第22話:ジズ・ホルルストアの嘲笑
「あらら、ロノウェさんやられちゃったみたいですね。お可哀想に……相手の死神さんは強敵だったのでしょうか?」
途絶えたロノウェの魔力を感じ取り、彼が敗れたことを確認するジズ。しかし、その表情に変化はない。
「でも、死神さんの魔力もとっても小さくなってますし、相討ちぐらいには持ち込んだようですね♪」
「うんうん」と、ジズは一人納得したように頷く。
ーー刹那、彼女へと水の弾丸が撃ち込まれる。
「戦闘中におふざけなんて、随分と余裕ね。」
「失礼ですね〜私は戦いに敗れた同僚の死に悲しんでいたんですよ〜だ。」
蒼く瞳を変化させたアリサから打ち出された透明の水弾は、ジズが発生させた魔法障壁によって防がれ、その障壁の内側でジズはおどけてみる。
「それがおふざけだって言ってるの、よ!」
防がれたことにも動揺せず、さらに無数の水弾をジズへと向けて放つアリサ。それはさながら銃弾の雨のようだ。
「あらあら、怖い怖い♪そんなに攻められると〜 か弱い私はとっても困っちゃいますよ?」
ジズはさらに大きく障壁を展開させ、アリサの猛攻を耐えしのぐ。その顔はまだまだ余裕そのものだ。
「なら、さらに困って頂きますよ。」
「あら?」
前方にしか発生していない障壁の隙をつき、ノーガードの横側から縦一閃に、ライラスの剣が走る。突然の攻撃にジズは少し間抜けな声を上げる。
「とった!」、そうライラスが確信した瞬間、ジズを守るように出現した刃がその一撃を止めた。
「ざ〜んねん♪もう少しでしたけど、そんな簡単に隙なんか見せませんよ〜お馬鹿さん♪」
「剣を召喚する魔法!?一体どれだけの魔法を……」
「いわゆる天才っていうやつですよ♪しかも、出せるのは一本だけじゃありません。」
そう言って邪悪な笑みを浮かべると、ジズはさらにもう一本、鋭利な刃を持った剣を魔法陣から召喚し、それをライラスへと向かって発射する。
「まず……」
脳が危険を判断する前に、ライラスは脊髄反射でその刺突を避ける。だが、迫る剣は一本だけではない。さらに描かれる魔法陣。
「そ〜れ、もう一本♪」
再び射出された剣は矢のように加速をつける。一本目をなりふり構わずに避けたため、ライラスには次の剣を避ける態勢が整っていない。
「く……そ……」
「ライラス!!」
アリサの叫びが響く中で、無慈悲にもジズの召喚した剣は、ライラスの右の肩を射抜く。
「ゔぁぁ……」
言葉にならない声を上げ、右肩から脳へと駆け上ってくる痛みに歯を噛み締める。ボタボタ、と赤黒い血が部屋の床を汚す。
「見事に命中♪さてさてもう一本いっちゃいましょうか?避けないと死んじゃいますよ〜」
痛みに耐えるライラスの姿を見て笑みを溢すジズは、そのまま続けて魔法陣を描こうとする。だが、それを上から降り注ぐ水弾が阻止する。
「おっとっと、危ない、危ない♪それにしても、神獣『人魚』の力とは、とても厄介なものですね。」
軽快な動きで頭上からの攻撃を避け、攻撃を仕掛けてきたアリサの方へと視線を向ける。見るとアリサは、ライラスの方へと駆け寄り、彼の肩の傷を治療している。
「サフィー、ライラスに癒しの力を……治水魔導……」
アリサがその両手をライラスの傷口へと添えると、青く澄んだ水が、彼の肩を包み込み、みるみるうちに傷口を塞いでゆく。
「ありがとうございますアリサさん……勝負を急ぎ過ぎました……不覚です。」
額に脂汗を滲ませながら、ライラスは緩和されてゆく痛みに深く息を吐く。痛みでこんがらがった脳を深呼吸で整理してゆく。
「彼女は身体能力も高いようですが、それよりもあの魔術の才能は一級品です。ニ対一でも、油断すればこちらがやられてしまいます……」
「それでもやるしか無いわ……彼女を放っておけば、どんな被害が出るか分からない。たとえ倒せなくても、足止めくらいはしなくちゃ。」
「そうですね、ジークさんの為にも……」
二人は拳を握り、目の前や敵へとその闘志を伝える。それを感じ取ったジズもまた、邪悪な笑みを覗かせる。
「うんうん、二人とも闘気が溢れてますね♪私もお二人を見ていると体が火照ってきちゃいます。」
