エメラルド皇国への再訪⑤
次にナナリーが皇太子親衛隊の制服を着た騎士にエスコートされ、次にアリーナにもエスコートがついた。
もちろん、飛んで降りる方が早いと思っているが、今そんなことをすれば、リオネッタの評価が下がってしまうので、そこはグッと我慢して、微笑みながらエスコートの手を取った。
最後にアメジスト王国の女性騎士が降車して、皇城へ入った。
「皇后宮まで少しあるけど、大丈夫かい?」
「はい。殿下が用意してくださった馬車はとても快適でしたので…。大丈夫です」
前を歩く二人の仲睦まじい様子に、すれ違う人がため息をこぼして見つめていた。
皇城の奥へ向かうと、皇帝宮へまず入宮し、さらに奥へ進むと右手側に皇太子宮、皇子宮、皇女宮があり、皇帝の直系の子供たちの住処となり、左へ進むと皇帝の妻である皇后宮、皇妃宮へ続く道がある。
アメジスト王国の王城とは違う作りで、アリーナはマナー違反にならない程度に、建物をしっかりと見て、記憶していく。
前回の訪問と変わっているところがあれば、頭の中の情報を最新のものにしていく。
皇帝宮では、皇后宮へ続く道に飾られている絵画がいくつか変わっていた。
皇后宮へ入宮する際も、入宮許可証が必要で、それはジークフリートが事前に準備してあったものを入り口の事務官に渡す。
「アメジスト王国から三名、まずは入宮するが、裏口から侍女達が入るから、そちらも手配を頼む」
「承知いたしました」
リディアやマルグリット、そしてリオネッタとナナリーの侍女達は馬車を皇后宮の裏門につけ、入宮する。
こちらは荷物の検査などもあるため、時間もかかるし手間もかかる。
「大丈夫。そのためにオスカーをつけているからね」
オスカーがいれば多少荷物検査などは簡易的になるだろう。
なんといっても第二皇子だ。
その尊顔を知らぬものはいないだろう。
「部屋に案内する前に、申し訳ないが皇后陛下に会ってもらうね」
「え?しかし、陛下にお会いするには…」
今来ているドレスは移動用のもので、格式で言うと一番低く、皇后に会うには不敬ととられなくもない。
本来なら格式の高いドレスに着替えてから会わなければならない。
「大丈夫。到着したっていう挨拶だけだよ。その間に荷物が部屋に入るだろうから、晩餐に備えてくれ」
優しい口調でにこやかな笑顔だが、有無を言わせぬ圧があるのは、皇太子という地位ゆえだろう。
オスカーならばもう少し柔らかい物言いをするだろう。
「承知いたしました」
リオネッタの瞳に不安が滲んだ。
エメラルド皇国の皇后ツェリシナ・ルナリア・エメラルドはエメラルド皇国の侯爵家の出身で、とても聡明な女性である。
皇后は皇帝に何かあった場合、代わりに執務を滞りなく進めることができなければならない。
数年前、現皇帝が流行病にかかり、しばらく起き上がることができない日が続いたが、代わりに国をまとめたのは皇太子であるジークフリートではなく、皇后であるツェリシナである。
皇帝が回復するまで、滞りなく国を運営できる力を持った、素晴らしい女性である。
美しいプラチナブロンドの巻き髪が、歩くたびに揺れる姿は優美で、思わずアリーナも見惚れたほどだ。
「失礼いたします」
ジークフリートがドアをノックすると、部屋の中からどうぞと声がした。
こういう場合、侍女や侍従が代わりに返事をすることが多いが、声の主はツェリシナだった。
相手が息子なので、その辺りは厳格にしていないのかもしれないと思い、二人の親子仲が垣間見れた気がした。
「皇国の月たる皇后陛下に、ご挨拶申し上げます」
リオネッタの後ろでアリーナとナナリーもスカートの裾を持ち、頭を下げて少し腰を落とす。
ツェリシナから声が掛かるまで、この体制でいなくてはならないため、なかなか辛い。
「顔をお上げなさい。楽にしてくれていいわ。突然ごめんなさいね」
皇后の言葉で三人は顔を上げる。
リオネッタはジークフリートに手を引かれ、ソファに腰掛け、アリーナとナナリーはその後ろで姿勢を伸ばして立つ。
アメジスト王国の高位貴族であるアリーナであっても、今はリオネッタの付き添いのため、皇后と同じ席につくことは許されていない。
