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ジンとリリンの世界冒険譚  作者: 星太郎
第二章:赤き聖王と黒き死神
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第21話: I Love you

 

「あなたは一体誰なの?」


 暖かい木漏れ日が射す丘の上、一人の女性が一人の男に声をかけていた。


 白い玉のような肌に清楚な純白のワンピースを身につけたその女性は、淡い空色の瞳を男へと向け、男の返答を待つ。


「…………」


 男から返ってくる言葉は無く、沈黙だけが二人の間に流れている。


「もしもーし、聞こえてますかー?おーい。」


 明らかに無視されているが、そんなことは気にもしていない様子で、女性は男へと次々に声をかける。


「…………」

「おーい、あれ?寝てるんですか?いくらここが暖かいからって、こんなところで寝てると、虫に刺されちゃいますよー」

「…………」

「起きて下さい。私とお話しましょうよー」

「…………」

「おーーーい。」

「……無視されてるという自覚が、無いんですか?」


 執拗な女性の問いかけに、男の方が根負けしてしたようだ。少し疎ましそうな顔で女性へと言葉を返す。


「えへへへ、私、誰かとお話しがしたくて。ちょうどあなたがここに居たからつい。」

「別に私は誰かと会話をする気は無いのですが……」


 不満気な表情を見せる男に、女性は照れくさそうに笑いながら頭を掻き、艶やかな髪を揺らす。そして男へと笑顔で言葉をかける。


「少し話せば、色々話したくなるかも知れませんよ?」

「だから、まず私には会話をする気が……」

「じゃあ、始めに名前を聞かせて貰えませんか?あ、私の名前は、アイリス・レフ・ギネア。近くで孤児院をしています。」


 男が口にしかけた反論は、女性の元気な声に遮られてしまう。そして、自分の名前を男へと教えた女性ことアイリスは、軽い会釈をして男の返事を待つ。ため息をつき、観念した様子の男も、渋々口を開く。


