第11話:聖王の問答
赤竜の国《ウェルシュ》、その中心に大きくそびえ立つ王城《ディアリス城》。
ウェルシュが建国された当初から存在する。100年も前に建てられた古城だが、その王城たる威厳は当初のままであり、戦争時代に増築された練武場や兵器庫などもそのまま残されている。その姿はこの国のシンボルにして赤き聖王ジークフリード・バーンハートの住まう場所として各国に知れ渡っている。
その古き良き古城の凱門のまえに2人の人物が近づいてきていた。2人は城の練武場に出入りしているような兵士ではないし、ここに住まう王族などとも違う、只の冒険者と剣士だ。1人は息を切らし、1人は冷静に凱門を見つめている。2人はとある要件でこの城に来ていた。その要件とはもちろんこの国の精鋭で聖王の臣下のアルトとの手合わせのことだ。
「なんとか時間には間に合ったようだな。城に招待してもらっておいて遅刻するなんて聖王へ喧嘩をあるようなものだからな。」
たどり着いた城門の前でそのような言葉を口にするジン。
そしてその後ろにいるのは城下町を疾走するジンになんとかついてきたリリンだ。しかしその呼吸は乱れに乱れており、ジンがどれだけ速かったのかを物語っている。
「はぁはぁ……あんた、もう少し女性にペースを合わせようって気がないの?猛スピードで城下町を通り過ぎてくあんたを見失わなかったことに自分でもびっくりよ。」
息も絶え絶えに言葉を紡ぎ出すリリン。その顔にはジンへの怒りの感情が少し浮かんでいる。そんなリリンを見て冷静な顔で
「別に俺のペースに合わせる必要は全然なかったんだがな。手合わせをする予定の俺が時間に遅れるのは駄目だが、そうじゃないお前は少し遅れても別段問題はないだろ?」
と言葉をかけるジン。今更言うなという話だが、そんなことは気にせず城の中へと入って行く。その背中を睨みつけながら、リリンもジンの後ろをついていく。
ーー中に入った2人が通されたのはのは豪華な装飾のされた部屋。2人の目の前にいるのは赤い玉座に座る1人の男。聖王ジークフリード・バーンハートその人だ。ジークフリードは眠たそうに欠伸をしている。その姿には王の威厳は感じられない。何も知らない者がこの状態を見ればまず王とは思わないだろう。それほどまでにだらしない雰囲気が今のジークフリードには漂っている。
「ジークさん、客人の前なんだからそういうだらしないことは慎んでください。王としてだけでは無く、国の品位にも関わります。」
玉座の横にいた髪が鳥の巣のようにぼさぼさの男、臣下のライアスがそう言ってジークフリードへ注意をする。当の本人はその言葉を煩わしそうに聞きながらリリン達の方に目を向ける。
「よく来たな。嬢ちゃんににいちゃん歓迎するぜ。俺は少し仕事のやり過ぎで眠たいが、アルトの方は完全に準備万端だぜ。にいちゃんもやる気充分って感じだし、いい勝負になるといいな。」
「この度の聖王様のご厚意、感謝の限りでございます。この剣士ジン・マクレイン、必ず聖王様の期待に応えられるように尽力させていただきます。」
ジークフリードに向けて膝をつき、頭を下げて感謝の言葉を伝えるジン。その目は戦いへの覚悟で満ち溢れていた。必ず勝つ。そう彼の瞳が訴えかけてくるようだ。
「だからそういう硬いのは無しにしようぜ。今日は俺も楽しみにしてるからよ。俺が寝る間も惜しんで仕事を終わらせてよかったって思える勝負にしてくれ。」
「頑張ってねジン。私も応援してるわ。なにせ一緒に旅をする仲間が王国の精鋭に勝ったってなったら、私が将来書くつもりの冒険譚にも箔がつくからね。」
ジークフリードとリリンがそれぞれジンへと激励の言葉をかける。それを聞いたジンは心の内の覚悟をより一層強くする。
俺はもっと強くなる。この勝負はその為の一歩だ。
「さてさて、応援の言葉はここまでにして、にいちゃんは色々と準備も必要だろうから先に王国騎士の使う練武場の方へ行ってな。おい、ライラス案内してやれ。」
「分かりましたジークさん。あとであなたもちゃんと来てくださいよ。あなたが勝負の開始を宣言する役割なんですからね。」
そんな呼びかけをジークフリードに残してジンと共にライラスは部屋から出て行く。
ーー部屋に残っているのはジークフリードとリリンだ。聖王と2人きりという状況はなかなかにあるものではないだろう。リリンも珍しく緊張しているようだ。
「え、えっと、私も一緒に練武場に行ってようかな〜。」
場の空気に耐えられなくなったリリンが退室を試みようとする。だが、その試みはジークフリードの発言によって阻まれる。
「まぁそう言うなって嬢ちゃん。勝負までは少し時間があるからよ、ちょっとお話ししようぜ。なんで冒険家になったとか聞いてみたいな。」
「理由ですか……。」
突然の質問に戸惑いながらもそれに答えようと、伝える言葉を考えようとする。
だが、いざ言葉にしようとすると意外と難しいものだ。案外言葉が思い浮かばない。
「小さい頃からの憧れだったからでしょうか。私が8歳の時に故郷に来た冒険家のおじさんがいっぱい冒険の話をしてくれたんです。それで、えっと、なんていうか羨ましいって思ったんです。人にこんな心が踊るような話を伝えられることが。」
