風神の孫娘③
三人はおしゃべりをして長い旅路を過ごす。
なぜか話題が尽きないのだ。
リオネッタは最近ジークフリートとやりとりした中で、エメラルド皇国の流行りの話題を楽しそうに話していた。
途中でセレネが持たせてくれたクッキーを摘んで、三人の話に色を添えた。
そして、夜もだいぶ更けたころ、ようやくヴァンドール子爵の領主館近くの停車場にたどり着いた。
いつもなら夕食を摂っている時間だ。
今度は引き手が土竜から馬に変わる。
土竜車とは違う揺れを感じながら、馬車はヴァンドール子爵邸に着いた。
「ようこそおいでくださいました。第一王女殿下」
母の兄、現ヴァンドール子爵が出迎える。
隣には夫人と二人の子息、アリーナの従兄弟である。
その少し後ろで、祖父母が恭しく頭を下げていた。
「今回も世話になります」
リオネッタは邸の一番上等な客室に。その扉の前には男女一人ずつの騎士が警護に当たる。
邸の周りもいつもより厳重に警備され、子爵領の騎士の姿が随所に見えた。
ナナリーはその隣の部屋、アリーナは元々エリシアが使っていた部屋へ落ち着いた。
「長旅、お疲れ様でした」
部屋ではすでにリディアとマルグリットが片付けを終えていた。
すぐに晩餐のためのドレスに着替える。今回も、シンプルながら美しい花柄のレースがあしらわれたドレスだ。セシリアが張り切って用意した1着だ。
リオネッタを待たせてはいけないため、侍女二人は大急ぎでアリーナの身支度を整える。
おそらくナナリーの部屋でも同様に侍女が腕を振るっているだろう。
「お時間です」
子爵家の執事が、まずアリーナとナナリーを食堂に案内し、その後リオネッタが入室した。
長旅の疲れが取れるよう、温かいスープや体に優しい料理が並び、和やかな晩餐が始まった。
あらかじめ王女宮の料理長からリオネッタの好物を聞き、これまで美味しかったと感想をもらっているが、なかなかに緊張の一瞬だ。
「毎回美味しい食事をありがとう」
リオネッタの言葉で、子爵家の面々はようやく緊張が解けたようだった。
「アリーナ、昔ここで魔法の修行をしたのよね?」
晩餐が終わりリオネッタの部屋で明日からの行程を確認していると、ふとリオネッタが窓の外に目を向けた。
ヴァンドール子爵領は北側が森となっており、そこには魔物も棲みついている。
人間と魔物、お互いの領域を侵さなければ、うまく棲み分けできるものだ。
「ええ。ちょうどこの部屋から見える森で、風魔法を祖父に特訓してもらいました」
アリーナの剣はライナルトが、魔法はテオドールが師である。
アリーナの魔法は水と風の二属性が得意で、テオドールに師事していたが、風魔法の特性だけテオドールでは教えられないくらい強大な素質を持っていた。
テオドールは全属性卒なく使える、いわゆる天才なのだが、強すぎるアリーナの才能を上手く制御できなかった。
「あなたのお祖父様、有名な風魔法の使い手ですものね」
ヴォルフガングはエメラルド皇国の出身で、先々代の皇帝の時代、北のオニキス王国と大きな戦があった。
その際、雷帝と恐れられた皇帝の右腕と言われたのが、風神という異名を持つヴォルフガングだった。
「あれはかなり厳しい修行でした…」
八歳の時、リオネッタの騎士を目指し、剣と魔法の修行に勤しんでいた。
「ダメだ、兄様…」
テオドールが肩を下ろしてライナルトにつぶやいた。
「どうした?」
基本人よりやる気のないテオドールだが、妹の魔法の授業は楽しくやっていた。
だから泣き言をいうのを不思議に思ったのだ。
「水魔法は僕でも教えられるけど、風魔法は無理。アリーナの方が強くて僕では制御できない」
「お前でできなかったら、誰もできないだろう…」
「そんなこと言われても、無理なものは無理。風魔法の制御だけは誰か別の家庭教師つけた方がいい」
テオドールが無理なら他の人と言っても、今テオドール以上の魔法の使い手はいない。
「一人だけ、心当たりがあります」
急遽開かれた家族会議で手を挙げたのはエリシアだった。
「父しかいません。おそらくどの国を探しても、父以上の風魔法の使い手はいないと思います」
「確かに…」
家族全員が納得し、すぐにヴォルフガングに確認をした。
ちょうど子爵位を息子に明け渡したところで暇をしていたらしく、学園入学前に魔法を制御できるようになるべく、アリーナは単身子爵家に預けられた。
単身でといっても、行きはライナルトとテオドールが付き添い、普段の生活も子爵邸のエリシアの部屋で不自由することなく過ごしていた。