「私は、ただの死神です。名は……申し訳有りませんが持ち合わせていません。好きに呼んでください。」

「ええ!?死神さん!?それに名前が無いんですか!?」


 名のない男の衝撃的な告白にアイリスは驚く。


「……」

「あっ、すいません。突然大きな声を……」


 黙ってしまった男を見て、自分でも大きな声を出してしまったと感じたアイリスは、声量を落としてそう言う。


「そんなに驚かれたので初めてですよ。大抵の人間は冗談だと笑って聞き流すんですが、貴方は……素直な方ですね。」


 裏表のないアイリスに、名のない男から笑みが溢れる。


「はい、よく言われます。それが私の良いところだと自負しているくらいですので。」


 ふとした男の笑みに、アイリスもまた笑顔を返す。その笑顔が男にはとても眩しく輝いて見えた。自分に向けられた笑顔を直視できず、目を逸らしてしまう。


「なら、私と一緒に貴方の名前を考えましょう!二人で考えればきっと良い名前が浮かぶはずですよ!」


 逸らした男の顔を覗き込むように見るアイリスは、笑顔のまま、そんな提案を男へと投げかける。


「名前を考えるですか……そんなことは思ったこともありませんでしたね。貴方は本当に面白い人だ。」


 予想外の言葉ばかりが飛び交うアイリスとの会話に、男は不覚にも楽しみを覚え始めていた。


「どうせなら素晴らしい名前にして欲しいですね。」

「任せて下さい。絶対にあなたにぴったりの名前を考え出して見せますから。一緒に考えましょう。」

「期待してますよ。」


 少しの会話で自らの心を掴まれてしまった男は再び、暖かな笑みを溢す。不思議と心は踊っていた。


 これが、後にレギアスと名乗る死神が、最愛の、そして二度と帰る事ない女性と出会った瞬間だった。



 ーーー



「はぁ、はぁ、はぁ、」


 肩で息を切らしながら、レギアスは自らの鎌を再び強く握り直す。目の前にはもう一人しか敵はいなかった。


「流石に、あの人数相手は厳しかったですね……」

「その強さ……賞賛に値する。俺が直々にその首を……叩き落としてやろう……よろず屋よ……」


 ロノウェは握った剣の鋒をレギアスへと向ける。鈍く光るその目はレギアスの命を絶とうと一層光を増す。


「生憎、あっしには帰りを待つ二人の可愛い子供達がいましてね、ここで死ぬわけにはいかないのです。ですから、斬られるのはあなたの方です。」


 ロノウェを狙い、横一閃に振られた鎌。しかしその鎌がロノウェに届くことはなく、虚しく空を切る。


「無駄だ……お前の体力は限界に……近い。」


 ロノウェは自らに迫る刃を剣で防ぐと、がら空きとなったレギアスの懐へと飛び込む。月の光を怪しく反射する剣がレギアスを襲う。


「ぐっ……」


 迫る凶刃にレギアスの脳はたまらず回避を選択する。しかし、その回避は間に合わず、ロノウェの剣がレギアスの腕を掠る。痛みが脳へと届き、血が滲み出る。


「遅い……終わりだ……」


 畳み掛けるように無数の斬撃がレギアスを襲い、その体を血で染め上げんとする。ロノウェの怒涛の攻めは確実にレギアスの守りを削ってゆき、遂にその鎌を弾き飛ばす。


「死ね……」

 

 守りの術の無くなったレギアスに向け、放たれた渾身の一撃。相手の肉を断ち、骨を断ち、命を絶つであろうその一太刀はスピードを加速させ、レギアスの首へと。


「まだ……ですよ。」


 鳴り響く衝突音、飛び散るのは血ではなく火花だ。レギアスの首を確実に落としたと思われた剣撃は、その首の寸前で光の障壁によって止められている。


「守護のブレフィア……普段はただの指輪のようですが、魔力を流すことで、硬質の障壁を展開します。うちの自慢の一品です、よ!」


 説明を終えるや否や、隙ができたロノウェへと、先ほどの攻防で弾かれたはずの鎌を力一杯に振るう。

 死神の鎌が胴体を裂く前に、ロノウェは体を逸らすことでそれを躱す。だが完全には避けられず、斬られた箇所から血が噴き出す。


「何故……鎌が……」

「残念ながら死神の鎌は出し入れ自在なんですよ。」


 両者は敵の間合いから外れ、激しい戦いで乱れた息を整える。その間も、一片の油断もしてはいない。


「あなたに、聞きたいことがあります。」


 刃が再び交わるのを待つ中で、レギアスがロノウェへと言葉を紡ぐ。


「彼は、『天眼』の五凶将は今どこにいるのですか?」


 天眼の五凶将、その言葉を口にしたレギアスの表情が険しいものになる。その五凶将とレギアスの間に因縁があることは明らかだ。


「何故そんなことを聞く……?復讐か……?」

「あなたには関係のないことですよ。」


 レギアスの問いに返されたロノウェの問い。だが、レギアスはその質問をばっさりと切り捨てる。


「あの方の居場所を……俺が明かすとでも……?」

「可能性があるなら聞いてみたかったというだけの話です。あなたに教える気が無いなら、あっしの力で探し出すまでです。」

「いや……貴様は…….ここで死ぬ。」


 そう言い終わると同時に、ロノウェはレギアスへと一直線に向かって行く。どうやら最後の攻防を仕掛ける気のようだ。


「勝負をつける気ですね……受けて立ちますよ。」


 再び鳴り響く金属同士の甲高い衝突音。敵の攻撃を紙一重で避けては、その隙をついて攻撃を繰り出す。ボルテージの高まる攻防の中、暗い夜空に赤い飛沫が舞う。


「……っ!?」


 紛れも無い鮮血。それは間違えなくレギアスから流れでており、ロノウェの剣は血で赤々と塗られている。


 私は……まだ死ぬわけにはいかない……必ず勝ってあの二人の元へ戻らなくてはいけない。


 レギアスは戦いの刹那に愛おしき子達の顔を思い出す。勝たなければならないと歯を食い締め、痛みに耐えながら決死に鎌を振るう。

 しかし、悲鳴をあげる筋肉と今にも限界を迎えそうな体力がレギアスに枷となってのし掛かる。


「ああああぁぁぁ!!」

「もう……貴様の鎌は届きは……しない……」


 力一杯に振るわれたレギアスの鎌を潜り抜け、ロノウェの剣閃がその体を捉える。抜けてゆく力。飛び散る鮮血。それでもレギアスは地に膝をつけない。


 ああ、アイリス……私は……私は……



 ーーー



「死神さんって長生きなんですか?」

「いえ、確かに死神は皆、半神半人ですが、体の作りもその寿命も、普通の人間と大して変わりません。」


 アイリスと死神が出会ってから一年が経った頃、二人はいつもの丘の上でいつものように、たわいの無い会話を楽しんでいた。それは最愛の女性と過ごした幸せだったいつもの日常。


