第二話-① パラレルワールド
「うう…。」
俺は寝ているのか?起きているのか?体の感覚があまり無い。
目の前に広がる天井は、少なくとも病院のような無機質ではなく、豪華に彩られたシャンデリアであった。
「おお、目覚められましたか。」
声のする方に首を傾けると、作務衣を着た初老の男性がそこに居た。
「わ、私は…。」
「申し遅れました。私、この屋敷の主のニッタと申します。」
「ニッタ…さん…。わ、私は早川と申します…。助けて頂いてありがとうございます。そしてここは…。」
「ここは私の屋敷です。」
ニッタには聴きたい事が山ほどある。ここは何処なのか。何時なのか。私は何故ここにいるのか。
「あの…ニッタさん…。色々と聞きたいことが…。」
「はい、何でございましょう。」
「まず…、ここはどこでしょうか…。」
二十畳はあろう畳の敷かれた座敷にも関わらず、天井は西洋風の作りで、シャンデリアまである。さらに床の間には生け花と西洋絵画。和洋折衷どころかカオスだ。センスを疑う。
「ここはキリタコクのスナイムラです。」
ん?この人は何を言っているんだ?キリタコク?どこだ?
頭の中がハテナでいっぱいだ。まあとりあえず今なんとなく分かったのは、多分俺は生きていること、多分日本である事。あとそれと…。
そうか、スマホだ。
しかしポケットをまさぐっても、胸ポケットにも、どこにもない。
「あの…ニッタさん…。私のスマホ、知りませんか…?」
「スマホ…?ふむ…、一体それはどういうものですか?」
まさか。現代日本において、スマホを知らない人なんて居るはずがない。
瞬間的に脳裏に死が過る。咄嗟に左手をつまんでみたが、ちゃんと痛かった。多分、死んでない、多分。
となると、考えられる選択肢は少なくなってくる。
「すみません…。地図を、出来る限り全国規模の地図を見せて頂けませんか…?」
「地図、ですね。少々お待ちください。」
そう言うと、西洋風のドアから出て行った。
何もかもがカオスだ。日本のはずなのに、日本じゃないような。
でもそんな中で不思議と冷静な自分に驚いている。自分の記憶上では数分前まで、人生の幸せの絶頂に居たはずだ。普通なら焦ってもおかしくない状況だが、何も手掛かりが得られない以上、焦ってもしょうがない。
「お待たせしました。こちらが全国地図です。」
「あ、ありがとうございます。」
広げて見る。
確かに形は日本だ。表記も日本で間違いない。JAPANとも書いてある。しかし何かがおかしい。
県表記がない。あるのは三つに区切られた日本だ。それぞれ“志村国“、”桐田国“、”岡林国“とざっくり三つに区切られている。志村国は北海道から栃木くらいまでか。俺のいる桐田国は関東から名古屋くらいまで。そこから先は岡林国だ。
ますます訳が分からない。冷静だと思っていた鼓動が早くなる。聞いたことない。どこの国だ、何時代だ。パニックになりそうだった。
「あの…。」
パニックを起こしそうになっている俺を見て、ニッタが静かに話しかける。
「あの、もしかして、もしかしするとですね……。あなたはこの国、いや、この世界の生まれではないかもしれません…。」
聞きたくない一言だった。
世界だって?ふざけるなよ。そんな事があってたまるかよ。サプライズか?ドッキリか?
「ふざけないで頂けませんか…?」
震えそうな声を必死で抑えてはいるが、心臓の鼓動は速くなり、呼吸が乱れる。頭が痛くなってくる。
「その身なりや言動を見ておりますと、恐らくこの世界ではない所から来られたのではと思います。」
「待て待て待て…。いや…無いだろ…。そもそも違う世界って何だよ…。世界は一つだろ…。」
思わず敬語が外れる。感情の高ぶりを抑えられない。このボケ老人は何を言っているんだ?
それとも変な薬でもやってるのか?もしくは俺が幻覚を見て…?
