風神の孫娘①
馬車が王女宮の停車場に着く。
御者が扉を開くと、見慣れた王女宮の裏口が目に入った。
「リディア、マルグリット、荷物をお願いね」
そう言い残してアリーナは案内人について行き、宮の待機場所へ向かう。
リディアとマルグリットはアリーナの荷物を王女の馬車へ移さなければならないので、ここで一度アリーナと分かれる。
王女の馬車は途中で馬から土竜へ牽引が変わるため、非常に頑丈な作りになっている。
大きさもアリーナが乗ってきた公爵家の馬車よりも一回り大きい。
アリーナは令嬢としては荷物が少ない部類に入るが、それでも約三週間以上滞在するため、荷物はそれなりの量だ。
「こちらでお待ちください。すぐ王女殿下もいらっしゃいます」
部屋に入ると、アリーナともう一人付き添いとして同行する、ナナリー・フォン・ルーメンバーフェンがすでにソファに座っていた。
「ナナリー様、よろしくお願いいたします」
ナナリーはセシリアの兄の娘で、アリーナとは血のつながりはないが従姉妹のような存在だ。
兄たちと一緒に伯爵領へ行くと、よく一緒に遊んでいた。
「アリーナ様。お久しぶりですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ナナリーは丁寧に頭を下げた。
アリーナはナナリーの元へ駆け寄り隣に座ると、二人はおしゃべりを始めた。
ナナリーも先日の卒業パーティーに卒業生として出席していたため、話題は自然と卒業パーティーのその後についてとなる。
「まあ、エレオノーラ様、あなたの家にいらっしゃるの?」
「ええ。我ながらなかなか良いアイデアだと思います」
「まあ、うふふ」
ナナリーが鈴のように可愛らしく笑う。
「エレオノーラ様にはお幸せになっていただきたいわ。ライナルト様なら、問題はありませんものね」
「ふふふ。さすがナナリー様。そこまで察してくださいますか」
「もちろんよ。でも公爵家同士の繋がりが強くなりすぎるのは、あまり良くないのでは?」
「そこは、大丈夫だと思います。アドリアン兄さまだったら問題あるかもしれませんが、ライナルト兄さまが当主になることはありませんから…」
万が一のことがあれば、ライナルトが公爵家を継ぐが、すでにアドリアンの妻、セレネが懐妊している。
アドリアンの性格からして、妻子を残して…ということにはならないし、アリーナも全力で兄家族を守る所存だ。
アドリアンが公爵家を継ぎ、ライナルトが忙しい兄に代わって領地の経営やその他の補佐をする。
アメジリウス公爵家の次代は完璧だ。
テオドールは、おそらく魔道具以外に興味がないので、その道をいくのだろう…。
レオンハルトもセシリアもそこは好きにさせている。
そしてアリーナも、姫の護衛騎士になるという夢に向かってまっしぐらである。
「リオネッタ第一王女殿下のお越しでございます」
その声に二人はおしゃべりをやめてたちあがる。
スカートの裾を持ち優雅に腰を下ろし視線を下に向けた。
高貴な身分の方を迎える際の、アメジスト王国のマナーだ。
声がかかるまで顔を上げてはいけない。
リオネッタの優雅な足音がして、止まる。ソファに腰掛ける音がしてこそりとリオネッタが侍従に言葉を伝える。
「王女殿下の許可がおりました。顔を上げてください」
リオネッタの侍従の少し高い声で、アリーナとナナリーは顔を上げた。
「ここからはいつも通りでいいわ。二人ともかけてちょうだい」
リオネッタの一言で侍従が一歩後ろに下がる。
それを見届けてから、アリーナたちは再びソファに腰を下ろした。
「朝早くからありがとう。早速だけど今日の行程について最終確認しましょう。そのあと、国王陛下と王妃陛下へ出立の挨拶をして、出発よ」
リオネッタがそう言うと、テーブルの上に地図が広げられた。
今回のエメラルド皇国訪問の行程が赤色で引かれている。
予定通り、王宮を出て王都のはずれの停車場で、馬から土竜に変え、移動スピードを上げる。
アメジリウス公爵領を経由し、夜にはヴァンドール子爵領へ。
ヴァンドール子爵の領主館で一泊し、そこから馬車でエメラルド皇国へ入国する。