「死神の役目は死せる魂の観測。死者がいなければ、私など、ただの暇を持て余すだけの怠惰の男です。」

「ふふ、死神さんって面白い方ですね。初めて会った時はあんなに私のことを無視してたのに。」


 アイリスは死神へ、少し悪戯な目を向ける。死神はバツの悪そうな顔で、灰色の髪を伸ばしたその頭を掻く。


「死神っていうのは不吉な存在だと忌み嫌われることが多いんですよ。だから、ほとんどの死神達は人と関わらないか、死神だということを隠していきてるんです。」

「じゃあ、なんで死神さんは自分が死神さんだってことを隠さないんですか?」


 首を傾げ、アイリスは澄んだ瞳でそう死神へと問いかける。死神にはその顔がとても愛らしく見えた。


「真の自分を隠して生きるなんて器用な真似は、私には出来そうにありません。」

「ふふ、やっぱり死神さんって面白い人ですね。」

「あなたには負けますよ。面白いお嬢さん。」


 柔らかに微笑むアイリス。そしてそんなアイリスを見て心が温かくなるのを感じてゆく死神。その顔には笑みが溢れていた。


「ねぇ、死神さん。私、今がすごく幸せです。孤児院の子供達の笑顔を見て、あなたとこうやって話すことが、とても幸せだって感じます。」


 青く澄んだ空を見上げ、温かく照りつける日の光に目を細めながら、アイリスはそんな言葉を口にする。


「でも、時々思うんです。この世界には、まだまだ多くの争いが起きていて、わたしがこうやって幸せな暮らしている間にも、涙を流している人々がいるんじゃ無いかって。」


 少し悲しげな顔をしたアイリスは、死神の顔を見て、先ほどと同じように問いを投げかける。


「死神さん、全ての人が幸せになるなんて、絵空事なのでしょうか……私が抱くこの感情はただの偽善なのでしょうか?」

「アイリス……」


 また悲しげな顔を覗かせるアイリス。そんな彼女の頭を死神はそっと優しく、そして丁寧に撫でる。


「あなたは……優しい人ですね。そんなあなたのことが、私は愛おしい。大丈夫……あなたのその心は偽善なんじゃない。」

「死神さん……」


 死神は頬を赤くするアイリスをゆっくりと抱き寄せる。


「確かに、世界中が平和になることは不可能なのかも知れません。けれど、そうなろうと努力することは出来る。だから、自分の優しさを信じてあげて下さい。」

「やっぱり……私は幸せ者です。悲しい時に、こうやって慰めてくれる人がすぐ側にいるんですから。」

「きっと来ますよ。あなたが望む、平和な世界はきっと来ます。私も手を貸しましょう。一人だけじゃない、二人で変えていきましょう。」


 木漏れ日が暖かい木の下で、二人は何も言わずに互いの顔を見る。お互いの心臓の鼓動が聞こえる。今にもはち切れそうなほどに拍動しているのが分かる。


「死神さん……」

「アイリス……」


 近づいてゆく二人の唇。

 ゆっくりと、ゆっくりと、その距離は縮まってゆく。


 これを幸せと呼ばぬのならなんだというのだろうか……これを恋慕だと言わぬならなんだというのだろうか……ああ、私は……この女性を、アイリスを、心の底から愛しているんだ。


