エメラルド皇国への再訪②
リディアとマルグリットに見送られて食堂へ向かうと、すでにオスカーが席に座って、皇太子親衛隊の騎士と話をしていた。
「屋上にも二人ほど見張りをつけてくれ。部屋の前には予定通り騎士団二人と親衛隊から一人」
リオネッタの部屋周りの警備についてだった。
こんなところでそんな話をしているのは、おそらく、わざとだ。
ーー聞かれていい情報だけを、あえて…。
本来、警備の配置に関することは機密情報だ。関係ない人間がいる場所でやることではない。
「ああ、アリーナ嬢。少しは休めましたか?」
「はい」
淑女の笑みを浮かべて、案内された席に座る。
本当は先ほどの警備の話についてオスカーに色々聞きたい好奇心はあったが、グッと我慢した。
おそらく先ほどの警備の計画は、破られても問題ないもので、実際はもっと強固な警護をしているのだろう。
宿に第二騎士団所属の女性騎士が数人待っていた。
彼女たちは、おそらくリオネッタの部屋へ配置され、寝ずの番、もしくは三人交代で警護するのだろう。
「気になると思うけど、ひとまず皇都までは我慢して」
車内でのオスカーの言葉に不安しかなかったが、まだ婚約者の立場でここまでの警護を采配しているのを見て、安心した。
ジークフリートだけでなく、オスカーもリオネッタのことを未来の皇太子妃として大切に思ってくれていると感じられたからだ。
聞きたいことは、たくさんある。
ジークフリートから今回剣の所持が許可されたのは、有事の際、アリーナが動かなければならない場面が想定されているからだ。
許可が出た時は単純に嬉しかったが、こうしてリオネッタの危険が現実味を帯びてくると、少し緊張する。
「王女殿下のお越しです」
少し考え事に集中していたアリーナだが、その一言で意識が引き戻され、その場に立ち上がり頭を下げた。
オスカーは扉の前までエスコートのためにリオネッタを迎えに行く。
食堂に現れたリオネッタは、先ほどまでの疲れた様子など微塵も感じられないほど、優雅にオスカーの手を取って、席に案内された。
オスカーも皇族ではあるが、この場では正式な皇太子の婚約者であるリオネッタが格上となる。
リオネッタ、オスカーと続いて、アリーナと家格が高い順にその場に着席した。
「本日は王女殿下、並びに我が国の第二皇子殿下にご来館いただき、従業員一同、心から感激しております。ささやかではございますが、少しでもお疲れが取れますよう、心ばかりの晩餐を用意いたしましたので、お楽しみくださいませ」
宿屋の主人がそう告げると前菜が一斉に給仕された。
「急な人数変更にも対応してもらってすまなかったな。兄にもよくしてもらったと伝えておくよ」
「こ、皇太子殿下に?ぜ、ぜひとも、よろしくお伝えください」
「ああ」
嬉しそうにオスカーに向かって何度も頭を下げる主人を見て、これなら、この宿は今後も安全に使えそうだと、アリーナは安堵した。
ジークフリートもだが、オスカーもなかなかの策略家だ。
本来なら直接言葉をかける相手ではないが、あえて自ら声をかけ、しかも兄である皇太子に伝えるとわざわざ伝えた。
皇太子とその弟に覚えめでたい宿屋の主人が、それよりも格下の要望には安易に応えないだろう。
それがあまりよくない、犯罪の匂いがすることには…。
次代皇帝の弟ともなれば、あちらこちらで策略を巡らさないといけないのも大変だなと思う。
ーーそういえば、ライナルト兄さまも言ってたな…。
次兄のライナルトはアメジスト王国第二王子と同級生で仲もよく、アリーナも何度か拝謁したことがある。
気さくな人柄の第二王子セドリックは、ライナルトと同じように兄の補佐に生きがいを見出している人物だ。
王城で騎士団長の特訓を受けているときに、飲み物を差し入れてくれる、優しい人だが、王太子のそばにいるときは厳しい顔つきになる。
周りへの警戒を怠らない視線の動きを、アリーナは勝手に学んでいたりもした。
時に兄の代わりに言葉を伝えたり、相手を気持ちよくこちら側に引き込む話術は、今のオスカーのように確かなものだった。
そして、ナナリーともう一人、今この場にはいないがリオネッタの付き添いをする予定になっている令嬢がいるのだが、その令嬢も状況分析と話術に長けている。
今はアリーナが付き添いとしてリオネッタのそばにいるのと、留学中のためアメジスト王国にいないため、加わっていないが、四大公爵家のひとつ、ロゼリア家の次女オフィーリアの姿も思い出す。
アリーナよりひとつ下のオフィーリアは、文官になったらきっと男性に負けない、素晴らしい活躍をするだろう。
