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エメラルド皇国への再訪①

 エメラルド皇国との国境には小さな砦がある。

 ヴァンドール子爵領の騎士と王宮騎士が数名守っている。

 アメジスト王国の文官が身分証を確認して、エメラルド皇国の文官に渡す書類を作成。その書類の発行のため、朝早くから列ができていた。


「なかなか賑わっているわね」


 列に並んでいるのは、ほとんどが商人だ。

 エメラルド皇国との交易が盛んなことは喜ばしいことだ。

 皇国経由してさらに東の国の品がアメジスト王国にも流通し、人々の生活が豊かになっている。

 逆にアメジスト王国の特産品がエメラルド皇国を通じて他国へ運ばれていく。

 友好関係があるからこそ成り立つ流通経路だ。


 馬車がゆっくりと国境の近くで止まると、周りにいた人たちがざわめき立つ。

 第一王女の紋が施された馬車から美しい少女が降りると、歓声が上がった。


「王女殿下ー!」


 人々の声に応えるように、リオネッタが手を振ると、歓声がさらに大きくなった。

 第一騎士団の騎士が数名、リオネッタの周囲を固め、国境の事務をしている文官の元へ進んだ。

 王女であっても、国を超える時は自分で書類の作成を依頼しなければならないのだ。

 リオネッタに続き、アリーナとナナリー、そして侍女達、エメラルド皇国へ入国が許可されている騎士三名が次々に申請をしていく。


「オスカー殿下…」


 二国を繋ぐ大きな扉の前に数名の騎士が立っていた。

 その一人は、エメラルド皇国第二皇子のオスカーであった。


「あ、アリーナ嬢」


 アリーナの姿を見つけてオスカーが大きく手を振った。


「姫さま、オスカー殿下です」

「あら、ここからはオスカー殿下が護衛してくださるのかしら?」


 国境を越えた後は、エメラルド皇国の騎士が護衛につくことになっている。

 要人警護を担うのは第二騎士団のはずだが、オスカー率いる皇太子親衛隊に所属する騎士が数名確認できた。


「お待ちしておりました」


 オスカーをはじめとする皇太子親衛隊と第二騎士団の騎士が、揃ってリオネッタに頭を下げた。


「兄、皇太子の命により、リオネッタ様の護衛に参りました」

「まあ、ありがとうございます」


 オスカーがスマートにリオネッタをエスコートして、エメラルド皇国が用意した馬車に乗り換える。

 皇都まではオスカーも同じ馬車に同乗することになった。

 リオネッタが馬車を乗り換えて少し休憩をしている間に騎士や侍女によって、荷物をエメラルド皇国の馬車へ移し替える。

 その間、リオネッタはオスカーと談笑していた。


「兄が、早くリオネッタ様をお連れしろと、我々に命令しまして…。事前に連絡もせず申し訳ございません」


 皇太子ジークフリートはリオネッタの七つ歳上であるが、彼女のことをを大事に思っている。

 ジークフリートの歳を考えれば結婚は早い方がいいのだが、学園を卒業したいというリオネッタの願いを聞き入れ、卒業まで待ってくれている。


「まさか親衛隊が迎えてくださるとは…」


 皇太子親衛隊は、ジークフリート自ら選んだ騎士で構成され、その実力は確かなものなのだ。

 第二騎士団ももちろん要人警護のスペシャリストだが、隣国の姫に対してどこまで守ってくれるか、アリーナは少し不安があった。

 そのことを前回の訪問時にジークフリートに伝えてあったが、まさかすぐに対応してくれるとは思っていなかった。

 いくら皇太子とはいえ、騎士団への信頼に不安があるとは言えない。

 だからこそ、「早く自分の元へ来て欲しい」という私的な理由を前面に押し出し、親衛隊を迎えに行かせたのだろう。


「最初は第二騎士団に渋い顔をされたのですが、兄のリオネッタ様への寵愛ぶりは知れ渡ってますしね。少数ですがなんとか一緒にお迎えにあがりました」


 オスカーが用意した馬車には、飛竜が稲妻を抱くように翼を広げている紋が描かれていた。

 それが何を意味するのか、知らぬ者はいない。

 エメラルド皇国皇太子の紋だ。


 この馬車に乗れるのは皇太子かそれに連なる者、リオネッタしかいない。

 婚姻前に皇太子の紋が入った馬車を用意するほどの寵愛ぶりが、その場にいる者なら、誰もが理解するだろう。


 しかし、アリーナは少し不安があった。

 もちろんジークフリートのリオネッタへの想いは知っているし、ナナリーをはじめとするアメジスト王国の面々は、その高待遇に微笑んでいる。

 言葉には出さないが、アリーナだけは、親衛隊の動きを神妙な面持ちで見ていた。


「やっぱり、あなたはすごいな…。兄の言った通りだ」


 オスカーがアリーナを見てにっこりと笑った。


「あなたの勘は正しい。まだ詳しくは言えませんが、警戒したままでお願いします」


 その言葉にリオネッタとナナリーが不安そうな顔をし、同乗している女性騎士も表情を引き締めた。


「大丈夫ですよ。姫さま、ナナリー様。オスカー殿下がしっかり守ってくださいますから」

「ははは!本当にあなたは面白いなぁ。もちろん、お守りしますよ」


 女性騎士も腰の剣に手を添えて、静かに頷いた。

「私も微力ながら、王女殿下をお守りします」

「ええ、よろしくね」


 三人の顔を見て少し安心したリオネッタは、まだ不安そうにしているナナリーの手を優しく包んだ。


「ひとまず少し走らせたところで、土竜に乗り換えて一気に皇都を目指します。今日は皇都の外れの街で一泊して、明日昼ごろ皇城へ入ります。宿は兄の手配したところなのでご安心ください」