ヴァンドール子爵領はエメラルド皇国と隣り合っており、検問所も領主館から馬車でそんなにかからない。
「アリーナとナナリーは私の馬車へ。あなたたちの侍女は私の侍女たちと同じ馬車で向かうわ。護衛は第一騎士団の王女宮を担当している騎士と、第三騎士団が数名って感じなの」
馬車には王女宮担当の女性騎士が一人、馬車の周りに馬で四人。
先行するのが第三騎士団三名。
第三騎士団は、普段魔獣が出た場合の対処などしている関係で、魔法剣術に優れた者が多い。
第一騎士団は王族警護が任務。
アリーナから見ても納得のいく配置だった。
「アリーナ、気になることはあるかしら?」
「いえ…。今考えられる最善かと…。これは騎士団長の采配ですか?」
騎士団長は四大公爵家のひとつヴァルフォルディア家の当主で、名はアルベルト。
副会長ヴォルフの父でもある。
アリーナの母方の祖父ヴォルフガングに憧れを抱いており、その縁もあってアリーナが王城に上がる際は、騎士団の訓練に参加できるよう取り計らってくれている。
兵法の指導も受けているため、アリーナにとっての師の一人だ。
「さすがね。その通り。騎士団長自ら采配してくれたの」
前後に第三騎士団の騎馬を配置し、不測の事態に備える。
さらに馬車の周りに第一騎士団を置き、王女の警護を万全にするのだ。
「限られた人数で姫さまをお守りできる、最善の策かと思います」
エメラルド皇国がたとえ友好国とはいえ、道中何があるかはわからない。
もちろん、アメジスト王国内でも、絶対に安全とはいえない。
馬車にはリオネッタの紋、百合が描かれており、一目で彼女が乗る馬車だとわかるのだ。
王都内を走る時は国民の声に応えて顔を窓から覗かせるので、危険度は上がる。
しかし、危険だからといって顔を見せないわけにはいかない…。
「あまりはしゃがないでくださいね」
「わかってるわよ、もうっ!」
実は前回、リオネッタが見送ってくれる国民の姿が嬉しくてテンションが上がり、馬車内で転けそうになったのだ。
同乗していた騎士とアリーナで支えてことなきを得たが、窓に顔をぶつけそうだったのだ。
「お時間でございます」
侍従の言葉で三人はソファから立ち上がる。
扉が開くと迎えが来ていた。
リオネッタを先頭にアリーナとナナリーが続く。
国王、リオネッタの父に出発の挨拶に行くのだ。
「リオネッタ第一王女殿下のお越しにございます」
重厚な扉が開くと、奥に国王夫妻が座っている。
その傍にはレオンハルトも立っていた。アリーナの姿を見た瞬間少し眦が下がったが、すぐに宰相の顔に戻った。
王太子夫妻をはじめ、第二、第三王子もその場に並んでいた。
ここまで王族が一堂に会するのはそうそうないため、圧巻である。
三人は頭を下げて王の言葉を待った。
「リオネッタ、旅の無事を祈る。皇国で己のなすことをなせ」
「ありがとうございます。己の責務を果たして参ります」
言葉は硬く短いが、王の瞳は心配に溢れていた。
隣の王妃は涙を浮かべていた。
ーー陛下もお優しいお父上なのだ
国王、王妃の退席を待って三人が立ち上がると、王太子をはじめとするリオネッタの兄弟が近寄ってきた。
アドリアンもいるのを見て、アリーナが笑顔になる。
「アリーナ、しっかりな。ナナリー嬢も道中気をつけて」
「はい」
「アリーナ様のことはお任せください」
「ナナリー嬢がいれば安心だよ」
「どういうことですか?お二人とも!」
頬を膨らませるアリーナの頭を、アドリアンが撫でる。
「気をつけて。元気に帰ってくるのを待っているよ」
兄の優しい言葉に膨らんだ頬はしぼみ、笑顔になる。
「はい!」
元気に返事をしたところで周りを見渡すと、目的の人がいないことに気がついた。
「アドリアン兄様、テオ兄様は?」
「ん?来てないぞ?」
「は?」
実は非公式ではあるが、テオドールがアリーナ経由で、リオネッタの婚約者であるジークフリートにある魔道具のテストをお願いしたことがあった。
ジークフリートはその魔道具を大変気に入っているのだが、その魔道具は少し特殊な魔法石がないと作動しない。
そのためその魔法石をアリーナが預かることになっていたのだ。
