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ジンとリリンの世界冒険譚  作者: 星太郎
第二章:赤き聖王と黒き死神
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第17話:獣と悪魔と死神

 街中に鳴り響く咆哮。

 その咆哮がサマエルの鼓膜を揺らすと同時、稲妻のように走った剣閃がサマエルの腕を一断する。


 血が飛び、肉が断たれ、サマエルの腕が宙を舞う。


「おや?僕の片腕がなくなっちゃいました。」


 腕が切られたというのに、サマエルは恐怖で臆する事も、痛みで叫ぶ事もしない。

 切断面からは大量の血が流れ出しており、止血しなければ、失血死もあり得るほどの出血量だった。


 それでもその悪魔はいつものように口をただ歪める。

 その歪みは痛みによって生み出されたものではなく、悦による狂気の笑みだった。


「くっ……くくくくくくくひひひひひひ……久しぶりですね。自分の血を見るのは。この血液の温度、命の脈動。ああ、魂が踊る。」


 狂笑を響かせ、獣と化した赤髪の剣士の方へと視線を送る。


「まさか、僕と戦うために、『人繰』(ひとくり)の能力から逃れるために、人外の力を使うとは……くくく、そんなにこの少女のことが大切ですか?守りたいですか?」

「ああ……俺が守る。リリン(そいつ)は俺が…….必ず。」

『君が僕の力を使える時間は長くない。長引けば、君の自我は消えて、本当にただの化け物になっちゃうよ?』


 脳内からそんな忠告が聞こえて来る。


「そんなことは分かってる。」


 今にも飛びそうになる自我を必死に保ちながら、ジンは歯を噛み締め、剣を強く握り締める。


「ジン……なんで?私なんかのためにそこまでする必要ないでしょ!?お願いだから逃げて!!」


 リリンは涙を流しながらそう叫ぶ。

 愛しの少年の苦しそうな顔を、リリンはこれ以上見ることはできなかった。


「お前のためじゃない。これは俺のためだ……お前を守ることが……俺の……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く始めましょうよ。こっちはもう準備万端ですよ。」