そんなオフィーリアは、リオネッタの付き添いとしてエメラルド皇国に共に行くことを即決した。
理由は単純。
「だって、未来の皇后陛下のもとで働くなんて、面白そうじゃないですか!」
彼女は楽しいことが好きなのだ。
いつもどうすれば楽しくなるかを考えて実行する、アリーナとはまた違った方向の公爵家の令嬢だ。
いずれアリーナはリオネッタの騎士として、ナナリーとオフィーリアがリオネッタの側付きとしてエメラルド皇国へ行くことになる。
アメジスト王国から出せる、最強の布陣である。
「美味しかったわね」
オスカーと宿屋の主人が盛り上げてくれ、楽しい夕食になったが、リオネッタはその間一言も話せなかったので、部屋に戻ると食事の感想を話し始めた。
リオネッタはあまり濃い味を好まないが、流石に疲れていたのか、濃い味付けのしてあった鶏肉のソテーもしっかり食べていた。
おそらく宿屋の料理人が、長距離を移動してきた一行のために、疲労回復を意識してくれていたのだろう。
最後のデザートは甘めのプリンで、リオネッタの好物だったのも気遣いが感じられた。
「姫さま、最後のプリン、食べながら目がキラキラしてましたものね」
「だって…、ちょっと硬めでカラメルソースもほろ苦くて、美味しかったんですもの」
「確かに。私もあのプリン好きです。姫様と同じく目をキラキラさせて食べてしまいましたわ」
三人で食事について感想を話していると、ドアがノックされた。
「失礼いたします。オスカー殿下が少しお話があるとのことなのですが…」
「え?」
「あ、大丈夫。兄から預かったものを渡したいだけ。伝え方が悪かったね」
さすがにオスカーといえど、こんな時間にリオネッタの部屋に入るような礼儀にかけることはしない。
「申し訳ない。先に渡しておけば良かったんだが…」
アリーナが部屋を出て二通の封筒を預かった。
ひとつはリオネッタ宛、もうひとつはアリーナ宛だった。
「アリーナ嬢宛のものは明日ここを発つ前までに確認しておいてくれ。じゃ、遅い時間にすまなかった」
オスカーは封筒をアリーナに渡すと、さっさと自分の部屋へ戻って行った。
ーー確認しておけって…。
おそらく、今回アリーナに剣の所持の許可がおりた理由が、この封筒の中にある気がして、アリーナは少しその封を切るのが怖かった。
「まあ!ジークフリート様のお手紙だったのね」
馬車の紋と同じ翼を広げた竜の封蝋がされていた。
しかも、緑色だ。エメラルド皇国では緑の封蝋は家族や恋人、親しい人に送る際に用いる色である。
そのひとつでジークフリートのリオネッタへの想いが表れている。
ちなみにアリーナのものは、事務用の紺色の封蝋である。
「では姫様、私たちはこれで失礼いたしますわ。ゆっくりご覧になってくださいませ」
「私も皇太子殿下に渡された宿題をしておきます…」
「ええ、二人とも今日もありがとう。明日からもよろしくね」
嬉しそうに侍女からペーパーナイフを受け取ったリオネッタは、二人に手を振ってすぐに視線を手紙に写した。
扉を閉めてから、ナナリーと目を合わせると、ふふっと笑みが溢れた。
さっきまであんなに楽しくおしゃべりをしていたのに、ジークフリートからの手紙を受け取った途端それしか頭にないようで、そんな恋する乙女の行動に微笑ましく思ってしまったのだ。
「アリーナ様が受け取ったそちらは、何なんでしょう?」
「さあ?」
リオネッタの身を守るために必要な情報ということはわかるが、この分厚い封筒の中身は、さっぱりわからなかった。
「ナナリー様も今日はお疲れでしょうから、しっかり休んでくださいね」
「ええ、アリーナ様も…。また明日」
与えられた部屋に戻ると、アリーナはジークフリートからの手紙の封を切った。
中身は十数枚どころではない厚みがあり、内容はエメラルド皇国のご令嬢方の姿絵と名前、性格のようなものが書かれていた。
「伯爵家、公爵家、侯爵家。エメラルド皇国の有力貴族の、ご令嬢のような…」
一枚ずつ確認してるともうひとつわかったことがある。
アリーナやリオネッタと同年代、もしくは少し上の年齢であること。
ーーこれって…。
「皇太子殿下の婚約者候補だった人か…。ということは、姫さまの敵になり得た人たちだ…」
前回のエメラルド皇国への訪問の際、少し話をした令嬢の資料もある。
そして、クラウディア・ノクスヴォルトの名前を見つけて、手が止まった。
ノクスヴォルト伯爵家。
今回の訪問で皇太子とリオネッタが出かける予定になっている、北の砦の湖はこの伯爵家の領地だ。
「あの人って、あんまり良い印象なかったなぁ…。あの時の鋭い視線、忘れられない」