「ちょっとテオ兄様のところに行ってきます」
「あら、私もついて行くわ」
アリーナがテオドールの職場、魔法技術研究所に向かおうとしたら、リオネッタがついてくると言うのだ。
「王女殿下は出立のご用意があるのでは?」
研究所は、少しーーいや、かなり女性が足を踏み入れるには難がある場所だ。そんなところに王女を向かわせるわけにはいかない…。
「大丈夫。兄を連れて行くから。ねぇ、エリオ兄様」
「え?私?」
「アリーナと兄がいれば大丈夫よ。さ、二人とも早くいきましょ」
リオネッタがエリオの手を掴んで、周りの静止も聞かず研究所に向かって歩き出すのを、その場にいたアリーナ以外は微笑ましく見ていた。
「お待ちください、リオネッタ殿下」
魔法技術研究所は王宮の北側にある、割と大きな施設だ。
魔法技術において優秀な者が、日々魔法を使って便利な道具や新しい魔法を開発している。
のだが…。
研究に没頭するあまり、日常生活に支障をきたす者が、多数いる。
テオドールもその一人である。
2日前にアリーナの慰労会のために邸に戻ったが、次の日登城してから公爵邸に帰っていない。
「うわー」
研究所のテオドールにあてがわれている部屋に入ると、思わず眉を顰めずにはいられない。
走り書きしたメモがそこら中に散らばっていて、足の踏み場もない。
「兄さま!」
机に突っ伏しているテオドールを見つけて声をかけたが、全く反応がない。
仕方ないのでアリーナは遠慮なく部屋に入って、兄の体を揺する。
「兄さま!起きてー!」
何度かリオネッタとエリオが心配になるほど思い切り体を揺らすと、やっと、うーんと言う声が聞こえた。
「お、き、てー!」
今度は耳元で大きな声を出すと、テオドールの体がぴくりと動いた。
「あれー?アリーナ?」
「はい。アリーナです」
目をこすりながらアリーナの姿を見ると、テオドールの意識が覚醒したようだった。
「兄さまが渡すものがあるって言ったのでしょう?」
「ん?あ、そうだったね」
一瞬何のことだっけ?という顔をしたが、アリーナの睨みで思い出した。
「これこれ、皇太子殿下に渡しておいて」
小さな巾着袋の中にいろいろな大きさの魔法石が入っていた。
「お渡ししたらわかってくれるから」
実はジークフリートも魔道具が好きで、こういった不敬とも取られかねないテオドールの願いを聞いてくれるのだ。
きっかけは2年前、エメラルド皇国へテオドールが魔道具の展示会に行ったことがあり、お忍びで来ていたジークフリートと意気投合したのが始まりだ。
「はいはい。では、私行ってきますから…。今日は家に帰ってくださいね」
「善処するね」
「ダメです。だいぶ臭いので…」
「えー、でも…」
どちらが年上なのかわからないやりとりに、リオネッタが笑みをこぼした。
「第三王子殿下」
「え?なにかな」
「今日殿下がお仕事終わった後、まだ兄がいたら強制的に公爵邸に帰らせてもらえませんか?」
突然のアリーナの提案にエリオは驚いて目を見開いた。
「頼みましたよ」
「え、いや。ちょっと待ってくれ…。私が?」
狼狽えるエリオをそのままにして、アリーナはテオドールの部屋を出た。
テオドールは話が終わらないうちにすでに研究者モードに入ってしまったため、アリーナは扉を閉める前に一言だけ声をかけた。
ーー聞こえてないかもしれないけど…。
「行ってきます」
返事はなかったが、テオドールが手をあげたので聞こえていたことに安堵して、部屋を後にした。
「では、殿下。兄のことよろしくお願いしますね」
「ま、まあ…、君がそういうなら…」
いつもは完璧な王子として振る舞っているが、テオドールのことが絡むと少しポンコツになるエリオだった。
「姫さま、お時間をとらせてしまって申し訳ございません」
「いいのよ。なかなか面白いものが見れたから」
先ほどの兄の狼狽える姿を思い出して、リオネッタは笑う。
「でも、良かったの?あなたのお兄様に兄を近づけて…」
「まあ…、少し複雑ですが…。兄の健康には変えられません」
「まあ、うふふ」
敵、ではないが、エリオに塩を送るのは癪だが仕方ない。