「一年ぶりね、リオネッタ。少し背が伸びたのかしら。顔つきも大人びて…。綺麗になったわ」
「ありがとうございます。こうしてまた皇后陛下に拝謁できましたこと、嬉しゅうございます」
リオネッタとツェリシナは嫁姑という立場になるが、特に蟠りがない様子に、アリーナは安心する。
長兄の妻セレネとセシリアもまるで本当の親子のように仲が良いが、世の中には嫁姑で諍いがあるとも聞くので、アリーナは心配していた。
だが、今までの訪問でツェリシナからリオネッタへ理不尽な言動はない。
ツェリシナが先代皇后と仲があまり良くなかったので、自分はそうならないようにしたいと、前回の訪問の時に言っていたのだ。
「今日は到着したばかりで疲れているだろうけど、晩餐会があるから、よろしくね。皇国の貴族全員ではないけど、ある程度参加予定となってるから…。気を使うだろうけど、我慢してちょうだいね」
「お気遣いいただきまして、ありがとうございます」
「明日の妃教育は少しゆっくりしてからにしましょう。朝はゆっくり休んで、午後からしっかりやりましょう」
「はい。承知いたしました」
少し堅苦しい返答に、ツェリシナが微笑む。
「ふふふ。緊張している?」
「はい…。少し」
「大丈夫。皇国語、しっかり練習しているのね。発音も綺麗よ」
エメラルド皇国とアメジスト王国では公用語が違う。
似ているのだが、少し違いがあるので、そこを覚えるのも妃教育のひとつである。
さらに近隣諸国の言葉も覚える必要があるため、リオネッタはジークフリートの婚約者に決まってから、自国語以外に五カ国を学んでいる。
ちなみにアリーナとナナリーも同様に学んでいるので、皇国語を聞き取ることができている。
「この子ったら、デビュタントが終わったから、今回から自分の皇太子宮であなたを滞在させるつもりだったらしいのよ」
「あと数年で正式に私の宮に住まうのですから、今から慣れておいて欲しかったんですよ」
「婚約のことは公示しているけれど、婚姻どころか正式な婚約式もまだなのに、できるわけないでしょうって言っても、しばらくぶつぶつ言ってたのよ。まったく…。陛下も呆れていらっしゃったわ」
なかなか返答に困る内容で、リオネッタは笑顔でやり過ごしている。
「さらにオスカーまで使って、親衛隊を迎えに行かせるし、さらにできたばかりの馬車を向かわせるし…。リオネッタ、この子の行動が重いと思ったらいつでも相談に乗りますからね。遠慮なくね」
「ふふふ。心強いですわ」
「リオネッタが嫌がることはしませんよ」
三人の会話を微笑ましく見ていたが、皇后の後ろに控えていた侍従が、そっと耳打ちをすると、ツェリシナが立ち上がった。
「さて、私はそろそろ晩餐の準備を確認してきます。リオネッタ、部屋で少しゆっくりしてちょうだい。そろそろ部屋の準備も終わる頃でしょう。後ろのアリーナとナナリーも、晩餐までゆっくりしてちょうだい。ジークフリートは、リオネッタを部屋まで送ったら、すぐ実務に戻りなさい」
最後に息子にピシャリと言い渡して、ツェリシナが部屋から出ていった。
「私にはものすごく厳しいんだ…」
それは皇太子なのだから仕方ないのでは?と思ってしまったが、アリーナはもちろん声には出さなかった。
二人が楽しそうに話しているのをただ見守っていた。
本来なら着替えて皇后へ謁見する予定だったが、こちらの疲労を汲んで簡易的な謁見にしてくれたツェリシナの心遣いに、アリーナは感謝した。
いくら馬車が快適でも、リオネッタの顔に疲労が少し滲んでいた。
着替えるのもかなり労力を使うので、少しでも長くリオネッタに休息を取ってもらいたかったのだ。
ジークフリートがリオネッタを部屋に案内するのを見守って、アリーナは滞在する部屋へと向かった。
リオネッタの部屋の前には、前回も護衛を担当した男女一名ずつ騎士が立っていたので、リオネッタの身の安全は保証されていると思い、安心して任せることにした。
「お嬢様、お疲れ様でございました」
部屋に入ると、リディアとマルグリット、そしてあと二人、皇后付きの若い侍女が手伝いに来てくれていた。
「とりあえず、こちらにおかけください」
リディアがアリーナをソファへ導くと、ふかふかの座面にゆっくりと腰をかけた。
「失礼いたします」