「世界が一つだと思っているのは、そちらの世界の住人だけでございます。」
「どういう事だ?」
「ふむ…。少し長くなりますが、説明させて頂きますね。」
昔、この世界は一つだったんです。それがある時を境に、同じ時間軸で二つの世界となってしまったのです。原因は分かりません。そこから、同じ時間軸、同じ宇宙、同じ地球、同じ日本での異なる世界が始まっていきました。
しかし人々はそれを知る由もありません。こちらの世界で暮らしている人間も居れば、向こうの世界で暮らしている人間も居ることでしょう。そんな二つの世界は交わることなく、今日まで続いております。
その中で、時々、向こうの世界から人がやってくるのです。我々は、そういった人を「転移者」と呼び、転移者は我々の世界に文明をもたらしてくれる賢人として、手厚くもてなしました。
我々の世界に言語を伝えたのは転移者です。文化を作ったのは転移者です。この世界の文明そのものを作ったのは、全てそちらの世界の住人なのです。
だから文明そのものは、そちらの世界に準じているはずです。時たま現れる転移者が文明を伝えていきますから。
全くもって訳が分からない。世界が二つ?理解できない。
「おい、世界が二つ?人がやってくる?転移者?転移できるなら、戻れねえのか?」
「残念ながら、今まで戻れた人間は特殊な能力でも無い限り、おりません。」
ふざけるな。俺は幸せの真っただ中だったんだぞ。なんでこんな事に…。
思っていると、だんだん泣けてくる。と、同時に、目の前のこの初老を殴りつけたい気持ちが、ふつふつと湧いてくる。
「ふざけるなよ。」
「まだ納得されないようですね。無理もありません。文献でも読みました。テレポーターは意図せずこちらの世界に来ることが多い、と。」
「当たり前だ!納得できねえよ!俺には家族がいるんだよ!部下や後輩がいるんだよ!仕事があるんだよ!未来が…未来が…。」
思わず声を荒げたが、感情が高ぶりすぎて涙が溢れてきた。違う世界なんて受け入れられるわけがないし、そもそも理解できていない。
「おい、戻せよ…。今すぐ戻せよ…。俺を元の世界に戻せよ!」
「申し訳ございません。それは私には出来かねます。」
目の前の初老に当たっても仕方がないことは分かっている。でも、この気持ちのやり場を、ただただどうにかしたかったのだ。
「俺には…息子と娘がいるんだよ…。やり残した仕事があるんだよ…。まだ何もできてないんだよ…。」
だんだんと弱弱しくなっていく。あまりにも無残で、無気力になりそうな気分だ。
でも俺は諦めていない。そもそものこの話が嘘の可能性もあるからな。
一通り落ち込み、泣きじゃくり、嗚咽した。気持ちは落ち着いた。
「ああ、そうだ。さっきの地図、この、ここはどの辺だ…?」
「全国地図ですので分かり辛いかもしれませんが、大体この辺りでございます。」
指を差した場所は、東京だ。海の辺り…。港区周辺…。
まさしく俺の勤める会社の近辺だ。こんな場所にこんな家…あるか…?
「すみません、窓、開けても…?」
「ああ、今開けますね。」
これでわかるだろう。この世界が本物かどうか。壮大なドッキリなのか。
ガラガラと開けられた窓。どこにでもあるようなガラスがはめ込まれた窓だ。
その窓を開けると、草原が広がっていた。どこまでも続く草原。鳥の鳴き声。
少なくとも、俺の知っている港区にこんな場所はない。
高級マンションが建ち並び、セレブの奥様が肩で風を切り、スーパーカーが颯爽と走り去る街、港区。
今、俺の目の前に広がっている港区は、藤岡弘、が探検隊を引き連れ、ゆっくり進むような草原だ。
「信じられねえ…。」
「向こうの世界の、この辺りは、どんな様子なんですか?」
「億ションの…。あ、いや、高い建物が沢山建ってて、金持ちが気取って歩く街だよ。」
「まあまあ、随分とこちらとは違うようですね。」
まだ信じられない。というか信じたくない。嘘であってくれと未だに願っている。
しかし一つ一つ告げられ、見せられるものは、どんどん真実味を増してくる。
「そうだ、もし良ければですが、街へ行きませんか?」
「街…?」
「街でしたら、もしかしたらほかの転移者も居るかもしれません。」
他の転移者…か。考えてなかったな。でもそんな簡単に見つかるものなのだろうか?
「ここ日本でも、毎年数人から数十人は、こちらの世界に転移されるのです。おそらく何かに巻き込まれるような形だと思うのですが。」
なるほど。日本でそれなら、世界規模なら数千人、それが毎年か。可能性なら十分にあるな。
「よし、街に行きましょう。」
「かしこまりました。と言いたい所ですが、今日はもう遅いですので、明日にしましょう。」
明日だって?一日も早く元の世界に戻りたいんだ。待てるわけがない。
「ニッタさん、そんなに悠長な事言ってられないんですよ。俺は一刻も早く帰らないと…。」
「お気持ちはわかりますが、この辺りは暗くなると非常に物騒でして。野犬にでも襲われたらひとたまりもありませんよ。」
「野犬…?そんな程度で躊躇わないで頂きたい…。」
「こんなことを申し上げるのは大変恐縮ですが、あなたはまるで何も分かっていません。」
はあ、とニッタは大きくため息をつくと
「ついて来てください。」
そう言い残し、部屋を出て行った。
俺もすぐさま後を追いかけ、部屋を飛び出した。




