第15話:『人繰』のサマエル・インヘイト
少し、昔の話をしましょう。
昔々のとある国のお話を。
背神の国《エデン》、神という存在を否定し、その国の皇帝を国の全てとして崇めている国でした。
それだけであればどうということはなかったんですけどね。けど、エデンの民達は皇帝を狂信的に崇めたていたんです。『皇帝の言葉は全てが正しい、全てが尊きものだ。』とね。
彼らにとって、皇帝からの命令は正に神からの啓示に等しいもので、隣国への略奪行為、奴隷の強制連行、全ては皇帝陛下の為にと悪行は重ねられていきました。
そんな国、隣国から恨みを買うに決まっていますよね?何度も戦争を繰り返し、1つの国と争っては、また別の国と争う。そんな国が滅ばないはずがないですよね?
しかし、その国は永くの繁栄を誇ったんです。なんででしょう?彼らは手にしていたんですよ。神に背くことによって人知を超えた悪魔の力をね。
中でもその国の皇帝に仕える五凶将と呼ばれる五人の将はまさにそれを体現するかのような悪魔と呼ぶべき存在でした。
あるいは本当に人間ではなかったのかもしれないですね。そう思うほどに彼らの力は絶大で、人間離れしたものだったんです。
彼らはもはやただの将ではなく、その力は厄災に近いもので、隣国はその存在に畏怖の情を抱かざるを得ませんでした。
戦争が起こるようになって数年もたった時には背神の国に挑む国はいなくなっていましたよ。そう、屈したんです。その恐怖に、その力に、その絶望にね。
エデンはその力を持って、瞬く間に近隣の全ての国を支配下に置いていきました。その圧倒的な力に憧れ、国民達も次第に増えていき、その勢力はさらに拡大していく。正にとんとん拍子みたいに。
ですが、出る杭は必ず打たれるものです。それも周りにとって害をなすものともなれば尚更のことです。
エデンの危険性を察知したその時代のとある十の国々は世界連合なる組織を発足し、多大な犠牲を払いながらも、五凶将と皇帝の首を討ち取ることに成功しました。全く忌々しい話ですよ。
まぁ、これがかつての背神の国を巡るお話。誰もが知る何十年も何百年も語り継がれてきた話です。
そして現在において復活した背神の国が何を企んでいるのか、世界連合への復讐か、背神の国の再建か、又はその両方か……。一体誰が、なんの目的で復活させたのか。分からないことだらけですね。ただ、1つだけ言えることは、再び争いは起き、血が流れるということです。あなたはその争いに巻き込まれないといいですね。
え?それで一体僕は誰かって?ふふ……誰でしょう?
ーー「何を言ってるの?背神の国って、大昔に滅んだ国のこと?禁忌の花嫁っていうのはわたしのことなの?」
サマエルと名乗る五凶将の男の口から出た言葉にリリンは驚きを隠せないようだ。
滅んだはずの背神の国の名、死んだはずの将、そして自分のことを示すと思われる『禁忌の花嫁』という言葉。全てが驚きであった。
「はい、そうですよ禁忌の花嫁。僕が言っていることの意味は、あなたが今想像している通りです。」
サマエルは笑みを浮かべながら肯定の言葉を口にする。その歪んだ口元から吐き出される言の葉は、とても丁寧なものだ。しかし、それが逆に不気味に思えてくる。
「それにしても、あなたはお美しい。そのまだ幼さの残る顔立ちに青く澄んだ瞳、極め付けはあなたがその身に刻んでいる忌まわしき神からの呪い……その全てが麗しい。」
押し黙るリリンのことなど気にも止めずに、サマエルは言葉を吐き続ける。
「どうして、私の呪いのことまで知ってるの!?あなた一体どこでそんなことを知ったのよ!?」
「おお、お怒りになられた姿も美しいですね。流石は陛下が妃に選んだら御方だ。こんな女性を陛下の元までエスコートできるとは、僕は幸せ者ですね。」
秘密を知られていることに驚き、質問を投げるかけるリリン。だがサマエルは質問には答えることはない。リリンを挑発するように、中身のない言葉を並べておどけて見せる。