 オスカーが地図を広げて今からの予定を確認した。

 一応事前に聞いていた行程と変わりはないことを確認し、アリーナは小さく安堵の息を吐いた。


「ご出立です」


 エメラルド皇国の騎士の声がけで、ゆっくりと馬車が動き始めた。


「明日はさっそく、姫君を歓迎する晩餐会が開かれます。次の日から妃教育が始まります」


 渡された予定表は朝から夜まで予定が詰められていた。

 しかし、毎日必ずジークフリートとのお茶会が組み込まれていて、アリーナは吹き出しそうになった。

 2週間ほどしっかり妃教育をした後は、とても美しい湖がある、エメラルド皇国の北方のノクスヴァルト伯爵領へ、小旅行に出かける予定になっている。


 北方、オニキス王国との国境を守る名門、ノクスヴォルト伯爵家。

 その当主アラン・ノクスヴォルトは、皇国でも指折りの実力者として知られていた。

 アリーナもエメラルド皇国で開かれた舞踏会でその姿を見かけたことがあるが、当主本人も鍛え抜かれた精鋭の一人という印象を受けた。


「ノクスヴォルト領の湖は、手漕ぎの船で湖の中央まで進んで岸を見渡すと、花々がとても綺麗なんだ」


 前回の訪問時、ジークフリートがそう言っていたのを思い出して、リオネッタが嬉しそうに微笑んだ。


「ノクスヴォルト伯爵は少し気難しいところはありますが、自領の繁栄のためにとても力を注いでいるんですよ」


 小旅行先の湖は、一年中いろいろな花が咲き、冬は湖を水魔法と火魔法を用いて凍らないように調整されており、雪景色を楽しむことができるという。


「楽しみだわ」

「その前に、お妃教育頑張らないとですね」

「そうね、それも頑張るわ。この一年で学んだことを皇后陛下に見ていただかなくては」


 リオネッタの妃教育のために、皇后が選んだエメラルド皇国の教師もいる。

 今回は彼女も、一年ぶりに祖国へ帰省するため、一行に加わっている。

 リオネッタを気遣い、旅の間は少し離れた位置にいるのだ。

 アリーナから見て、所作の美しさ、言葉遣い、どれをとっても一流の淑女である。

 リオネッタのエメラルド皇国式のマナーの授業にも何度か共に参加したことがあるが、指導は的確で、アドバイスもわかりやすかった。

 もちろん、彼女から雇い主である皇后にリオネッタの進捗については連絡がいっているだろうが、実践するとなれば、場の雰囲気などもあり完璧にはできないこともあるだろう。


「私たちも付き添いとして、頑張りますわ。ね、アリーナ様」

「ええ。私も頑張ります」


 アリーナとナナリーに励まされ、リオネッタは笑顔になった。


 道中は三人がおしゃべりをしているのを、オスカーは楽しそうに聞いていた。

 引き手が土竜に変わってスピードが上がると、ナナリーが、また楽しそうに外を見ていた。


 土竜の頑張りもあり、日が落ちる前に王都はずれの宿場町に到着した。

 各国の使者や王族も利用する宿だけあって、煉瓦造りの外観も素晴らしい。

 中に入ると、従業員が一列に並びリオネッタの到着を待っていた。


「ようこそおいでくださいました、王女殿下」


 支配人らしき恰幅のいい男が声をかけると、リオネッタはナナリーに耳打ちをした。

 エメラルド皇国内であっても、アメジスト王国の王女であるリオネッタが、直接対応するのは礼に反するのだ。


