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風神の孫娘④

 風魔法を纏わせた剣をしっかりと構える。


「やあぁぁぁぁ!」


 アリーナが剣を振るう。

 一打目は避けられたが、そのまま剣を振り上げるとシルバーウルフの足をかすめた。

 その瞬間、ワーウルフが大きな悲鳴のような鳴き声をあげた。


 ただの剣撃ではない。かまいたちのような鋭い風の刃が、何度も剣撃でついた傷口をさらに切り裂いているのだ。


 ーーもう一撃!


 そう思い、アリーナが再度剣を構えた時だった。

 先ほどの一撃で完全に目の前の小さな生き物を、獲物から敵へと認識を変えたシルバーウルフが、大きくその前足を振りかぶった。

 鋭い爪が空を切る。


「ぐっ」


 その刃のような爪をなんとか剣で受け止めたが、重い一撃だ。数秒耐えたものの、そのまま従兄弟二人を巻き込んで後方へ弾き飛ばされた。


「うわあぁぁぁぁ!」


 背後の大木にぶつかり、従兄弟二人がアリーナの後ろで気絶してしまった。

 二人はアリーナが飛ばされる瞬間、アリーナが大木に当たらないよう守ってくれた。

 そのおかげでアリーナは気絶せずに済んだが…。


 ーーこのままでは…。


 逃げることはできなくなった。


「でも、やるしかない」


 再びアリーナは剣を構え、風魔法を剣に纏わせる。


 三人が森に入ってかなりの時間が経っている。そろそろ誰かが迎えに来てくれるかもしれない。

 そう淡い期待をするものの、まだ人の気配を感じない。


「我が魔力よ、この身を強く成せ」

 ーー身体強化!


 胸に手を当て、身体強化魔法で防御力と攻撃力を一時的に増幅する。

 剣のグリップを握る手に自然と力が入った。


「風よ、翼となりて我が身を空へ、飛べ!」

 ーー飛行魔法!


 右足に魔力を集中させて、2つの魔法の力でアリーナが高く飛び上がった。


「やあああぁぁぁぁ!」


 シルバーウルフの頭上から大きく剣を振りかぶって、思い切り振り下ろした。

 勢いを殺しきれず着地に失敗し、アリーナはそのまま地面に叩きつけられた。

 身体強化をかけていたおかげで大怪我にはならなかったが、体中に痛みが走った。

 なんとか顔だけシルバーウルフに向けると、血まみれで地に伏していた。


「やった、の?」


 痛む体をなんとか起き上がらせ、シルバーウルフを見ると、ぴくりとも動かず、どうやら息絶えているようだった。


「よ、よかったー…」


 両手に、生き物を切った感触が生々しく残っている。

 今までに感じたことがない、嫌な感触だった。


「ねえ、起きて!」


 シルバーウルフは群れで行動する。

 ここにいてはまたいつ遭遇するかわからない。

 さらに、倒したシルバーウルフの血の匂いで、別の魔物が来る可能性もある。

 アリーナは従兄弟たちの頬を叩き起こそうとする。


「ねぇってば!危ないんだって!」


 何度か体を揺すると、一人目を覚ました。


「うわあ!」


 シルバーウルフの死体を見て悲鳴を上げるが、アリーナがその口をすぐに塞いだ。


「ダメ!大きな声出しちゃ」


 アリーナの言葉になんとか状況を整理して、頷いたのを見て、もう一人を起こそうとした、その時だった…。


 ざっざっ、と、草を踏む音が聞こえた。その数は、ひとつやふたつではなかった。


「やばいかも…」


 背筋に嫌な汗が流れる。

 音が近づいてくる。


「どうしたらいい?」


 魔力はまだあるが、ライナルトに借りた剣は刃こぼれをおこしていた。


「アリーナ…」


 不安そうにしている従兄弟に、かける言葉はなかった。

 アリーナとて今ここで剣を構えるのが精一杯なのだ。


 低い唸るような鳴き声がこだまする。


 ーーじい様であって欲しかったのに…


 三人はシルバーウルフの群れに囲まれていた。

 獲物を狩ろうとする目は血走っていた。


 再び、手に風魔法を集中させる。


「我が魔力よ、刃となりて切り裂け!」


 魔力が尽きるまで、抵抗するしかない。

 従兄弟も一緒に風魔法で応戦する。

 足止め程度にはなるが、後から後から増えてくるシルバーウルフから逃れられる気はしなかった。


 ーーやばい!


