第13話:そして運命は廻り始める
運命はある時を境に急に廻りだす。
ぐるぐるぐるぐるぐる…………と。
演劇のように起承転結など、はっきりはしていない。急に始まり、急に終わる。廻り出した運命は周りの者までをも巻き込み、大きく、大きく、その廻転が終わるまで、止まりはしない。
そして今宵も、運命という名の渦はゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと……とある少女と少年の2人を巻き込みながら、廻り始める。
ーー「最後に一発いいのをもらっちまったな。若さってやっぱり素晴らしいもんだな。俺たちには無い、熱さがあるぜ。」
ジンとアルトの勝負があった翌日の王城 ディアリス城、その玉座の間に聖王であるジークフリードとその臣下であり、国の兵団長のアルトが言葉を交わしている。
「そりゃ嫌味のつもりか?俺はどっかの誰かさんと違って、1人で数万の軍勢を相手にできるような化け物じゃないんでな。」
少し赤く腫れた左の頬を気にしながら、アルトはジークフリードへと皮肉を返す。2人が交わす言葉に主従の上下関係はなく、1人の友人として相手に言葉を投げかける。
「おいおい、化け物は少しひどすぎねぇか?自覚はしてるつもりだけどよ、いざ面と向かって言われると流石に傷つくぜ。」
そう言いながらもジークフリードの顔は笑っている。口で言うほど傷ついても、怒ってもいないようだ。その笑顔が逆に自らが『化け物』であることを肯定してるかのようだ。
「まぁ、実際にあいつはかなり有望な奴だったよ。あと5年、いや2年も経験を積めばかなりの手練れになるだろうぜ。」
「そういえばあの剣士のにいちゃんはちゃんと本気を出してたのか?もっとできる奴だと俺は思ってたんだけどな?」
ジークフリードが語ったのは勝負の時にジンから感じた違和感。普通なら気づきもしないであろう微々たる動きのズレを闘いの聖人であるジークフリードは見抜いていたのだった。
しかし、それは剣を交えていたアルトの方がよく分かっているようだった。
「あいつは本気を出さなかったってよりかは、出せなかったって感じだったな。あいつ自身も扱いきれない何かを抑えようとしていた状態で俺と戦ってた感じがした。」
「抑えきれない何かか……」
顎に手を置き何やら少し考えている様子のジークフリードだったが、暫くしてから顔を上げ、小さくボソッと呟く。
「あいつも俺と同じなのかもしれないな。」
それは自らが竜の血を引くが故の言葉だった。その言葉がなにを意味しているのか、アルトにはそれが分かったようだ。
「つまりあいつもお前と同じでーー」
「無駄話はそのぐらいでいいですか?お二人さん?そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
ジークフリードの独り言についてのアルトの質問を一つの声が遮る。その声は2人の声に比べて若々しいものだ。
視線を逸らすと、部屋の出入り口の前にて1人の男が立っている。鳥の巣のようなぼさぼさの頭と気だるそうな目、そしてジークフリードやアルトと気軽に話すことができる。その特徴が当てはまる男など、この国には1人しかいない。
「ああ、ちょっとお喋りが過ぎちまったな。すまねぇなライラス。そんじゃあ本題に入るか。例の人斬りについて何か分かったか?」
会話を中断し、ライラスの方へと向き直る2人。それを待っていたライラスが手に持っていた資料を2人へと渡す。数枚にまとめられたそれは、何かの報告書のようだ。
「それを見て分かるとおりですが、人斬りは、素性を調べていた調査隊の追跡を感知し、調査に当たっていた5人のうち2人を何らかの方法で操り、残る3人に重傷を与え、逃走しました。操られた2人もその場に倒れていました。」
「……これで操られた奴はもう5人か……」
静かに目を閉じたジークフリードは、歯を噛み締める。その表情には悲しみが現れており、傷ついた者へ抱く深い思いが伝わってくる。
「……5人とも重傷ですが、アリサさんの治療によって快方へと向かっているそうです。しかし全員、犯人の顔は確認できていないようです。」
「……そいつの身体的な特徴もやはりこれまでの目撃情報とは一致しないのか?」
報告書を読みながら黙ってライラスの報告を聞いていたアルトが確認するように質問する。
「ええ、こうなってくるとやはり相手は複数犯の可能性が高くなってきますね……ジークさんはどう考えているんですか?」
