第16話:神獣の因子
剣士ジン・マクレイン、彼には人に隠している三つの秘密がある。
1つ、かつてジンが生活していた孤児院が人攫いに襲われ、共に育った友と恩師を失ったこと。
2つ、自分の名を捨てて、恩師の名を名乗っていること。
この2つはリリンも知っていることだ。
ジンもこの過去については、目を背けずに必死に向き合おうとしている。
だが、彼にはもう1つ、向き合わねばならないものが有る。
人に知られたくない、明かしたくない、そんなものが。
ーーリリンがサマエルと遭遇する30分前
「それで?この10年間あなたはどうしていたの?」
王城ディアリス城の一室、一人の女、アリサが目の前に立つ少年へと質問を投げかける。
「そういうお前こそどうしてたんだ?なぜこの国にいる?」
ジンはかつて同じ師の元で共に育った仲間を顔をまっすぐに見つめいる。
「質問を質問で返すのは良くないと思うわよ。先生にもよく言われたでしょう?懐かしいわね。」
昔の思い出に浸りながら彼女は微かに微笑む。
「私は奴隷として売り飛ばされる前にジーク様に助けてもらったの。それから私はこの国で彼の臣下をしているわ。」
「……お前は俺のことを憎んでないのか?お前を、先生を、みんなを見捨てた俺を……」
柔和に微笑むアリサを見たジンはそんなことを口にする。
頭に思い浮かぶのは、左目に眼帯をつけ、右目に自分への憤怒の火を燃やすかつての親友の顔。
「そうね……最初は、なんであなただけっていう気持ちもなかったわけじゃない。けど、あなたが来ても状況は変わらなかった。あなただけでも逃げてくれて良かったって今では思ってる。」
「そうか……そう言ってくれると、助かる。」
アリサの言葉に目を閉じ、少しの間、ジンは思案する。
あの事を彼女にも伝えるべきなのかどうかを。
「……」
「どうしたの?急に黙り込んで?」
「お前は聞きたいか?他の奴らの事を。」
「……それって……」
他の奴らという言葉が誰を指しているのか、アリサはすぐに察した。
「他の子達がどこにいるか知ってるの?」
「奴らと言っても、俺が知っているのは一人だけだ。」
「それでも良いわ。一体、誰に会ったの?」
「……ギルに会った……けど、あいつは……」
ジンはアリサへとノーグレスで起きた出来事について語り始めた。
ジンの話を聞いている間、アリサは一言も喋らずに、黙って静かに耳を傾けていた。
そして、ジンの話が終わると、少し目を閉じ、何かを考えた後に、口を開き始める。
「……あなたはあの頃から責任感が強かったわね。だから、あの日から自分を何度も責めて来たんでしょう?それは、ギルにも伝わってると思うわ。」
「それは違う、あいつは、俺のことを裏切り者だと言っていた。俺を、10年間、ずっと憎んでいたんだ。」
「ギルは正義感が強い人だから、あの日のあなたを許すことができていないだけ。あなた達はまたやり直せるはず。逃げずにちゃんと向き合う時間が必要なだけなのよ。」
「アリサ…….」
アリサの言葉にジンは、自分の胸の内が熱くなっていくのを感じていた。
目の前の友の言葉で自分の中の覚悟の炎が再び勢いを取り戻していく。
「俺は諦めるつもりは絶対にない。必ず、ギルをいや、アランを俺は連れ戻す。たとえあいつともう一度剣を交えることになっても。」
「あなたらしいわね。私の心配なんて必要ないくらいに真っ直ぐな目。」
アリサは再び柔らかに微笑む。その瞳は慈愛に満ちている。
「ねぇ、私からもう一つだけ質問して良いかしら?」
沈黙が部屋を包んだのも束の間、アリサはもう一つの質問をジンへとぶつける。
「あなたの中の獣は大人しく鎖に繋がれているのかしら?」
ーー12年前
『実験対象1号→変化なし。
実験対象2号→変化なし。
実験対象3号→拒絶反応を確認、そのまま処分。
実験対象4号→因子暴走、止むを得ず殺処分。
実験対象5号→因子の投与を準備中……か。』
何処かの研究室、まとめられた資料を読み込んでいる一人の白衣の男がそこにはいた。
『やはり一号と二号以外は適合率が低かったか……それともあの二人の適合率がずば抜けていたのか……興味深いな。』
男が行なっている実験は『神獣因子の融合』。