 そう言って笑うサマエルにジンは違和感を感じる。

 ジンが目を向けた先、そこには切断されたはずのサマエルの腕が再び完全な状態で繋がっていた。


「さて、人繰(ひとくり)の能力が効かないあなたをどうやって始末するかですが……まあ、シンプルにいきましょう。」


 繋がれた腕の具合を確認しながら、サマエルはその手を横に払う。

 すると、ジンの目に一瞬、光の筋が見える。


 なにか来る。


 極限まで研ぎ澄まされたジンの感覚神経がその筋に危険信号を発する。

 脳から体へと回避を促す電気信号が流れる前に、脊髄反射でそれを避ける。


 次の瞬間、ジンの背後にある家屋の壁に幾本かの切れ筋が入る。深々と抉られたその後からは、先ほど筋がかなり鋭利な攻撃であったことが分かる。


「全てを繋ぎ、全てを断つ、アリアドネの糸。」


 ジンがサマエルへと視線を向けると、サマエルの指先から光の糸が何本も伸びていた。


「あれは……」

『魔力で作られた糸のようだね。しかもかなりの硬度だ。いくら僕の力で彼の支配を受けなくなっても、物理的な攻撃は関係ないからね。』


 頭の中から聞こえる分析を軽く聞きながらも、ジンは集中をサマエルへと注ぎ込む。


「ゆっくりしていると、面倒臭いのが来るかもしれないんで、早く済ませましょう。あなたを切り刻んでね。」


 サマエルの腕の動きと連動して、無数の光の糸がジンへと襲いかかる。直撃すれば身体中が切り刻まれるだろう。


『来たよ。剣じゃあの糸の硬度は防げない。全部避けるんだ。』

「分かっている!!」


 迫り来る糸と糸の隙間を体をうまく滑り込ませ、躱していく。

 目の前の糸を避ければ次の糸が、それを避ければさらにまた次の糸がジンを狙う。

 だが、神獣の因子の力によって数倍にも跳ね上がった鋭利な感覚と、強靭な筋繊維が、ジンの連続の回避を可能にする。


「避けますか……これは良い。」


 避けるたびに前進するジンの体、サマエルとの距離が少しずつだが縮んでいく。


 あと少し、あと少しであのくそったれに剣が届く。


 腹の中で煮えたぎる溶岩の如きジンの怒りよって、剣を握ったその拳にさらなる力が入る。


 そして一歩、一歩、また一歩と、目の前で笑いを浮かべる男へ近づいていく。

 無尽蔵ともいえるスタミナが、ジンの動きを休ませることをさせない。

 サマエルとの距離はもう一メートルほどだ。


「なるほど……」


 サマエルがそう呟いたのと同時、ジンの怒りの一撃が、その体へと直撃したーーー







 ーー同時刻、よろず屋にて。


「少し、出かけてきます。留守番をよろしくお願いしますね。ロア、セケル。」


 ジンがサマエルの戦いが繰り広げられる中、レギアスは、店の前にて二人の子供にそんな言葉をかけていた。


「お気をつけて、店長!無茶はダメですからね!?」

「帰って来なかったら、店の品物、全部ゴミに出しますから。」


 二人がレギアスの背中へ帰したのは、そんな後押しの言葉。


「心配には及びません。なにせ、あっしにはあなた達の未来を見届ける役目がありますから。」


 無理に笑顔をつくるロアと、無理にいつも通りの悪態をつくセケル。

 そんな二人を安心させるために、レギアスもまた、いつも通りに、振る舞う。


「今夜はシチューにしましょう。素晴らしい〜美味しさのレギアス特製シチューにね。あっしが帰ってきたら、三人で食べましょう。」


 ゆっくり、ゆっくり、離れていく距離。

 だが、レギアスはもう振り返りはしない。


『あなたの名前、レギアスなんてどうかしら?』


 脳裏によぎるのは、いつかの思い出。


「あなたの子供達は立派に育っていますよアイリス。」


 小さく吐かれた独り言。

 その言葉はレギアス以外に聞こえず、そこに込められた思いも、彼以外にはわからないものだった。


も、早く前を向かなくてはいけないのでしょうね……」


 死神と自称する男は、いつもと違う口調で、この場にいない一人の女性へと言葉を向ける。


「見守っていて下さいアイリス。私とあの二人が、幸せに生きていける日々を。」





 ーー「なるほど……運動性能と感知性能が先ほどとは桁違いだ。良いですね。実に素晴らしい。」

「……なんだお前……どうなってる?」


 冷静にジンの変化を考察するサマエル。

 対するジンは、赤く光る双眸でサマエルを睨みつけている。

 握られた剣はサマエルの血液で、濡れている。


 ジンの攻撃はもうすでに、幾つもサマエルへと到達している。

 その証拠にサマエルの体にはいくつも傷が、深々と入っている。ダメージを与えるには充分な数だ。


 しかし、サマエルは平然とした顔をでジンのことを舐め回すように見つめ、観察する。


「あなたは、僕の『人繰』(ひとくり)の能力が、ただ人を操るだけの単純な能力だと思ってる様ですが……それは間違いですよ。」

「なん……だと?」

「操れるのは何も体だけじゃありません。一部の感覚神経を切断して、脳内麻薬を大量生成すれば痛みも感じませんし、アドレナリンをコントロールすれば、この程度なら止血も可能です。」