「俺は何も考えちゃいねぇよ。ただ、俺の国に喧嘩を売って、さらに国民の命まで奪おうとするような奴を俺は許さねぇ。そいつには地獄を見てもらう。必ずな。」
そう言い放つジークフリードの赤みのある目は憤怒の炎でさらに赤々と燃え盛っている。この炎は容易くは消えることはないだろう。
「とにかく、これまで以上に国中の警戒を厳しくします。犯人の特定が進まない以上、相手を捉えるより、国民の安全の確保が優先されますからね。」
「そこらへんのことはお前とアルトに任せた。俺は少し人に会ってくる。夜には戻るが、何かあったら伝令を飛ばしてくれ。」
そんな言葉を残してジークフリードは部屋から出ようとする。しかし、それをライラスが慌てて制止しようとジークフリードの前に立つ。
「駄目ですよジークさん。いくらあなたが強いからといっても相手は人を操ることが出来ます。あなたがもし操られでもしたらそれこそこの国は終わりですよ。」
「安心しろ。俺はたとえ死んでもこの国を裏切りはしねぇ。それに、自分で言うのも何だが、俺を操れる奴なんていやしねぇよ。」
ライラスの制止を振り切り、ジークフリードは笑いながら部屋を出て行く。その様子を見ていたアルトがため息をつくライラスの肩を叩く。
「あいつは言い出したら聞かない奴だからな。俺が支えてやるしかねぇさライラス。あいつはあいつにしか出来ないことをする。俺たちは俺たちにしか出来ないことをやるんだ。」
「……そうですね。それが僕たちにやるべき最善のことですよね。」
アルトの励ましを受けたライラスは、アルトへと笑顔を返した。
アルトもまた、ジークフリードの親友として、臣下として、彼を信じることに決めたのだった。
それが臣下として自分が今すべきことだと信じてーー
ーー場面は切り替わり、ディアリス城のとある一室、その部屋に流れる空気は静まりかえっている。
部屋の中にいるのは、ジンとリリンの2人、そして1人の女だけ。軍服のような服に、スカートを着用した、ブロンドの長髪が特徴的な女。そう、ジークフリードの臣下の1人のアリサである。
「……」
「……」
「……」
3者とも何も言葉を口にしない。いや、リリンだけは沈黙に耐えきれずに、どう話題を提示しようか思案しているようだ。
なんで2人ともこんなに静かなの!?私こういう沈黙とか耐えられないんだけど……。どうしよう……どうにかしてこの空気を変えないと……ていうかなんでこんな状況になったんだっけ?
ーーことの発端はジークフリードが勝負で怪我を負ったジンの治療を回復魔法のエキスパートであるアリサに命じたことだった。そして2人はその場にジークフリードの厚意に甘え、ふたたびこの城を訪れたのだった。
「それで、今から会うのはどんな奴なんだ?お前は一度会ってるんだろ?」
それはアリサとはまだ会ったことのないジンからの質問だった。恐らくは自分が今から会う人物の名前すらもまだ知らないのだろう。
「今から会う人はすっごい綺麗な人なのよ。あんた、一目惚れしちゃうんじゃないの?」
「あいにく、生まれてこの方そんなことは一度もない。色恋に現を浮かしている暇はなんて俺にはないからな。」
リリンの悪戯げな言葉にいつも通りの無機質な顔で返答するジン。そんなジンにリリンは少しむっとする。
「ちょっとは反応しなさいよ。面白くないわね。もう少し別の表情とかできないの?いっつも同じような顔してるわよ。」
「そんなのは俺の勝手だろ。」
「あんたって昔からそんな感じなわけ?もっと笑いなさいよ。私、よく考えたらあんたが笑ったとこ見たことないんだけど。」
リリンがジッとジンの顔を見つめる。もっとこの少年のことを知りたい。リリンの心の底にはそんな感情があった。
その吸い込まれそうな青い瞳はとても澄んでおり、ジンはそれに少し魅入ってしまう。だが、ハッと我に帰る。
「……近い。少し離れろ。」
ジンの方へと近づけて来たリリンの顔を引き離す。それは気に触るというよりかは照れ隠しに近いものだったが、リリンはそれには気づいていない。
「むぐっ……なにすんのよ!?」
「お前がこっちに急に顔を近づけて来たからだろう。」
「だからって急に押し返すことないじゃない!?」
この2人はどうやっても言い合いになるのだろうか?言い合いといってもリリンの言葉をジンが軽く受け流しているだけなのだが、この2人らしいといえばこの2人らしい。
なんなのよ!人がせっかく距離を縮めてやろうとしてるのに!やっぱりこいつ、気にくわない!