神獣、幻獣と呼ばれる生物達の細胞を人間に移植することによって、後天的に常人離れした身体能力や、能力を持つ人間を生み出すという実験だ。
だが、因子と人間には適合率があり、今行われているのはどれくらいの適合率で拒絶反応が起きなくなるかの実験である。
『この実験が成功すれば、我が国の紛争は武力によって一気に解決に導かれるはずだ。』
白衣の男はそう言って、部屋に居たもう一人の男に声をかける。
『お前はどうなんだ?この資料を見て何を考える?』
『俺には何も分かりません。俺はあなたの護衛を引き受けただけの只の剣士ですので。』
『ふん、つまらん男だ。まあ良い。明日は一号と二号の観察を今日よりも入念に行おう。』
『……お言葉ですが、あの二人はまだ子供です。もう少し自由を与えてもよろしいのでは?』
『うるさい!!何も分からん凡人は黙っていろ!!』
護衛の男の言葉に白衣の男は声を荒げる。
『あいつらに自由などない。あいつらの存在意義は私の実験の糧となることだけだからな。』
『……』
護衛の男は白衣の男が机へと投げた資料を黙って見つめている。
男の視線の先、そこに書かれていたのは実験対象となった五人の名前。
その内二人は処分という判を押されているが、残りの三人には観測継続の判が押されている。
『……この子達に未来はあるのでしょうか?』
『さぁな、そんなことは私の知ったことではない。まあ、せいぜい兵隊として使われて終わりだろうな。』
『そう……ですか……』
この時、護衛の男の拳に力が入っていたことを白衣の男は気づいていなかった。
ーー数日後
警報が研究施設全体に鳴り響く。
辺りのあちこちから火が吹き上がり、白衣の男が研究で得たデータが全て灰へと帰っていく。
『なぜ……なぜだ?私は一体何を見ているんだ?夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。夢だ!!こんなものすべて夢だ!!!!』
燃え盛る炎を見ながら男はそう叫ぶ。そしてそのまま火の中へ飛び込もうとする。
しかしそれは他の者の手で阻止され、男は喉を潰すほどに叫び声を上げることしかできなかった。
『くそ!!あいつの仕業だ!!この裏切り者め!!貴様の名は決して忘れないぞ!!ジン・マクレイン!!』
この日消えたものは全部で三つ。
白衣の男が長年研究を行っていた施設とそこに保存されていたデータの全て。
神獣の因子を投与された二人の子供と投与される前の一人の少年。
そして、白衣の男を護衛していたジン・マクレインという名の剣士の男。
そしてその数ヶ月後、その国の西の辺境には一つの孤児院が建てられていたのだった。
ーー現在
「あの日、私とあなた、そしてギルが先生に助けられてからもう12年が経つわ。あなたの中の神獣の因子は一体どうなっているの?」
「……」
ジンが思い出すのは、アルトとの手合わせの後の意識下での対話。その対話の相手こそ、ジンに宿る神獣の因子である。
「特に問題はない。鎖に繋がれておとなしいもんだ。お前の方はどうなんだ?」
「私の中の子は賢いから、仲良くやってるわ。」
「そうか……」
その時、ジンの頭の中に声が響く。
『ねぇ、なんだ嘘をつくの?』
「……!?」
『大丈夫じゃないでしょ?僕は鎖になんて繋がれてないし、大人しくもしていない。なのになんで嘘なんてつくのさ?』
頭の中の声は次第に大きくなっていく。響いた声が反響し、それが頭痛へと変わる。
「……っ!?」
「どうしたの?すごく苦しそうだけど……」
「気にするな……ただの頭痛だ。すぐに治る。」
頭が割れそうなほどの痛みに襲われながらも、歯を食いしばり、それに耐えながらアリサへ言葉を返す。
『また嘘ついちゃって。素直に言えばいいのに。』
必死に痛みに耐えようとするジンを嘲笑するように頭の中の声はジンへと続けて語りかける。
『君って人を頼るってことをしないよね。さっきの女の子にも、この人にも。』
うるさい黙れ。
『自分の弱さを見られたくないのか、心配されたくないからなのか知らないけどさ。それ、辛いんじゃないの?』
黙れ、黙れ、黙れ……
『あっそうか、君は嫌いなんだね。弱い自分が。だから人にも明かさない。』
うるさい、黙ってろ!!お前に何が分かる!!