 見ると、サマエルの傷からの出血がもうすでに止まり始めている。


「さらに、切断面を糸で繋ぎ、腕の細胞の再生速度を極限まで高めれば、斬られた腕もこの通りです。」


 そう言って、繋げた腕をぷらぷらとさせる。


「お分かりですか?僕の『人繰』(ひとくり)の能力は無敵なんですよ。」

「……化け物め……」

「否定はしませんが、それはあなたも同じことでしょう?いや、不完全なあなたは人間でも、人外でもなく、ただの半端者でしょうか?」


 けらけらと、嘲笑は止むことなく続く。

 その笑いにジンの怒りは最高潮へと達し、抑制する理性を振り切って、サマエルへと、その剣を振るう。


 しかし、剣がサマエルへと届くことはなかった。


「ぐっ!?」


 ジンへと襲いかかるのは、凄まじいほどの頭痛。

 視界は霞み、剣を握る力も入らない。


『時間切れだね。これ以上は君の体が耐えられない。本当に人間に戻れなくなるよ?』


 その頭痛に紛れて、頭の中から声が聞こえてくる。


「まだ……だ……俺は、俺は、あいつを……」


 自らの限界に抗うように、ジンは立ち上がろうとする。が、体がその意思に応えることはない。


「あなたが、人外の力を使い始めてから今で約10分、半端者のあなたには、ここが限界がようですね。」


 頭痛によって地に膝をつくジンを見下ろすサマエル。


「まぁ、よく頑張りました。と言っておきましょうか。あなたは五凶将であるこの僕に多くの傷を与えました。」


 サマエルはジンの方へとその歩を進め始める。

 そしてジンのすぐ前で立ち止まり、自身の血で赤々と濡れているジンの剣を拾い上げる。


「あなたは充分に、守るべき大切なもののため、僕という恐怖に勇敢に立ち向かい、そして今、この瞬間……名誉の死を遂げる。」


 サマエルが掲げた剣が、陽の光を受け、さらに紅く光を放つ。


「やめて……やめてよ……」


 体の自由を奪われたままのリリンは、目の前の光景に、ただ涙を流すことしかできない。


「もうやめて!!!!」


 リリンのそんな叫びが街中へと木霊する。


「もう分かったから。あんたと一緒に大人しく、背神の国について行くから……もう、やめて……」

「おい……なにを……」

「そうですか、そうですか、そうですか!!!やっとその決断を果たして下さいましたか!!」


 その悲しき少女の決断に、悪魔は手にしていた剣を手放し、嬉々とした声で喜ぶ。


「では、こんなことをしている場合ではありません。早く我らが陛下の元へと向かいましょう!!」

「待て!!!リリン!!!お前には夢が……」

「もういいの……ジン、あんたの命が助かるならそれで……私はあんたに生きてて欲しいの。」


 気丈に振る舞おうとしても、リリンの涙から流れる大粒の涙は止まることはない。


「なんと…….なんと……あなたはまさに慈愛の女神だ。他者のために、自らの運命を決められるとは、なんとも……なんとも素晴らしい。」


 ジンの胸内に一つの予感が走る。


 ここで彼女を行かせてしまえば、もう二度と会うことは出来ないだろう。

 もう二度と、その笑顔を見ることは出来ないだろう。

 もう二度と、彼女と一緒にたわいのない会話を交わすことも出来ないだろう。

 もう二度と、共に肩を並べて歩くことも出来ないだろう。


 そんな予感に、ジンは心の中で叫ぶ。


 お前にはまだ伝えたいことがあるんだ!!!

 行くな!!!