リリンの苛立ちは溜まっていくばかりだ。けれどここで怒っても何もならない。そう思ったリリンは怒りを抑える。
「この部屋か…….」
そうこうしている間に2人はアリサがいるはずの部屋の前に着いた。
「まだ言いたいことあるんだけど、今から会う人の前で喧嘩するかにも行けないしね……ジン、失礼なこととか言わないでね!あんたすぐに余計なことを言うから。」
「そんなことは分かっている。それに俺は思ったことをそのまま口に出してるだけだ。相手を侮辱するつもりは全くない。」
扉のドアノブに手をかけるジンに真面目な顔で注意をするリリン。そして、それを聞きいて心外だとばかりに言い返しながら、ジンはドアを開ける。
ーーそこにいたのは1人の女。ブロンドの髪に整った顔立ち、そして見る者を魅了するピンクの瞳。まさに絶世の美女。そこにいるのは紛れもなく、聖王ジークフリードの臣下であるアリサだった。
「あら、お客様が来たようね。いらっしゃい。」
優しく、物腰の柔らかな声が聞こえてくる。アリサは椅子に座り、2人に対して柔和な笑みを浮かべている。
「アリサさん、こんにちは。今日はジンのことよろしくお願いします。ちょっと荒治療ぐらいなら多分大丈夫だと思いますから。ほら、あんたもなんか言いなさいよ。」
「……」
「……?ジン?どうしたの?」
アリサの姿を見、そしてその名前を聞いたジンは驚いたような顔でアリサを見つめている。その口から放たれる言葉は何もなく、リリンの質問にも答えを全く返さない。
「やっぱりあなたなのね……」
アリサの方もそんなことを呟き、黙り込んでしまう。
そうして場面は現在へと戻る。
ーー部屋を覆い尽くす無言の重圧、この中で1人だけ完全に状況を理解できていないリリンは、ただただこの沈黙をどう破るかだけを考えていた。
もう訳がわかんないわよ!どうしてこんなに2人とも喋らない訳?何?何なの?私がおかしいの?私が理解できてないのがいけないの?