「答えなさいよ!!なんでわたしの呪いことを知ってるの!?」
「分かりますとも!!なにせ、僕も呪印によって同じく呪いの力を持っていますからね。あなたも持っているはずでしょう?」
「呪いの力?なんのこと?そんなの持って無いわよ。」
リリンはサマエルの言っていることの意味が理解できていないようだ。サマエルはそんなリリンを見て、にやにやと笑う。
「なるほど。呪いの力をまだ発現できていないようですね。」
サマエルは顎に手を当て、何かを思案しながら、リリンを観察するように見つめる。しかし、そうしたのも束の間に、すぐに顎から手を離す。
「まぁ、陛下に会えばその眠った呪いの力もきっと発現することでしょう。」
そう言ってリリンの腕を掴もうとサマエルが手を伸ばす。
しかし、それを察知したリリンがサマエルと距離を開け、サマエルのことを睨みつける。
「近づかないで!!近づいたら痛い目見ることになるわよ。」
右手を前に出して魔法を放つ体勢をサマエルに分かるように見せ、リリンは警告を発する。
「……抵抗されてしまうと、困ります。あなたは我が国の妃となられる方だ。そんなあなたに手荒な真似はしたくありません。」
「誰もあんた達の国の妃になるなんて言ってないでしょ。勝手に話を進めないでよ。私はお姫様なんて柄じゃないわ!!」
なおも表情を変えないサマエルに向けて、リリンは威嚇を兼ねた威力の低い魔法を繰り出そうとする。が、その行動はサマエルの笑みと共に未遂のまま終わる。
「なに……これ?体が……動かない。どういうこと?」
攻撃をしようとするリリンの意思に反して、その体は全く動かない。それどころか魔法を発動することもできない。
「王とは国を導き、支える者、将とは王の歩む道を守り、支える者。では、国民達を愛し、支える者は誰なのか?そう、妃ですよ。あなたはそのために必要なんです。」
突然の体の硬直に困惑しているリリンを気にも留めない様子で、サマエルは話を続けている。そうしたサマエルの余裕の溢れた態度から、この体の硬直がサマエルの仕業であると確信する。
「これ……あんたがやってるんでしょ。いったい私に何をしたの?魔法かなんかなの?」
「これが僕の呪印の力です。僕が陛下から与えられた呪印は『人繰』。僕は人間であれば誰でも操ることができます。亜人種でもね。」
リリンの問いにサマエルは自らの力を隠すことなく曝け出す。それは自らの力に対して絶対的な信頼を置いているからこそだろう。
「知ったところでどうも出来ませんけどね。あなたのその純粋な心に不安が募らないようにするための僕からの配慮です。」
「そんないらない配慮をするぐらいなら、さっさと私の体を自由に動くようにしないさいよ。」
「体の拘束を解けば、あなたはすぐに逃げるでしょう。」
「当たり前でしょ。あんたみたいな怪しい奴について行く気なんてさらさらないわよ。」
サマエルと中身のないような話をして時間を稼ぎながらも、リリンは必死に体を動かそうと努力する。だが、リリンの体はピクリともしない。
「無駄ですよ。今、あなたの体は僕の支配下にあります。魔法も、体を流れる魔力を抑制して発動できないようにしていますしね。」
リリンの努力を嘲笑うかのように笑みを浮かべたサマエルは、徐々にリリンとの距離を縮めていく。
「我が国に着くまでの間、あなたには眠っていてもらいましょう。妃となられるお方の体を操るというのは、我が陛下への非礼にも値することですからね。」
(もうだめ……体も全然動かないし……このままじゃ本当に……)
ゆっくりとその距離を縮めるサマエルに、最悪の想像がリリンの脳内をよぎる。このまま背神の国へと拉致されるという最悪の想像を。
「さて……」
サマエルがリリンへとその手を伸ばす。リリンはそれを払うこともできず、ただ見つめることしかできない。万事休す。そう思った時、突然後ろから叫び声が聞こえる。
「おい!!そこで何をしている!!貴様!!」
体の支配権が奪われているリリンは背後から誰が来ているのかは分からないが、サマエルの仲間ではないことは分かる。