 お前は俺の……


「では、赤髪の騎士様……さらばです。」

「サマエル!!!!」


 憎き男の名を叫び、動かぬ筈の体を、魂を削る思いで鞭を打ち、立ちあがる。

 サマエルが手放した剣を再び手に取り、渾身の一撃を目の前の悪魔へと放つ。


「無駄ですよ。あなたの思いはもう届かない。」


 直後、ジンの思いを乗せた剣は、光の糸によって、その刀身を折られる。

 砕けた刀身はまるで、ジンの心を表しているようだ。


 届かない剣。

 届かない思い。


 ああ……これだけ足掻いても駄目なのか?まだ足りないのか?いい加減にしてくれよ。

 これ以上、俺から大切なものを奪わないでくれ。


「お客さん。まだ諦めるにはちと早いですね?」


 ジンの心が折れかけた時、不意にそんな声が聞こえた。

 幻聴だろうか?いや、確かにその声は空気を揺らし、ジンの耳へと到達していた。


「あっしが来ました。我ながら、素晴らしい〜ほどにナイスタイミングです。」


 聞き覚えのあるひょうきんな口調、見覚えのある灰色の目、きわめつけはいかにも胡散臭い服装。


 そこには確かに一人の男が立っている。


「あなた……誰ですか?」


 サマエルが傾げた首。そして男へと投げられた質問。


「なぁに、大した者じゃございませんよ。あっしはただの、しがないよろず屋です。名はレギアスと申します。」

「しがないよろず屋さんが何の用かは知りませんが、今とても大事なところなんです。邪魔しないで貰えませんか?」


 サマエルは咄嗟に『人繰』(ひとくり)の能力をレギアスに向けて発動する。


 奪われた筈の体の自由。

 しかし、レギアスは何事も無いようにジンとサマエルの元へ近づいていく。


「!?」


 レギアスの平然とした行動に、絶えず余裕を見せていたサマエルも少し驚きを見せる。


 そんなサマエルの表情を見たレギアスはにやりと笑う。

 それは先程までのサマエルへのお返しと言わんばかりの笑みだった。


「ああ、そうでした。あっしはしがないよろず屋ですが、死神でもありましたね。」


 レギアスの笑顔とは対極的に、サマエルは気に食わないといった様子で顔をしかめている。


「全く今日は僕の力で操れない化け物とたくさん出会いますね。正直うんざりですよ。」


 愚痴をこぼしたサマエルは、深くため息をついた後、ジンとレギアスの顔を交互に覗き見る。


「もう疲れました。後は、彼らに任せます。」


 サマエルのその言葉と共に現れたのは、黒装束を身に纏った二人組の剣士の男女。

 彼の瞳に生気は無く、機械のようにその意思を感じない。


「僕の忠実な双子の操り人形。あなたの相手は彼らがしてくれますよ。死神さん。僕と花嫁はそろそろおいとまさせてもらいます。」


 目を向けると、リリンはサマエルによって気を失っているらしく、静かに目を閉じている。

 そんな彼女を、サマエルはゆっくりと担ぎ上げ、2人に背を向けて歩き出す。


「ま……て」


 体が既に限界を超えているジンは、それを制止することが出来ず、歯を強く噛み締める。

 レギアスも、現れた二人組に足止めをされて、サマエルを追うことが出来ない。


「やれやれ、双子の操り人形とは悪趣味なことですね。」


 双子の剣士が繰り出す見事な連携攻撃。

 右の剣を避ければ、左の剣が、左の剣を避ければ、右の剣が襲いかかってくる。


「もういいでしょう。操られるのは。あっしが、あなた達を楽にして差し上げましょう。」


 レギアスの脳裏に浮かぶのは、愛しい双子の顔。


「あなた達に自由を。」


 振り上げたのは何処からか取り出した大鎌。

 その大鎌が断ったのは、双子の剣士の魂。そして、悪魔から垂らされた悲劇の糸。


 音もなく倒れた二人を悲しげ瞳で見つめるレギアス。

 その表情にいつもの胡散臭さはなく、それどころか、優しさすらも感じられる。


「……あなた達の次の生に幸あれ。」


 目を瞑り、祈りを捧げた後、レギアスはサマエルが去った後の道を見つめる。


「逃げられましたか。まだ近くにはいるようですが……」


 そして、何も言葉を発さないジンへと視線を移す。


「似ていますね。あの日の彼に。」


 死神がジンに重ねるのは、在りし日の聖王の面影。

 近づく足音を聞き、ジンは顔をゆっくりと上げる。


「求めますか?守るたいものを守るための力を。」


 レギアスの口から出た一つの問い。

 返って来る言葉は無く。あたりには沈黙がひしひしと流れ込んでくる。


「私が、あなたのその力を制御する術を与えましょう。あなたが望むのなら、今すぐにでも。」

「……お前の目的は一体なんだ?」


 揺らぐ意識を必死で保ち、ジンはなんとかそんな問いをレギアスへと返す。


「あっしは、あっしが目指す世界のために行動しています。あなたを助けるのもその目的のためですよ。」


 ジンとレギアスは互いの目を見つめる。

 ジンは、レギアスのその灰色の瞳に信念という光が宿っていることに気づく。

 そしてジンの瞳にもまた、光がまだ残っていることをレギアスは確認する。


 ここでリリン(あいつ)を失うくらいなら……

 運命なんて言い訳で片付けるくらいなら……

 もっと醜く足掻いてやる。

 もっと無様にもがいてやる。


 一つの悲劇が去った後、少年の心は再び燃え上がっていた。


「俺はリリンを救いたい。そして、あの悪魔をこの手で倒したい。力を……貸してくれ。」

「貸しましょうとも、あなたの願いと、私の願いのために。」


 燃え上がった一つの小さな火種は、死神の手によって、大きな爆炎となり、その悲劇をも焼き尽くそうする。


「さぁ、反撃を始めましょう。」

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