「お出迎えありがとう。お世話になります。とおっしゃっていらっしゃいます」


 ナナリーがそう伝えると、一同はほっと安心したように表情が柔らかくなった。

 王族が泊まれるほどの格式の高い宿ではあるが、こうして実際に王族を迎えるのは緊張するのだろう。

 しかも、一行の中にオスカーもいるため、その緊張度は計り知れない。


「流石に疲れたわね」


 座っているだけではあるが、朝から移動していたため、疲労が強いリオネッタは部屋のソファへ腰掛けると、重いため息を吐いた。

 侍女がすぐに飲み物を用意して、その紅茶の香りで少しリラックスできたようだ。

 リオネッタの気持ちを察する能力が高い侍女たちにアリーナは感心をした。

 アリーナ付きのリディアとマルグリットも優秀な侍女でどこに出しても恥ずかしくないのだが、アリーナにとっては友人のような関係でもあるので

 ここまで完璧に影になることはない。


「オスカー殿下もいらっしゃいましたから、緊張されていたのではないですか?」

 アリーナがたずねると、リオネッタはゆっくり紅茶を飲んでから、ふふふと笑った。

「そうね…。オスカー殿下はジークフリート様に近い存在でいらっしゃるから…。少しでもよく見られようとしていたかも…」


 リオネッタが腕を伸ばして、大きく息を吐いた。


「姫さま」


 アリーナはその華奢な手を取って、ゆっくりマッサージを始める。

 リディアがいつもやってくれているので、それを真似してみたのだ。


「結構、凝ってますね」

「そう?」

「ええ。少しでも楽になるといいのですが…」


 痛くはない力加減で腕をしっかり揉んで、今度は後ろに回って肩に触れた。


「ここはもっと大変です」

「なんかごりって、音したわね」


 二人の微笑ましい姿を見て、ナナリーが空中でアリーナの手つきを真似た。


「私もマッサージできるよう、習得しますわ」

「うちのリディアが上手なので、今度一緒に教えてもらいましょう」


 もちろんリオネッタの侍女たちも、マッサージをしてくれるが、これはこれで見ているのが楽しいので、侍女たちは3人の様子を微笑ましく見ていた。


 それから少しして、晩餐の用意のためリオネッタはもちろんアリーナとナナリーも着替えないといけないため、各々の部屋に戻った。

 先ほどのマッサージの件をリディアに伝えると、快くナナリーに教えてくれることになった。


「まさか王女殿下にマッサージをするとは…」

 そう呆れていたリディアだったが、三人の仲の良い様子に安心していた。


 アリーナは学園ではもちろん慕われているが、公爵家の令嬢ということもあり、遠巻きにされることもしばしばある。

 リディアも同じ学年ではあるものの、クラスが違うため、常に一緒にいるわけではない。

 一人で教室移動しているのをよく見かけていた。

 だから、少し心配していたのだ。


 しかし、このエメラルド皇国への訪問では、歳近いナナリーやリオネッタとも時々友人のように接しているのを見て、主人が一人ではないと改めて思えたのだ。


「では、行ってくるね。あなたたちも別室で食事を振る舞ってくれるそうだから、しっかり食べてね」

「ありがとうございます。お嬢様もしっかり食べてきてくださいね」

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