子爵位を継いだ伯父は息子しかおらず、娘のように夫妻で歓迎してくれた。
そして、祖母は他の誰よりもアリーナを甘やかした。
領民を守るためとはいえ、娘を伯爵家へ奉公に出したことを後悔しており、娘にできなかったことを孫のアリーナにしてやっていたのだ。
一時は危なかったヴァンドール子爵領だったが、ルーメンバーフェン伯爵の厚意と、土竜車の停車場を活用した交易のおかげで、この頃はかつての活気を取り戻していた。
セシリアの好きな紅茶の栽培も成功し、大嵐の前よりも豊かになっていた。
しかし、魔物との小競り合いのようなものは絶えず、子爵領の騎士たちは忙しい毎日だった。
もうすぐ九歳のアリーナも、祖父の監督の元、騎士たちと共に退治に参加していた。
一応ライナルトが幼い頃使っていた剣を腰に下げていたが、祖父の言いつけでそれを使うことはなかった。
「風魔法以外使ってはいけないよ」
普段甘すぎると周りに注意されるくらいであったが、魔法のことについては厳しく指導していた。
「王女殿下の騎士になりたいんだろう?それなら自分の持てる力を、いつでもどんな時でも発揮できるようにならなければならないよ。できるね?」
ーー王女殿下、リオネッタ様のために。そして自分のために…。
朝は騎士たちと共に走り込みや筋肉のトレーニング、素振りをこなし、昼からはヴォルフガングにつきっきりで魔法の制御を教えてもらった。
令嬢としてはかなりズレている日常だが、アリーナは充実した日々を過ごしていた。
祖父の訓練は厳しかったが、決して無理はさせなかった。魔力の乱れが見えれば、すぐに特訓を切り上げ、温かい紅茶とお菓子でゆっくりさせてくれていた。
「アリーナは公爵家の令嬢なんですよ!」
その一言で、雨の日はテレーゼの趣味の刺繍を習うことになった。
テレーゼは刺繍の達人で、美しい絵画のような刺繍を指すことで有名だ。
子爵領を支えた資金源の一つでもある。
「なんか、違う?」
テレーゼの見本通りに刺してみたのだが、なぜか出来上がりが微妙に違うのだ。
ひと針ひと針は丁寧なのだが、なぜか少し歪んでしまう。
テレーゼの下絵通りに縫っているにも関わらず…。
アメジリウス公爵家の家紋を刺したハンカチにも挑戦したが、なかなか個性的に仕上がった。
もちろんレオンハルトは泣きながら受け取り、感激のあまりそのハンカチを額縁に入れている。
「恥ずかしいからやめてー」
アリーナがそう叫んでもそれは承認されず、レオンハルトの部屋に今でも飾られている。
もちろん、三人の兄たちも同様である。
「ひと刺しひと刺しは綺麗なのに…」
テレーゼの悲しそうなため息には心が痛んだが、真剣に向き合ってこの出来なのだ。諦めてもらうしかない…。
とても充実した日々を過ごしていたアリーナだったが、それが祖父や騎士たちに見守られている状況でのことという思いが薄れた頃だった。
ある程度魔物を追い払うこともできており、数段レベルアップしたのではないかと驕ってしまったのだ。
「これは、やばいかもしれない…」
従兄弟二人といつもよりも森の奥深くへ足を踏み入れた。三人なら魔物が出ても対処できると思って…。
しかし現れたのはシルバーウルフ、銀色の体毛の狼の魔物。その大きさは三人をはるか上から見下ろしてくるほどだ。
後ろには大きな木。
お互い睨み合いが続いていた。
しかし、すでに勝負はついている。
シルバーウルフが圧倒的に強いということが、アリーナにはわかっていたからだ。
ーーでも、何もせずに負けられない!
強くなりたい。
アリーナは恐怖に打ち勝つため、両手で頬を痛いくらい叩いた。
「視線は絶対に逸らさない」
魔物との、敵との向き合い方を教えてくれた祖父の教えを思い出す。
次に腰にある剣を構えた。
ライナルトが使っていたお下がりの剣だ。
子供用の軽量な剣。もちろん、これで勝てるとは思っていない。
ーーあとは、風魔法だ!
アリーナの小さな体に流れる魔法の力。
その流れを感じる。
「アリーナは水魔法もなかなかだけど、風魔法は比べ物にならないくらい強いよ。うまく使いな」
テオドールの言葉を思い出す。
うまく、使う…。
その言葉の意味が、今、わかった気がした。
「あ、アリーナ…」
後ろで尻もちをついていた従兄弟たちが立ち上がる。
ーー守る。そのための戦い。
あたりの風が味方をしてくれるように。
そう念じて、魔力を両手に集中させ、その風の魔力を剣に纏わせる。
「これが、私の戦い方」




