアの思惑を想像した。
特に何か失礼な発言があったわけではない。
だけど、ずっと引っかかっているのだ。
あの笑顔が…。
ーー絶対、油断しちゃダメなやつだ…
昔、ライナルトから教えてもらったことがある。
嫌な予感がしたら、それを楽観視してはいけない、と。
ライナルトは、第二王子セドリックとともに、王都である事件に巻き込まれたことがある。
その時、ライナルトはある人物と会った時に、嫌な予感がしたのだが、楽しさのあまり、少し警戒を放念したことがあったのだ。
もちろん、その時、ライナルトは剣の腕を騎士団長に認められるほどの実力があったおかげで、ことなきを得たのだが、その後、ライナルトに言われた言葉が忘れられないのだ。
「油断は自分の心にある敵だと思いなさい。油断が大切な人を傷つけることがあること、覚えておくんだよ」
まだこの言葉の本当の意味はわかっていないが、今までよりも注意が必要だというのは感じるアリーナだった。




