エメラルド皇国への再訪③
今までの訪問で、リオネッタに明らかな敵意を向けていたのを覚えている。
扇で顔を隠しているが、その殺気にも似た激しい感情は、隠しきれていなかった。
ぐるぐると考えを巡らせていると、リディアが声をかけてきた。
「お嬢様、そろそろ湯浴みをしてお休みになりませんと…。明日も移動が続くんですから…」
少し強引に手を引かれる。
「あ、あ。これ、また後で見るからー」
リディアに引きずられながら、マルグリットにそう言うと、マルグリットはゆっくりと頷き、ばらばらと床に落ちた書類を拾い上げた。
「さあ、さあ!」
テキパキとリディアに体を清められ、アリーナがゆっくりと湯船に浸かると、リディアがお湯の中に香油を数滴落とした。
「良い香り」
「奥方様からいただいたんです。疲れが取れるからって…」
「ラベンダーね。私この匂い好きよ」
「存じております」
リディアがアリーナの腕や首、肩を揉みほぐすと、アリーナの表情がほにゃりととろけた。
「あまり棍を詰めすぎませんように…」
「うん。ありがとう」
生まれた時から一緒にいるリディアだから、アリーナが今回のエメラルド皇国への訪問で色々神経を尖らせていることがわかっているのだ。
「でも、今やらなきゃいけないことだと思うから…」
「わかってます。でも、こうして私とマルグリットと三人でいる時は少し肩の力を抜いてくださいね。アリーナ様を守るだけの力は持っていると思ってますから…」
「心強いよ」
「忘れないでくださいね。私たちはアリーナ様を大切に思っていること。もちろんご家族の皆様も…」
「うん。わかってる」
「それなら、安心しました。はい。上がっていいですよ」
湯船から上がると風魔法で髪の毛の水分を飛ばして、心地よい寝巻きに着替える。
えりの大きなフリルと袖口のフリルが気になるが、これもセシリアの趣味なので、目を瞑る。スカート部分は蹴りを繰り出しても邪魔にならないくらいふわりとしているのでよしとする。
「どうぞ」
「ありがとう」
マルグリットが差し出したティーカップを受け取って、水分補給をする。
「なぜ皇太子殿下は、こんなご令嬢方の情報を渡してきたのかしら?」
「警戒しろってことでしょうか?」
「うーん。それもあるんだろうけど、何人かは話した感じ、そこまで姫さまに悪意は持ってなかったのよね」
むしろアメジスト王国との繋がりが強固なものになると、良い方に解釈している令嬢が多かった。
さらに、リオネッタの愛らしい笑顔に、ため息すらこぼす者もいた。
プラチナブロンドのジークフリートと、薄いゴールドのリオネッタが並んで立つと、名画のような美しさに、アリーナも思わずため息が出たほどだ。それほど二人はお似合いだった。
そして、本心からのジークフリートの寵愛。
前回の訪問は、リオネッタはまだデビュタント前であったにも関わらず、盛大な夜会がジークフリートの主催で開かれたくらいだ。
その夜会での仲睦まじい様子に、この人なら姫を大事にしてくれると、アリーナは確信が持てたくらいだ。
もちろん、リオネッタもジークフリートを想っている。
二人はただの政略結婚ではなく、お互いに思いあって縁を結んでいるのが、よくわかるのだ。
「注意しておかないといけないのは、この人。二人とも姿絵だけは確認しておいて。油断してはダメな人よ」
アリーナが、クラウディア・ノクスヴォルトの姿絵を二人に見せる。
美しい銀の髪を巻いて、その瞳はキリッと前を見据える。
絵からでもその強い意志は伝わってくる。
「美しい方ですね…」
「ええ。でも、姫さまへ激しい感情を向けてきた人。注意が必要よ。あとこちらの方々が姫さまに友好的だったご令嬢達、こっちが可もなく不可もなくって感じだったご令嬢達」
アリーナは書類を三つに分けた。
「確認しておきます。さ、お嬢様はもう寝てくださいね」
また書類に手を伸ばそうとしたアリーナの手を止めて、リディアが強引にベッドへ向かわせる。
「もうちょっと見たかったのに…」
「ダメです。明日、エメラルド皇国の宮殿に到着したら、晩餐の用意もしなければいけないのですから…。寝てください」
有無を言わさず、リディアはアリーナに布団を被せる。
もちろん、この強引な行為がアリーナのためだとわかっているが、アリーナは少し口を尖らせた。
「はい。おやすみなさいませ」
「はーい…」
口を尖らせたまま、アリーナは目を閉じた。
頭の中で色々考えていたものの、移動の疲れからか、少ししたら、すぐに深い眠りについた。
ーー明日から、気を引き締めないと…




