護衛騎士を志した日③
「アメジリウス公爵令嬢のアリーナは、父上の承認を得て、正式な公爵家の一人とされています。その父王の決定に何か異論があるということかしら」
一斉に侯爵家以下のテーブルについていたものが立ち上がり、胸に手を当てて深く頭を下げた。
「滅相もございません。国王陛下へ異論などございません」
「そう。ならなぜ、あなたたちは彼女に対して酷いことを言うのかしら。私にはわからないわ。ぜひその理由を教えてくださいませ?」
今できる精一杯の睨みで、その場にいる者に鋭い視線を向ける。
「それは…」
ーー理由なんかないから、言えないよねぇ…
ただ単に面白がっているのだ。
強大な権力を持つ、王国四大公爵家のひとつ、アメジリウス公爵家の醜聞を…。
「お母様、第二妃様。今までこのような戯言をお許しになっていたのですか?」
リオネッタはくるりと向きを変えて、優雅に微笑んでいる母達に視線を向けた。
「許してなど、いないわ」
すっと、王妃の瞳が鋭く光った。
「発言よろしいでしょうか?」
アリーナが手を上げる。
王妃と第二妃は一瞬目を合わせて、発言の許可をした。
「ありがとうございます。第一王女殿下、お気遣いのお言葉、ありがとうございます」
令嬢らしくスカートの裾を持ちゆっくりと姿勢を下げる。
「殿下、仰るとおり、戯言なのです」
アリーナが視線を一度先ほどまで自分を貶めるような発言をしていた人々に向け、ゆっくりとリオネッタに向き直った。
「たわごと、なのですよ。ばかばかしい、いい加減な発言なのです」
ざわりとまわりがどよめいた。
先ほどまでの自分たちの言葉が戯言と言われたのだ。
たった八歳の子供に…。
「ええ、その通りよ」
王妃が大きく頷いた。
「え…?」
意味がわからず、リオネッタが王妃とアリーナをかわるがわる見る。
「ばかばかしい、いい加減な発言なので、放っておいたのですよ。まあ、こんなに何年も同じ話題で盛り上がれることと思っていたのよ」
王妃の言葉に第二妃も頷いた。
「国王陛下がアリーナ・フォン・アメジリウスは正式なアメジリウス公爵家の子と定めているのに…」
ここで王妃がわざと音を出して扇を閉じた。
「それに反意を示すなんて…。どんな処分がお望みなのかしら?」
パシリ。
今度は、扇を開く音がその場に響いた。
アリーナが王妃から貴族達に視線を向ける。
皆、血の気の引いた青い顔をしていた。
「婚外子を家の戸籍に入れてはいけないという法律もございませんしね」
にっこりと笑うセシリアだが、その笑顔に何故か鳥肌がたった。
ーー美しい人が怒るとこんな表情になるのか…。
「そう。今までの婚外子だからといって家の戸籍に入れない方が、無責任じゃございません?皆様?」
王妃の言葉に反応できる者はいなかった。
「あえて、放っておいた、と?」
リオネッタが母を見上げた。
「でも、その間彼女は嫌な思いをしていたのではないですか?子供なのですから、もう少し配慮があっても良かったのでは…」
ーーああ、なんてお優しい…。
実は、アリーナにはあらかじめセシリアから事情を聞いていたのだ。
今まで婚外子は軽んじられていたこと。
父親が責任を果たさず、戸籍にも入れず、母子が蔑ろにされていた。
養育費を支払われるならまだいい方で、侍女などの場合は追い出されることも多々あった。
もしかしたら、アリーナの存在がそういった不幸な身の上の子供を助けられるかも知れないこと。
だから、少しうるさいだろうが我慢してほしいと…。
アリーナはそれを二つ返事で了承していた。
それなのに、目の前の自分より小さな王女が、自分のことで体を震わせている。
「第一王女殿下」
アリーナはそっとその震える手を優しく包み込んだ。
「私のために、ありがとうございます。守ってくださり、本当に嬉しいです」
「アメジリウス公爵令嬢…」
涙が滲む、大きな瞳。
ーー守りたい…。この方の笑顔を…。こんな悲しい顔は、させたくない!