「おいお前、その娘に何をしている。この街の者ではないな?」
腰に携帯した剣、王国の紋章が刺繍された赤色の隊服。訓練を積んでいると一目で分かる屈強な身体。
どうやら街中を巡回していた二人組の衛兵のようだ。二人のただならぬ雰囲気に気づいて近づいて来たらしい。
この衛兵二人に自分の危機を伝えれば、サマエルも引き下がるかもしれない。
そんな希望を抱きながら、リリンは突然現れた救いの手に助けを求めようと叫ぼうとする。
「ーーーーー!!」
しかし、その叫びは目の前の二人の鼓膜を振動させることはなかった。いや、叫びなど元から出てはいなかった。
(なんで……確かに今叫ぼうとしたはずなのに……)
先ほどまで普通に出ていた声が急に出なくなった。それどころか口すらも動かなくなっている。そしてその原因が何であるか、それは忌々しい男の笑みが証明している。
「いえいえ、僕達はただの冒険家ですよ。彼女とは少し喧嘩をしてしまいまして……けど、すぐに済む話なので心配は要りません。迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。」
口からのでまかせを次々と並べ立てるサマエル。言葉を発することのできないリリンはサマエルの虚言を否定することができない。
「では、私たちは自分たちの宿に戻ることにしますので、衛兵のお二人も、お勤め頑張ってください。」
ボロが出て怪しまれる前に二人の前から去ろうとするサマエル。その後ろをついていくように、リリンの体も動き出す。
(だめ!!止まって私の体!!止まりなさいよ!!)
そんなリリンの心の叫びも虚しく、支配権を奪われた体は勝手に歩みを進める。
そしてその隣を歩くサマエルは、笑いが止まらない様子だ。しかし、彼のその笑みは次の瞬間に消えることになる。
「……待て。」
歩みを進めていたサマエルとリリンを二人組の内の一人が引き止める。その目は明らかに二人への疑いが表れている。
「最近、この国で正体不明の人斬りが頻発していたな。疑うわけではないが、身分証明書を提示してくれないか?」
ーー この世界では一般的に、他の国に入国する際は身分証明書が必要となる。それには観光や、商業、などの入国目的が記載されており、一目でその人物が何者なのか分かる仕組みになっている。
もちろんサマエルも偽造した身分証明書を所持している。が、それは冒険家ではなく、商人としての身分証明書である。冒険家とでまかせを吐いた後に商人の身分証明書を見せことはできない。
しかし、ここで身分証明書を提示しなければ、それこそ疑いは増すだろう。どうしたところで八方塞がりだ。
「…………」
「どうした?今持って無いのなら俺たちも宿まで同行するが?」
黙ったままのサマエルをさらに疑う衛兵。そんな疑いの目を浴びながら、サマエルは面倒臭そうに頭を搔く。
「あ〜もうだめですね。騙せそうに無いみたいだ。」
「それはどういう…….」
衛兵の質問は最後まで続くことはなく、そこで途切れた。
「なっ…….なんだこれは……」
衛兵の着ている赤い隊服がその鮮血によってさらに赤く染まる。腹部には深々と突き刺さり、貫通した血に濡れ、赤銀に光る刀身。
それは衛兵の背後、共に街中を巡回していた片割れの男の携帯していた剣の刀身だった。
「お…….前、何…….をして…….」
「いや、違う、違うんだ……体が勝手に……」
仲間に背後から刺され、死に直面している一人の男。
意識に反して、仲間を背後から刺してしまった一人の男。
二人の表情にはどちらも絶望が入り混じっている。
その絶望はどちらも一人の男によって引き起こされた。そしてその張本人はその悲劇に笑みをこぼしている。
「僕って、人間がすっごく好きなんですよ。」
開かれた口から紡がれた言葉はこの状況に全く関係のないことだ。だが、そんなことに構いもせずに、サマエルは話を続ける。
「だってそうでしょう?人間以上に僕の思い通りになる生き物なんていませんよ。だから、僕は人間を愛してます。」
