護衛騎士を志した日④
まさか娘の夢が護衛騎士になるとは思っていなかったので、レオンハルトは驚いて椅子から落ちそうになったが、なんとか我慢した。
「ご、護衛騎士に?」
「はい!」
その笑顔と瞳には曇りなどなく、眩しいほどだ。
「兄さまたちにもっともっと剣と魔法を教えてもらいます。いいですか?」
もちろん、ダメとは言えず、レオンハルトは息子たちにアリーナに剣と魔法をさらに使えるように、しっかり教えるよう言ったのだった。
末は王妃か皇后か…。
アリーナが生まれた時に家族で盛り上がったことを思い出し、レオンハルトは苦笑した。
王妃や皇后よりも護衛騎士の方が、なんだかアリーナらしいと思ったのだ。
「がんばりますね、父さま!あ、エレオノーラ様にお手紙書かなきゃ」
そう言って早々に父の膝から降りてセシリアにペンと紙をねだる。
その手紙にはまだ未熟な字で、こう書いてあったのだ。
「私、リオネッタ姫さまの護衛騎士になることにしました。今度は、わたしがお守りしたいです。もちろん、エレオノーラ様のことも…。困ったことがあったら相談してください」
と…。
それから約十年。
変わらず二人は親友で、学年が違っても学園でのランチや、休みの日に一緒に過ごすなど、友情を深めて来た。
「今でも覚えていますわ…。最初にいただいたお手紙のこと」
優雅にティーカップを持ち上げ、一口紅茶を飲む。
その所作の美しさに、アリーナはため息をこぼした。
ーーやっぱり、うちに来て欲しいな。
今すぐは無理でも…、いつか…。
「お互い大きくなりましたけど、アリーナ様のリオネッタ姫殿下に対する想いは変わっていなくて…。安心いたします」
二人が談笑しているとリディアが封書を乗せた小さなトレーをふたつ運んできた。
一通はアリーナ宛、もう一通はエレオノーラ宛だ。
「やった。父からエレオノーラ様が我が家に滞在してもいいという許可が降りました。しかも、アルデンティア公爵にもお話ししてくださったそうです」
「私の方も…。母からお言葉に甘えなさいと返事が来ました」
「では…、あっ!」
何か言いかけて、アリーナはバルコニーから身を乗り出して大きく手を振った。
「お兄様ー!ライナルト兄さまー!」
たまたまアリーナの部屋の下を通っていたライナルトに声をかける。
「アリーナ!危ない!」
「私の部屋に来てくださいー!」
「わかった。すぐ行く。すぐ行くから、やめなさい」
もちろんアリーナがこのくらいでバルコニーから落ちることはないとわかっているが、ライナルトは冷や汗をかいた。
急いでアリーナの部屋に行くと、妹は満面の笑みで迎えてくれた。
「兄さま、しばらくエレオノーラ様には我が家で過ごしていただくことになったの。だから、その準備のために一度アルデンティア公爵邸に戻らないといけないでしょ?兄さま付き添ってあげてください」
「アリーナ様?」
急なアリーナの提案にライナルトよりもエレオノーラが狼狽えた。
「いや、いきなり私が付き添ったら変だろう。アリーナが付き添う方がいいのではないか?」
「無理です!」
「は?」
「私、明日から出かける準備、追加でやらないといけないことがあるのです。皇太子殿下から剣を持っていっていいと許可が出たので、その準備が忙しいので…」
頑なに首を横に振るアリーナに、ライナルトはガックリと肩を落とした。
「エレオノーラ嬢、私が付き添いでよろしいですか?」
「え?あ、あの…、その…」
「兄さま、1番いい馬車で行って来てね!」
エレオノーラの返事を待たずに、アリーナは兄に馬車の準備をお願いする。
「わかったよ…。エレオノーラ嬢、申し訳ない。妹が強引で…」
「えっ、いえ、あの…。大丈夫です」
ライナルトが馬車の用意をするために部屋から出ると、エレオノーラはアリーナを少し睨んだ。
「もう!アリーナ様」
実は、エレオノーラは密かにライナルトに思いを寄せていた。
だが、それは叶わない思いだとあきらめていたのだ。
アリーナは、エレオノーラのその思いに気づいていた。
だからアリーナがエレオノーラを邸に呼ぶときは、必ずライナルトが確実に在宅している日にしていたのだ。
このあとアルデンティア公爵邸に現れたライナルトに、夫人をはじめ使用人たちも大変驚いていたと聞き、アリーナはにやける頬を抑えるので必死だったのだ。
次の日。
ついにリオネッタ共としてエメラルド皇国へ向かう日となった。
馬車に積まれた剣の箱を見て、気持ちが少し高まっていった。
「アリーナ、気をつけて行ってくるんだよ」
この日ばかりは忙しいレオンハルトとアドリアンも、アリーナの旅立ちを見送るため、登城の時間をゆっくりにしていた。
「忘れ物はない?」
「はい!」
セシリアの問いかけに元気よく返事をすると、優しく抱きしめられた。
「無事に帰ってくるのを待っているわ。エリシアと共に…」
セシリアの後ろでエリシアがアリーナを見つめて、ひとつ頷いた。
「しっかりやって来なさい」
声には出さず、そう告げるように…。
セレネとエレオノーラ、そしてライナルトも少し寂しそうにアリーナに手を振る。
「あの…、一月ほどで帰って来ますからね?そんな今生の別れのような顔をしないでください」
「アリーナがいないのは、寂しいもの…」
セレネの言葉にアリーナはめいっぱいの笑顔で応える。
「帰って来たらまたたくさんおしゃべりしましょうね。行って来ます!」
元気に手を振って、アリーナはリオネッタと共にエメラルド皇国へ発つため、アメジスト王国の中枢、王城へ向かったのだった。
今回のエメラルド皇国訪問は、今までとは違う…。
剣の所持を許されたのだから…。
何も起こらないのが一番良いことはわかっているが、アリーナの心は一歩夢に近づいた気がして高鳴っていたのだった。