「アリーナと、お呼びください」
「アリーナ…」
悲しげだった表情が、笑顔に変わる。
それを見て、アリーナはほっと胸を撫で下ろした。
「アリーナ、長い間、辛い思いをさせましたね」
「とんでもないことでございます。私の出自がこの国の繁栄に役立つのであれば…」
アリーナはリオネッタの手を握ったまま、王妃に頭を下げた。
「さて…」
王妃と第二妃が立ち上がり先ほどまで楽しそうにおしゃべりをしていた貴族達のもとに歩を進めた。
それは優雅で気高く、美しい光景であった。
二人の後をセシリアも続く。
ーー来年からは静かなお茶会になりそう。
「大丈夫ですよ、姫さま」
不安げに母の背中を見つめるリオネッタに声をかける。
アリーナはリオネッタと手を繋ぎその光景を見守った。
「我が家の大切な娘について、いろいろおっしゃっていらっしゃいましたわね」
先陣を切ったのはセシリアだった。
「よほど我が家に思うところがおありなのですねぇ…」
アメジリウス公爵家は、もともと何代も前の王弟が興した家だ。
王女が降下したこともある、王家の血が入っている家である。
現当主は先日宰相の地位についたばかりだ。
その格式高い家の娘に対しての数々の暴言、戯言とはいえ許せるはずがない。
「し、しかし、彼女が婚外子であることには変わりないではないですか?」
セシリアの気迫に押されながらも、声を上げたものがいた。
その声に応えるように、「そう」「その通りだ」と次々に喚く大人を、アリーナはどこか冷めた目で見ていた。
「だから、なんです」
セシリアの瞳が鋭く光った。
「アメジリウス公爵の娘であることには変わりません。そして…。わたくしの可愛い娘です」
「そもそも、何故婚外子だからとそのように言われなければならないのかしら?」
「それは…」
「むしろ、アメジリウス公爵家が彼女を正式に娘として迎えたこと、その経緯は賞賛できることではありませんが、普通のことではなくて?」
王妃の一言に会場が静まり返った。
糾弾される貴族たちを見ながら、アリーナはどこか他人事だった。
確かに嫌なことを言われ、いい気分ではなかった。
だが実は、このお茶会が終われば、アメジリウス公爵家はアリーナを盛大に甘やかすモードになるからだ。
兄三人はアリーナが気の済むまで剣や魔法の稽古をつけてくれる。
セシリアは抱きしめて離さない。もう小さな子供でもないのに、一緒のベッドで寝かせるほどだ。
父はアリーナの欲しいものを買い与える、ご褒美時間が待っているのだ。
欲しいものが剣の訓練用の靴や剣を握ってもマメができにくいグローブなど、令嬢としてはかなりズレていたとしても、普段おねだりなどできないのでアリーナは思う存分甘えることにしているのだ。
普通の子供より大人びているところがあるアリーナだが、実質ご褒美のために頑張っているのは少し子供らしい。
しかも今回は家族だけではない。
隣に立つリオネッタが、助けてくれたことが、本当に嬉しかった。
「アリーナ、大丈夫?」
王妃が貴族たちを一刀両断にしていくところは大変見応えがあるのだが、子供たちが怯えているのが見えた。
だからアリーナも自分の母の行動に怯えていないか確かめてくれたのだ。
「大丈夫ですよ、姫さま。ありがとうございます」
優しい気遣いに心が温かくなった。
「婚外子について責任を果たすことは、近々国王陛下より通達があります。今後アメジリウス公爵令嬢を貶めるような言葉は、陛下に反意ありとなること、お忘れなく…」
そう伝えて王妃はリオネッタの元に戻った。
二人が固く手を握っていることに気付いて、花のように笑った。
いつもの母の顔に、リオネッタが小さく息を吐いた。
そして、セシリアがアルデンティア公爵夫人の肩に手を当てているのが見えた。
「わたくしのために、ありがとうございます」
アルデンティア公爵夫人が頑なにアリーナの存在を許さなかったのは、セシリアを思ってのこと。
彼女はようやくセシリアを真っ直ぐ見ることができた。
その美しい笑みを…。
「本当に、娘として愛していらっしゃるのね…」
言葉は必要ではなかった。ただ一度セシリアが頷くことで、すべてを理解したのだった。
硬かった表情が解けていく。
ーーお方さま、すごいなぁ…。
優雅な微笑み一つで人の心をほぐす様に、アリーナは憧れに似た思いを抱いた。
母として接してくれて、愛してくれて…。
それだけではなく、こうして淑女としての手本まで見せてくれる。
こんな素敵な大人になりたいと思わせてくれる。
本当に自分は恵まれている、そう思うと心が温かくなった。
「あ、あの!」
美しい金髪の少女が、アリーナとリオネッタに話しかける。
「ずっと、気になっていたのです。でも、勇気が出なくて…。でも、私より年下の第一王女殿下が頑張っていらっしゃるのに、このままではダメだと思って!」
「アルデンティア公爵令嬢、ですよね?」
「はい、アメジリウス公爵令嬢…。今まで声をかけられず、申し訳ありません」
アリーナに深く頭を下げるが、すぐにそれはアリーナが制した。
「大丈夫です。こうして王女殿下とアルデンティア公爵令嬢が声をかけてくださった…。それだけで嬉しいです」
三人は目を合わせて微笑みあった。
「私のことはアリーナとお呼びください」
「では、私のこともエレオノーラと呼んでください。第一王女殿下もぜひ名前で呼んでいただければと存じます」
エレオノーラが美しいカーテシーでリオネッタに挨拶をした。
「エレオノーラ、アリーナ。こうして初めてのお茶会で仲良くなれるの、嬉しいわ。私のことも名で呼ぶことを許します」
この日から三人はただの主従関係ではなくなっていく…。
この時、エレオノーラは第四王子の婚約者であり、将来リオネッタとエレオノーラは義理の姉妹となるはずだった…。
だが…、運命というものは面白いもので、婚約破棄の数年後、エレオノーラはアリーナと義理の姉妹となるのだった。
この日のお茶会はいつもと違い、アリーナは満面の笑みで公爵邸に帰った。
「アリーナご機嫌だね」
いつもは忙しい父レオンハルトも、このお茶会の日だけは調整をして早く帰ってくる。それもアリーナにとっては嬉しいことの一つだ。
「父さま、今日はお友達ができたのです!」
父の膝に乗り今日あったことを話す。
お茶会の会場では無理をさせていたことを気にしていたセシリアだったが、こうして笑顔で話しているのを見ると安心できた。
「そうか…アルデンティア公爵令嬢と友達になったのか」
「はい。お手紙のやり取りをしましょうって、お約束しました。そして…」
「ん?まだ何かあったのかな?」
父の問いにアリーナは目を輝かせてこう言ったのだ。
「第一王女殿下に名前で呼んでいいと言われました。そして私は将来の夢を決めました」
くるりと体をレオンハルトの方に向け、その首に抱きついた。
「私は将来、リオネッタ姫の護衛騎士になります。姫さまをお守りします!ずっと、ずっと。母さまとお方さまみたいに!ずっと!」