そしてサマエルの視線は仲間をその手で殺め、体を恐怖で震わせている残りの一人の衛兵へと向かう。
「さあ、あなたも僕の手の平の上で踊って、舞って、無様に、滑稽に、惨めに、哀れに……」
サマエルの言葉と共に衛兵は、仲間を刺したその剣の鋒を自分の腹へと向ける。
それが自分の意思ではなく、目の前の悪魔の仕業であることは明白だ。
「い、嫌だ……やめてくれ、やめてくれよ……止まれよ!!俺の体!!止まれよ!!」
「……死んでください。」
鍛え上げられた大きな体躯は、音もなく地面へと倒れた。
一瞬だった。ほんの数分の出来事だった。ほんの一瞬のうちに2つの命が消え、その場に残っているのは、涙を流している少女と、笑みを浮かべる悪魔だけ。
「泣いておられるのですか花嫁?あなたはなんて優しいお方だ。見ず知らずの人間の死にまで涙を流すとは……」
言葉を発することのできないリリンはサマエルをただ睨みつけるしかできない。その瞳には凄まじい憤りが宿っている。
「でも、仕方がなかったんです。私の使命は、あなたを陛下の元までお連れすること。その使命において、あの二人は私たちが乗り越えるべき試練だったんです。」
そこでサマエルはリリンが言葉を発せないことに気づいたようだ。
「おっと、まだ口を封じたままでしたね。今、喋れるように致しますので。」
そう言うと、リリンの口が自由に動くようになる。
リリンはそれを確認するや否や、サマエルへと積み重ねられていた怒りを爆発させる。
「この……この人殺し!!あの二人があんたに何をしたって言うのよ!!あんたなら、殺さずに済ませられたはずでしょ!?」
「……」
「なんか言いなさいよ!!」
サマエルはリリンの怒号をに耳を傾けながらも、それに言葉を返すことをせずに黙っている。
沈黙がその場を包もうとした時、サマエルの口元が歪む。
「くっ……くくくくくくく……殺さずに、ですか……まぁ、出来たでしょうね。それも、簡単にね。ですけどね……面白くないでしょ。」
リリンにはその言葉の意味が分からなかった。
(面白くないって何?そんなことの為にこいつは、人の命をあんなに簡単に奪ったってことなの?狂ってる……こいつ……狂ってる。)
「面白くない。そう、面白くないんですよ。僕はね、魔物です。人の悲劇を喰らう魔物。大好物ですよ。人が表す負の感情は。だから僕は…….悲劇を望むんです。」
そのまま静かに笑い続けている目の前の男に対して、リリンはとてつもない嫌悪感と恐怖を感じた。
(気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……)
目の前の男は、悪魔は、見た目や口調は丁寧なものだが、その本性はどす黒く、歪んでいる。
自らの悦の為に人の命を奪い、その悲劇に笑みをこぼす。普通ではない。狂気の内にいる異常者だ。
リリンは自分の死が近づいてくるのを感じ、体を震わせる。
それはどうやらサマエルにも伝わったらしい。
「おお、あなたのその恐怖の表情、素敵だ。魅力的だ。美味そうだ。最高に、最高に、最、高に!!」
つり上がった口角、そこから覗く八重歯、爛々と光る瞳、全てが恐怖の対象でしかない。
「もう、お眠りになってください。」
そう言って再びサマエルはリリンへと手を伸ばす。
(もう、終わりね。ジン…….ごめんね。言いたいこと、たくさんあったんだけど…….駄目みたい。)
心に黒が差す。その黒は希望を全て飲み込み、絶望という名の花をその少女の心に咲かせる。
「お休みなさい。次に目が覚めた時、あなたは我が国の女王となっていますよ。だから……」
サマエルの声はそこで途切れた。1つの鋭い剣閃によって。
(なんで……来ちゃったの?そいつは危険すぎるよ。お願い、逃げて。)
その剣閃を放った者を見て、リリンはまた涙を流す。
「ジン!!!!」
「……待たせたな。安心しろ。すぐに助けてやる。」
少女の目の前、立っていたのは一人の赤髪の剣士だった。