 そして二人は、日の光が祝福する中、口付けを交わした。


「…………」


 唇を重ねてまだ十秒ほどだが、二人にはその時間さえ永遠に感じられた。二人はこの時間がいつまでも続けばどれだけ素晴らしいだろうかと思う。


「ぷはぁ……」


 口付けの余韻を味わいながら、アイリスは耳まで赤くなりながら、照れ笑いを死神へと浮かべる。


「えへへへ、キス、しちゃいましたね。これで私達、夫婦ですかね。ちょっと恥ずかしいです。」

「なら、早く私の名前を決めて貰わないとですね。」


 照れ隠しのようにそんな冗談を口にする死神。そんな彼を見てアイリスはもう一度明るい笑顔を見せる。


「はい、任せて下さい!!」


 その笑顔は、未来永劫その死神にとって心の灯火となるのだった。



 ーーー



「まだ……死なない。私は……アイリスの分まで……生きなければ……彼女の望む……平和な世を……」


 体から滴り落ちる血が、レギアスの足元を赤く染めてゆく。視界は掠れ、意識は徐々に薄れてゆく。しかし、その体が地に這い蹲ることはない。


「はぁ、はぁ、はぁ……終わりにしましょう。」


 体中が悲鳴を上げようとも、その血がどれだけ流れようとも、死神のその堅い意志のこもった瞳は、まだ光を失ってはいない。


「ああ……もう終わりだ……貴様の死をもってな。」


 最後まで生きるという執念を見せるレギアスに、ロノウェは敬意を払うかのようにゆっくりとその剣を掲げる。あとは振り下ろすだけで目の前の命は絶たれる。


「……最後の言葉を……聞いておこうか……」

「ふふふ……最後の言葉なんて必要ありませんよ……まだ死ぬ気はさらさらありませんからね。」


 不敵に笑う死神は、最後の力を振り絞って鎌を横へと振るう。だが、悪あがきにしかならないそれは、ロノウェを自身から少し遠ざけただけだった。


「往生際が悪いことだ……諦めろ……勝負は既についている……貴様の死は決まっているのだ……」

「そうですね……勝負は既についています……ただし負けるのは私ではなく……あなたですが……」


 そう、レギアスにとって最後の一撃は悪あがきなどではなかった。全てはこの勝負に決着を着ける為の、意味のある攻撃だったのだ。


「足元を……ご覧になって下さい。」

「何……これは……?」


 ロノウェの足元にあるのは、血のようなどす黒い赤色の小さな結晶。それはブレフィアの元となる結晶石だった。


「その結晶石は……その中に大きなエネルギー蓄えいます……そしてそれは、この黒い結晶石と結合することで一気に放出され……爆発を引き起こします……」


 ポケットから取り出した黒い色の結晶石を握り締めながら、レギアスは今にも途絶えそうな意識を必死で保つ。


「私から流れた血のせいで分からなかったでしょう?」

「まさか……これを……狙って……」

「ええ……その通りです。あなたほどの剣士なら……これほどに有利な状況にならなければ油断せずに……看破していたのでしょうが……わたしの作戦勝ちのようですね……」

「き、貴様ぁぁぁ!!!」


 鼓膜が破れんばかりの怒号を響かせ、ロノウェはレギアスの首を叩き落とさんとする。しかし、もう手遅れだった。


「では……御機嫌よう。」


 指で弾き飛ばされた黒い結晶石はロノウェ元へと一直線に飛んでゆく。そして、弧を描いたそれは、赤黒い結晶石に触れ、そして……爆ぜた。


「ーーーー!!!」


 爆発音ともに、ロノウェの体は爆炎によって焦がされる。皮膚は焼け、酸素が炎へと奪われ息もできない。


 熱い、熱い、熱い、熱い……俺は……死ぬのか……陛下……申し訳ありません……


 爆発が止む頃には、その命はもう尽きていた。黒焦げになった体だけがその場に崩れ落ちてゆく。


「あなたが……来世では幸せに生きることを願います。」


 静かに目を閉じ、傷だらけの死神は天へと昇る魂へと祈りを捧げる。その魂が安らかに眠れるように。


「もう……限界です……」


 満身創痍のその体は遂に、地へと落ちた。


「どうやら、止血剤が効いてきたようですね……とりあえず失血死はしなくて済みそうです……魔力がもどり次第すぐに癒しのブレフィアで回復を……」


 戦いを終えたレギアスの意識が、薄れ始めてゆく。どうやらもう限界はとうに超えているらしい。


 困りましたね……早くジンさんの手助けに行かないといけないというのに……体が動きそうにない。全く駄目ですね私は……


 レギアスは自分の無力さを嘲笑うように口元を歪ませる。


 私はあなたの望む平和な世のためにこの力を使えたでしょうか?アイリス、あなたを愛していますよ。今も、これからも……


 最愛の女性への愛の言葉を心の中で呟き、たった一人の女性を愛した死神は、そっと瞳を閉じたのだった。

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