二人を小馬鹿にするように体をくねらせるジズは、右手から魔法陣を出現させ、魔力を高めてゆく。大気が揺れ、ジズの魔力が膨らんでいくことを表す。
「そんな私から、お二人へ情熱のプレゼント♪」
さらに重ねられる複数の魔法陣。それを見たアリサが発動を阻止しようと、無数の水弾をジズへと放つ。
「させない!!」
「いえ、もう遅いですよ。既に発動済みです。四重火炎魔導。」
放たれた豪火球。その熱量はアリサの打ち込んだ幾多もの水弾をいとも簡単に蒸発させてゆく。その威力は先ほどの炎魔法よりも上だ。
「ライラス、私の後ろへ!今から全力であれを防御するわ!衝撃に気をつけて!」
向かってくる豪炎に対して、アリサは何層にも別れた水の障壁を作り出す。炎と水の激突。相対的な物質の鍔迫り合いは、とても幻想的に見える。
「うううう……」
体内の神獣の因子の力を解放し、アリサは放出する水量を上増しする。だが、なおもその猛火が止まることは無い。急速に水が蒸発する音とともに、障壁は次第に薄くなってゆく。
「はあああぁぁぁ!!!」
押し負けそうになるのを必死に抑え、因子の力をさらに引き出す。さらに増す水の量。劣勢だったはずの水の障壁が次第に優位を取り戻してゆく。
「へぇ〜あれを凌ぎきりますか……なかなかにおしぶといようで、私も感心致します。」
ジズは打ち消された自身の攻撃を見ながら、嘲笑うようににやにやと、愉快そうにけらけらと、なんとも薄っぺらい笑顔を顔に貼り付ける。
しかし、それは油断であり、攻め込むべき隙であった。
「ーー!?」
ジズの視界に、蒸発よって発生した湯気の中から何かが勢いよく飛び出してくるのが確認できた。
「剣……?私の真似事か何かですか?」
ジズの言葉通り、飛び出してきたのは剣の形をした水だった。それがアリサの仕業であることには間違えない。
「弾と何が違うというのでしょうか?安直な攻撃すぎてちょっと失望します。」
不満そうにそう言うとジズは先程から何度もやっているように魔法障壁を自身の前方へと展開し、退屈めいた顔で防御する。
「つまらない……さっきから同じことの繰り返しばかりですね。」
「それは……どうでしょうか? いくらあなたの魔の才が素晴らしいからといっても、発動できる魔法には限界がある。」
続々と飛んでくる水の剣。それは消えることなく、障壁へと何本も突き刺さってゆく。その剣達の猛攻の背後から、ライラスがジズへと真正面からぶつかる。
「これは……」
「それなら、あなたの発動よりも速く、多くの攻撃を叩き込めば良いだけの話です!!」
幾多もの剣の物量作戦により、障壁に亀裂が生じ、その亀裂にライラスは強引に剣をねじ込む。研ぎ澄まされたその刺突はジズの防壁を貫き、その体を狙う。
「学習しない人ですね。そんな単調な攻撃……何度だって防いで差し上げますよ。」
先ほどと同じように剣を召喚し、ライラスの連撃を防ぐジズ。だが、先ほどと違うことは、ライラスが一度この魔法を見ているということである。
「ふっ!!」
空中を乱舞するジズの召喚剣を全て撃ち落とし、そのまま流れるように力を込めた一太刀をジズへと走らせる。
「いい連撃ですが、太刀筋がまだまだ甘いですね。経験が足りてませんよ。」
そう言い放ち、ジズは軽快なステップで後ろへとライラスの攻撃を避ける。だが、それすらもライラスの計略のうちだ。
「アリサさん、今です!!」
ライラスの合図とともに放たれたのはさらなる水の刃。ライラスの攻撃を躱した直後ジズには加速しながら迫るこれを避ける術がない。
「しまった……!?魔法の発動が……間に合わ……」
その直後、先ほどの意趣返しとばかりにアリサの放った水の剣はジズの右の肩へと吸い込まれるように突き刺さる。
「……あら……?これは私の血?」
自分から肩から滴る血を見て首を傾げ、呆然としているジズに、ライライスは途切れることなく次の一撃を振るう。
「これで終わりです!!」
振られた剣は、確かにジズの脇腹を裂き、その刀身を鮮血で染める。力一杯に振り払われた剣はその血を床へと垂らす。