沈黙の原因を考えていたリリンだったが、たちまちパニック状態になってしまう。そんな状態の中で『とにかく話しかけよう。』と思ったリリンは口を開こうとする。
「あのーー」
「……悪いが、席を外してくれないか。ここからは俺1人で大丈夫だ。お前は先に宿に帰っていてくれ。」
リリンの声を遮ったのはずっと黙っていたはずのジンの声だった。突然の命令。誰でも驚くだろう。だが、その声には重みがあり、冗談ではないことが伝わってくる。
しかし、リリンも急に帰れと言われて帰るような素直な性格ではない。
「急に何言ってるのよ。私を帰らせたいんだったら、どういうことかちゃんと分かるように説明して。」
「……お前には関係ない。これは俺とそいつの問題だ。だから、お前は早く宿に帰れ。」
真剣な顔をして質問するリリンに対してジンは、一向に事情を話そうとはしない。その態度にリリンの苛立ちが再度溜まっていく。
「なんか今日のあんた、ヘンよジン。どうしたのよ?私にも教えてよ。私たち、仲間でしょ。あんたとアリサさんはどういう関係なの?あんたはなんで驚いてるの?」
いきなり帰れと言われたこともそうだが、お前には関係ないというジンの言葉が少女の心を曇らせ、締め付ける。たとえ、目の前の少年の言葉が自分の為を思って言ってくれていると分かっていても。それは、拒絶の言葉に違いないのだから……
「……お前に話すことはない、お前が俺のことを気にする必要はない。俺とお前は所詮は他人だからな。自分のことは自分でこなす。」
「……っ!?」
それを聞いた時、リリンの中で何かが、弾けた。
「なんで……そんなこと言うのよ……。ジンがそれを優しさで言ってくれてるのは分かる。けど、私はそんなに頼りないの?ジンは私に自分のことを喋るのがそんなに嫌なの?私はもっと……」
言葉にせずにはいられなかった。それは少女が少年をただの仲間以上のものだと思っていたからだった。思っているからこそ、少年にも自分という存在にもっと頼って欲しかったのだ。もっと少年を深く知りたかったのだ。
その悲しげな訴えは確かに少年へと届いた。しかし返ってくる言葉はない。再びの静寂が部屋を包み、まるで時が止まったかのようだ。
「お前は知らない方がいい。」
返って来た言葉はそれだけ。
「ばか……」
リリンの頰に銀色の線が入る。それは紛れもなく、彼女の瞳から溢れた涙だ。涙で潤んだ彼女の瞳は本人の意思とは関係なく、いつにも増して、美しく輝いている。
「おい……」
それを見てジンはしまったと心の中で思ったジンは、急いで彼女へと何か声を掛けようとする。が、
「もういい!!」
「!?」
彼女の口から吐き出されたのは拒絶の言葉。それはジンの心へと深く、深く突き刺さる。それだけで胸に穴が空きそうなほどに。
「もういいよ……ジンの言う通り……だよね……私、先に宿に戻ってるから…….」
そう言い残してリリンは部屋を出て行ってしまう。
声を掛けようにも何も喉から出てこないジンは、そんな自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。
「それが、あなたの考えなのね。それは彼女に自分のことを知られたくないから?知られて、彼女に余計な心配をかけたくないから?それとも……彼女の前ではただの剣士を演じていたいから?」
先ほどまで黙って2人のやり取りを聞いていたアリサが、閉じていた口をゆっくりと開き、その柔らかな声で質問を投げかける。
「あいつを1人にはしておけない……手短に済ますぞ。アリサ……」
リリンのことを一旦頭の片隅へと追いやり、目の前の女をまっすぐと見つめるジン。そう、かつて共に同じ場所で、同じ師の元で育った友をまっすぐと見つめるのだったーー
ーー「今日も、素晴らしい〜1日を目指して頑張りますかね〜」
国の城下町にある、とある店の前、店主のレギアスは、いつも通りのひょうきんな口調で高らかに独り言を言っている。しかし、これは彼にとっては当たり前の1日だ。
だが、そんな彼の1日は、思わぬ来客によって変化を迎えるのだった。
「店長!お客様です!お店のじゃなくて、店長個人のです!」
少し離れたところから、小さな女の子の明るい声が聞こえてくる。これは間違いなく、この店の従業員であるロアの声である。
「なんと!!私に客人が!?素晴らしい〜〜!!!!通しなさい!ロア!」
レギアスは意気揚々とロアへと返事を返す。
「相変わらず、ヘンテコな喋り方してんな。その口調。直したらどうなんだレギアス?胡散臭いぜ。」
「おやおや、これはこれは、珍しいお客様ですね。」
返って来たのは、ロアの声ではなく、男の声だった。レギアスが目を向けた先、立っていたのは1人の男。聖王 ジークフリードである。今しがた城を抜けて、こちらへ来たようだ。
「お前に話がある。ちょっと顔貸せよ。」
「あっしの相談料は高くつきますよ。」
そう言って2人の男は店の奥へと姿を消したのだった。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる…………
運命は廻り始めた。