 大きな咆哮をあげ、シルバーウルフが一斉に飛びかかってきた。その鋭い牙がアリーナ達に向けられる。


 ーーダメかも…


 恐怖で体が硬直する。

 それでも最後まで足掻くように、アリーナは風魔法を繰り出した。

 数匹倒したものの、まだまだ襲いかかってくる。


「あっ…」


 魔力を使い切り、アリーナが膝をついた。


 ーー母さま、父さま、兄さま達…。ごめんなさい


 これ以上は抵抗できないと悟り、アリーナの瞳から涙が溢れた時だった。


 一陣の風が、アリーナ達の周りに優しく流れた。


 その瞬間。


 ザシュ。


 鈍い音がして、シルバーウルフが何体もその場に崩れ落ちた。

 大剣が煌めき、あっという間にその数が減っていく。


「っっ!じい様!」


 アリーナの祖父、ヴォルフガングだった。


「動くなよ」


 斬撃が繰り出され、シルバーウルフがたじろぎ始めた。

 大剣がまるで羽のように軽やかに舞う。

 向かってくるシルバーウルフには容赦なく刃を振るうが、その強さに恐怖し後退りを始めた個体には決して刃を向けなかった。


「魔物との共存…。これがじい様の言っていたことなんだ」


 祖父の戦いをこの目で見るのは初めてだった。

 そして、気づく。

 ヴォルフガングの衣服に一滴の血がついていないことに…。


「風魔法だ」


 ヴォルフガングの体の周りに風の膜があることに気づく。

 魔力切れでその場に倒れてしまいそうになりながら、アリーナは祖父の戦いをじっと見ていた。

 ひとつでもその技を自分のものにしようとして…。


「アリーナ様!」


 騎士達が到着した頃には、シルバーウルフは森の奥へ逃げ帰っていた。

 状況を判断して、アリーナはそのまま意識を手放した。

 その体は暖かな大きな手に、しっかりと支えられていた。


 その後、三人は祖父母はもちろん、子爵夫妻、さらに様子を見にきたライナルトにまで、こってりとしぼられた。


「まったく」


 ぼろぼろに刃こぼれをした剣を見て、ライナルトが大きなため息をついた。

 ふと、グリップに目をやると、血が滲んでいた。

 先日のシルバーウルフとの戦いの跡を見て、その場にいてやれなかったことが悔しかった。


「でもね。兄さま!じい様すごいんですよ」


 アリーナは身振り手振りで、祖父の戦いをライナルトに伝えた。

 興奮し過ぎて一部理解できなかったところもあるが、ライナルトは妹の話をしっかりと聞いていた。


「さすが、風神とまで呼ばれた騎士だな」

「ふーじん?」

「風の神様みたいに強いってことだよ」


 妹の頭を撫でてやると、その目がキラキラと輝いた。


「剣は父上に買ってもらいなさい。この剣のことは気にしなくていいからね」

「はい。壊しちゃってごめんなさい」

「いいよ。元々私がかなり使い込んでいたものだし」


 ライナルトがアリーナくらいの歳の頃、王宮騎士団でのちびっこ騎士鍛錬会のような催しに参加する際、父に買ってもらったものだった。

 まさかこうして妹を守ってくれるまで使うとは思っていなかった。


「でも、これは綺麗にしてもらってお部屋に置いておきたいです。兄さまからいただいたから…」

「そうか…。好きにしたらいいよ」


 妹の発言の可愛らしさに、ライナルトはその小さな体を抱きしめた。


「あと2ヶ月したらお茶会があるからね。その時また迎えにくるよ」


 ライナルトは子爵領で数日、アリーナと共にヴォルフガングに稽古をつけてもらって王都に戻って行った。


 この年のお茶会は、アリーナにとってとても楽しい思い出となった。

 王妃の気遣いで、アリーナはリオネッタと同じ席につくことができた。

 エレオノーラは学園に入学したため、お茶会には参加していなかったが、彼女の妹が参加しており、少し話すことができた。

 アルデンティア公爵夫人がセシリアと楽しそうに話をしていたのを見て、アリーナは嬉しい気持ちになった。


 このお茶会での話題は、アリーナが子爵領で修行したこと、そしてリオネッタの護衛騎士になることを、改めて王妃や第二妃に宣言したことだった。

 今まで婚外子であることからアリーナと距離をとっていた貴族の子供達も、アリーナに話しかけてくれて、新しい交流ができたことも嬉しかった。


 もちろん、ご褒美タイムは継続だった。

 今回アリーナは父に剣をねだった。レオンハルトは二つ返事で今度一緒に買いに行こうと言ってくれた。

 もちろん父親的には、ドレスや宝石の一つでもねだって欲しかったが、仕方がない。


「祖父の戦い方や信念のようなものを、教えてもらった思い出です」


 歳をとったと言いながらも、祖父はいまだに鍛錬を怠っていない。

 あの逞しい腕や太ももを維持するのは、容易なことではないとアリーナは知っている。


「アリーナ様の強さは、もちろん日々ご自身で鍛錬されてきた積み重ねもありますが、お祖父様の才も受け継いでいらっしゃるのでしょうね」


 ナナリーが紅茶を一口飲んで、そう言う。


「そうだと嬉しいですね。姫さまをお守りできる強さ…。まだまだ修行中ではありますが…。祖父のような守る戦いができたら良いと思います」


「大丈夫」


 リオネッタがアリーナの手を取る。


「あなたはお祖父様みたいに、いいえ。お祖父様よりももっとすごい騎士になれるわ。私が保証するわ」


 にっこり微笑むリオネッタの表情に、アリーナはまた勇気をもらった。

 そんな気がした。


「さあ、明日も早いわ。二人ともしっかり休んでちょうだいね」


 リオネッタの部屋を出て、母の部屋に向かうと、リディアとマルグリットが寝るための準備を整えてくれていた。


「あなた達も疲れているのに、ありがとうね」

「大丈夫ですよ。さあ、早く寝てくださいね。私たちも早く寝ますから」


 リディアが寝る前に少しマッサージをしてくれたおかげで、ぐっすりと眠ることができた。


 次の日は快晴で、とても気持ちのいい風が吹いていた。


「アリーナ、気をつけて。しっかり王女殿下をお守りするんだぞ」

「はい、じい様」

「またゆっくり遊びにきてね」

「はい、ばあ様。必ず」


「王女殿下のご出立です」


 馬車が国境へ向けてゆっくりと走り出す。

 アリーナは手を振る祖父母が見えなくなるまで、じっと外を見つめていた。


 いよいよエメラルド皇国へ入国する。

 アメジスト王国の騎士は国境までしか共に行くことができない。

 馬車もエメラルド皇国のものに乗り換える必要がある。


 ーー気を引き締めなければ…。


 アリーナは拳を握り、自らの使命を胸に、ゆっくりと息を吐いたのだった。

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