「あっ……あっ……」
口から溢れ出す血液によって、叫びも上げることが出来ない様子のジズは、そのまま地面へと倒れ伏す。
「やりました……勝ちましたよ……ジークさん。」
主からの使命を果たせたことによる達成感に心を昂らせながら、ライラスは先ほどの連撃で波打つ鼓動をそっと鎮める。
「やったわねライラス……私たちの勝利かしら。」
ジズの死体を越え、ライラスへと近づいてくるアリサ。そんな彼女にライラス微笑みながら、振り返ろうとする。
「ええ、そうですね。これでここは一安心でしょ……」
アリサの方へと振り返ったライラスは、思わず言葉を途切らせる。その目に映っているのは、アリサではなく、アリサの背後の影。
安堵していた心が一瞬で、冷えてゆく。ライラスは驚きで声が一瞬出なくなるが、その驚きをすぐさま振り払いアリサへと警鐘を鳴らす。
「アリサさん!!危ない!!」
「え……」
ライラスがその言葉を叫んだ直後、アリサがその叫びの意味を理解するよりも先に、一本の剣がその体を貫く。
「えいや、隙あり♪」
アリサは血を吹き出し、膝から地面へと崩れ落ちる。傷口から溢れ出す血液が、傷の深さを物語っている。
そしてそれを笑みを見せながら見下すのは、二人が倒したと思っていたはずの女だ。
「な、なんで……?」
「キャハハハッ、そんな簡単にこの私がやられるとでも?お生憎様、私は回復魔法も一級品でして。」
そう笑ってジズは自分の血に染まった服を捲る。だがその下の皮膚には傷跡は残っているものの、もう血は流れていなかった。
「この通り、少しの傷程度なら復活可能です♪そして、そちらの回復役の女性は仕留めました。勝負ありでしょうか?」
「よくも……よくもアリサさんを……!!」
緩みかけていた筋繊維をもう一度張り直し、ライラスは力一杯に地面を蹴ってジズとの距離を縮めようとする。
「特攻とは、また無謀ですね。もう少し知性を見せてください。」
例によって現れた召喚剣。アリサが倒れ、怒りによって我を忘れたライラスにはそれを避けることは叶わない。ライラスの剣がジズに届くよりも先にその太腿に突き刺さる。
「あぐっ!?」
突然の痛みにバランスを崩したライラスは姿勢を保つことができずにそのまま床へと倒れ込む。
「うっ……くそ……くそ……」
力の入らない足を懸命に引きずりながら、ジズの方をキッと睨みつけるライラス。だが、それに返ってきたのは嘲笑だけ。ジズは足取り軽くアリサとライラスをすり抜けてゆく。
「なかなかに楽しい戦いでしたが、お二人のその様子ではもう勝負はついたようですね。少し名残惜しいです。」
そっと開けられた部屋の窓。夜風が吹き抜け、二人から流れ出る血液が固まってゆく。外の闇はもう薄れ始めている。その景色を眺め、ジズはそっとほくそ笑む。
「いいですね。いいですね。最高です♪もうすぐ夜は明けます。そうすればサマエル様が仰っていた最高の悲劇が生まれる。」
くるっと振り返り、ジズは倒れている二人の表情を見回し、「ふむふむ」と何かを思案する。
「今ここであなた達を殺してしまうのは簡単でしょうが、それではつまらないです。だから、あなた達には生きてこの悲劇をその眼に焼き付けていただきましょう。」
再び浮かぶ邪悪な笑み。その邪な笑顔は二人の脳内へと激しい悔しさと怒りとともに刻まれる。
「ま……待ちな…….さい……」
「待ちません♪」
振り払われたアリサの言葉。
「まだだ……僕と……戦え……!!」
「戦いません♪」
一蹴されたライラスの覚悟。
「私にはやるべきことが残っていますので、これにて失礼させて頂きます。もう敵は残っていませんので、安心して回復なさってください。」
月光を浴びるジズは開かれた窓に手をかけ、そっとその半身を外へと乗り出す。二人へと微かな視線を向け、
「ご縁があればまた会いましょう♪従順な臣下さん達。また会う日があれば、ですけどね。」
最高に、最高に、憎たらしくそう吐き捨てたジズ・ホルルストアは、ライラスとアリサ、両名の心に深い因縁を残したまま、溶けかけた闇の虚空へと消えた。