リディアがそう声をかけると、四人がかりでアリーナの見なりを整え始めた。
マルグリットが髪の毛を解いて櫛を通す。朝しっかり整えていたが、馬車での移動で少し絡まっていた。それを櫛で丁寧に解いていくと、次は髪をハーフアップにまとめあげた。
「さあ、お嬢様。どのドレスにいたしましょう?」
リディアがドレスを三着持って来て、アリーナの前に並べた。
皇帝皇后両陛下が揃う晩餐なので、一番格式の高いドレスでなければならない。
どれもセシリアが張り切って新調したドレスなので格式については申し分ないが、少しアリーナの趣味よりはかわいい感じである。
リボンもレースもふんだんに使われている、豪華なドレスだ。
「おそらく、姫さまが薄紫、ナナリー様はピンクだと思うから、青のドレスかなぁ」
アリーナが選んだのは、デコルテ部分と袖口に花柄のレース、胸元に白いリボンが着いた青いドレスだった。
裾に向かうほど薄い青色になるようグラデーションになっている。おそらくアリーナの身長に合わせて染められた一点ものだ。
さらに腰から裾に向かってデコルテ部分と同じレースが装飾され、シンプルながら手の込んだ一着だった。
「でしたら首元も青のリボンにピンクの薔薇が施されているこちらにしましょうか?」
チョーカーをリディアが提案すると、アリーナが頷いた。
このチョーカーもセシリアが選んだもので、布で作られた薔薇には、キラリと光る石がついている。
何の石かは考えたくない…。
「あくまで主役は姫さまだからね。私は目立たず、でも失礼にならない程度にしなきゃね」
「ええ、そうですね。さあ、ドレスを着る前に体をお拭きします」
リディアがそう声をかけると、今度は四人で一斉にアリーナが着ている服を脱がす。
次にお湯で濡らしたタオルを固く絞って、腕、足、体を拭く。
お湯に少しアロマを入れているおかげで、深く呼吸をすると、癒される。
新しい下着に着替え、アリーナ最大の難関、コルセットをつけられる。
「締めますよ」
リディアの掛け声で、さらにぎゅっと締められる。
締められているアリーナも大変だが、コルセットを弛まないように紐を結ぶのも大変な作業だ。
「苦しい…」
「そこまで締めてませんよ…」
「本当に、アリーナ様はお腰が細くていらっしゃるわ」
皇后付きの侍女の一人イリーナが、ほうっとため息をついた。
イリーナは剣を使うアリーナのことをあまり良しとしておらず、心配のあまり、つい強く言ってしまうことがあるが、根はとても心優しい。
剣を持って魔法を使うのが、リオネッタの騎士となるため、そしてそれがアリーナのやりたいことだと理解した上で、苦言を呈している。
「これでこの剣だこがなければ完璧なのですが…」
アリーナの手に手袋を着けながら、もうひとつため息をこぼした。
アリーナはいたたまれない気持ちになるが、これ以外に生き方がないので、苦笑してやり過ごす。
「イリーナ姉さんの気持ちはわかるけど、アリーナ様は淑女としてのマナーも完璧だし、見習う点がたくさんあるわ。それに…、剣を握って魔法を使うからこそ、アリーナ様はこんなに美しいのよ」
「でも…、お怪我をなさらないか心配で…」
イリーナとカリーナのやり取りを見て、リディアとマルグリットがクスリと笑った。
マルグリットがアリーナ付きになった時に、似たような会話をしたことがあるからだ。
「大丈夫よ。流石にこの晩餐で怪我をするような事態は起こらないでしょう?」
皇帝と皇后が揃う場で、アリーナが怪我をするようなことは、あってはならない。
アリーナが怪我をするということは、すなわち、リオネッタに危険があるということだ。
「さあ、お支度できましたよ」
リディアが最後に口紅を塗り終えると、アリーナはソファにゆったりと体重を預けた。
「お時間まで少しお休みください」
「そうするわ」
そう言って、アリーナは瞳を閉じた。
思い浮かぶのは、昨日からずっと見ている書類の内容だ。
リストにいた令嬢たちは、この晩餐に何名か参加するだろう。
ーーなんか、護衛っぽいわ。
もちろん浮かれている暇などないのだが、自分に課せられたものが、夢に一歩近づいているようで、アリーナは少し頬を緩ませたのだった。