『分かるさ。だって僕たち、12年も一緒にいるじゃないか?』
「本当に大丈夫なの?全然そんな風には……」
「……心配ない。悪いが、俺は宿に帰らせてもらう。さっき出て行った連れのことも心配だしな。」
リリンのことが心配というのは本当だが、理由の半分にはアリサに今の自分の状態を知られたくないという思いもある。
「治療はまた今度にしてくれ。お前の顔をもう一度見れてよかったよ。」
「ちょっと待っ……」
アリサはジンをなんとか引き止めようとするが、ジンはそれに応えることなく、部屋から出ていく。
ドアが閉まる音が聞こえ、そのすぐ後には静寂だけが待っていた。
「……本当に変わらないわね。大きくなっても、今も昔も、嘘をつくのが下手……」
一人になった部屋でアリサは小さくそう呟いたのだった。
ーーアリサの部屋を出たジンは、頭痛が収まるのを待って、共鳴のブレフィアを使い、リリンのいる場所を特定しようとする。
すると、不思議なことにリリンは特定の位置から少しも動かずにいた。
共鳴のブレフィアは使用者に位置の他に、その人の身体状態なども知らせることができる。
リリンの心拍数は普段よりも数段早くなっており、なんらかの危機に瀕していることが分かった。
それを確認したジンは、すぐさまリリンの元へと向かう。
「あのバカは何をしてるんだ。」
そんな愚痴をこぼしながらも、ジンは内心ではリリンの安全を祈っていた。
ーーそして時間は進み、ジンはリリンの元へと到着し、悪魔と対面することになる。
「おやおや、花嫁を守る騎士の登場ですか?花嫁の護衛は僕が引き継ぎますよ。お役目ご苦労様でした。」
「……お前は誰だ。」
ジンの登場にも、終始余裕の表情を見せているサマエルに対し、ジンは問いを投げかける。
「どうも、お初にお目にかかります。僕は背神の国《エデン》、五凶将が一柱、『人繰』のサマエル・インヘイト。以後お見知り置きを。赤髪の剣士殿。」
「背神の国……五凶将……」
耳を疑いたくなるようなサマエルの言葉を口で反芻しながら、ジンは周囲を見渡す。
ジンの後ろには目に涙を浮かべたリリン。少し離れたところには二人の男の哀しい姿が。そしてそれを楽しそうに見る男。
ジンの目に移るもの一つ一つがサマエルの言葉を強く肯定する。
「お前がリリンに何の用があるのかは知らないが、俺はリリンを守ると決めていだ。悪いが、危害を加えるつもりなら斬らせてもらうぞ。」
「『斬らせてもらう』って……くくく……どうやって、ですか?」
馬鹿にするようにジンの台詞を真似したサマエルはその顔に嘲笑を浮かべる。
「……っ⁉︎」
サマエルの挑発に怒りを覚え、飛びかかろうとしたジンは、自身の体の異変に気付く。
「……これは……何だ?」
「やはり、たわい無い。」
下卑た笑みを浮かべたままのサマエルは、体の自由を奪われたジンへそんな言葉を呟く。
「僕に勝てる人間なんていませんよ。あなたが人間である以上、僕には勝てない。大人しくしていて下さい。」
ジンの横をすり抜け、リリンの元へと近づくサマエル。
体の自由を奪われたジンにはそれを阻むことができない。脳の命令に体が従わず、何の反応も起きない。
くそ!!なんで動かない!!動け!!動け!!
頭の中でそう念じても、支配された肉体は無情にも微動だにせず、サマエルとリリンとの距離だけが縮まっていく。
ジンの表情に見え始める焦り。
この危機を脱する為に、ジンの全脳細胞が唸りを上げる。
思い出される先ほどのサマエルの言葉。
『僕に勝てる人間なんていませんよ。』
もし、あいつの言うことが本当で、あいつが人間を操れるんだとしたら……とれる方法は一つしかない。
ジンの頭の中に浮かぶ一つの案。
だが、その案はあまりにも危険なものだった。
これしかない。リリンを救えるなら、俺は……人間なんて辞めてやる。
『これは僕の出番かな?』
「ああ、お前の力、俺に貸せ!!ケイ!!」
ジンの叫びが響き、その目が紅く光る。
まるで血に飢えた獣のように。
肉を欲する獣のように。
そこにいたのは、もう剣士ではなかった。
ただの一匹の獣。
動くはずのない体が自由を取り戻す。
それを確認したと同時に獣は咆哮を空に向かって放つ。
かつて、国を守る為に自らの中に眠る竜の力に手を出した者がいた。
そして少年もまた、大切なものを守る為に、神獣の力に手を出したのだった。