「なるほどな。子供の時の憧れに自分もなろうとする。嬢ちゃんもなかなか良い青春してんな〜。羨ましいぜ。」
そんなジークフリードの羨望にふととある質問が浮かぶ。
しかし相手は聖王だ、勝手な発言などしてはいけないだろう。などと色々考えている様子からリリンの考えを察するジークフリード。
「なんだ?質問があるならしてもいいぜ。嬢ちゃんだけに答えさせるのは平等じゃないからな。ほらほら、なんでも聞いてくれ。」
「じゃ、じゃあ……。昨日、衛兵の人から聞いたんですけど、聖王様って元は兵士だったんですよね。なんだ王様になろうと思ったんですか?仕事が嫌なら王様にならなくても兵団の団長とかでもよかったんじゃ……。」
ジークフリードからの了承を得たリリンが恐る恐る質問を口にする。頭の中でこの質問で激昂などしないだろうと信じながら震える口元を開く。
「……なるほどな。まぁ、先代の王が自殺したせいでその一族が信頼されなくなったからとか、王に推薦されたからだとか色々と理由はあるが、手短な話でいうとそういう契約を交わしたんだよ。死神とな……。」
「死神……?」
ジークフリードの口から出た聞き慣れない言葉に咄嗟に反応するリリン。確かに今ジークフリードは『死神』と言った。そう思いながら頭の中を整理する。ここで出た『死神』とは何かの比喩だろうか?それともそのままの意味なのだろうか?だが、いくら考えても答えは出てこない。
「さて次は俺の質問だ。嬢ちゃんとあのにいちゃんはどういう関係だ。恋仲ってわけでもなさそうだが、普通の同行者って感じでもないな。どういう経緯で一緒に旅をしてるんだ?」
「私とジンは……前にいた都で出会ったんです。その都で色々と事件?が起きてその時ジンに私のことを守ってやるって言われてそれで一緒に旅をすることに。」
恋仲という単語に少し反応しながらも的確な言葉を選んでジークフリードへと伝える。だが、本当にそれだけだろうか?自分の言葉にそう疑念を覚える。
私はジンのことをどう思ってるんだろう。
ジンはリリンを守るべき者として常に接している。言動はそうは思わせないが、彼なりに頑張ってはいるのだ。
だが、リリンはそんな彼をどういう風に見ているのだろうか。普通の仲間という意識ではない。ジンという存在はリリンの心の中で同行者や用心棒というようなものとは隔離されたものになっている。しかしそれが何なのかが分からない。頭の中で疑念だけが巡り続ける。
「何かお考えのようだな。嬢ちゃん、人ってのは分からないことはそのまま考えても分かんないもんだぜ。もっと周囲からその疑問の答えについてのヒントを探すんだ。そうじゃなきゃ疑問なんてのは解けねぇ。俺の持論だけどな。」
「ヒント……ですか。聖王様は臣下の人達をどう思ってるんですか?他の国の兵士や国民の人達とは違う風に考えてますか?」
ジークフリードの言葉を受けて、そのヒントを得る為の質問をジークフリードへと向ける。失礼なのは百も承知だが、どうしても聞かずにはいられなかった。
「俺はこの国の兵士も国民も全てを大切にしている。二度と戦争の火をこの国で起こすことはしない。それが俺の王としての務めだ。臣下はその務めを果たす為の俺の剣であり、そして俺の心の在りどころだ。赤竜の国の聖王としてではなく、ジークフリード・バーンハートという1人の男としての心の支えだ。俺の一部と言っていい。他の誰にも変わりは出来ない。俺にとって臣下はそういう存在なんだ。」
「……」
リリンは黙ってジークフリードの目を見ることしかできない。
その赤みがかった瞳には先ほどまでのだらしなさは欠片ほども残ってはいなかった。1人の王、いや、聖王と世界に言わしめるほどの熱き魂と気高き意志、そして本当に国を一心に愛す心をその目に宿している。
その目には何が写っているのだろうか?きっとそれは彼と彼の一部である臣下にしか分からないのだろう。
私がジンに持っているこの気持ちもそういうものなのかな?
ジークフリードの言葉を聞いても答えは出ない。しかしリリンは暗かった闇に少しだけ光が差したような感覚を感じていた。もう少しで何かがわかりそうな気がする。そんな感じだ。
「質問に答えて頂き有難うございます。感謝の言葉しかありません。」
「まぁ、こんな話でも参考になったらなによりだぜ。」
ジークフリードは満足そうに頷く。自分の胸の内を人に語ることができて満足だという感じだろうか。その目は先程までの雰囲気に戻っている。
次はどんな質問をされるのかとリリンが思っていると、1人の女性の声が聞こえてくる。
「お話はお済みですかジーク様。そろそろ勝負の時間になりますが……そろそろ練武場の方へと向かった方がよろしいのでは?」
物腰の柔らかな口調で喋る女性はブロンドの髪が見る人を誘うかなりの美女だった。その瞳は淡いピンク色を帯びており、リリンの青く澄んだ瞳にも負けない美しさだった。ジークフリードやアルトと同じ軍服のような衣装に身を包み、下にはスカートを履いている。
「アリサか。嬢ちゃんとの話が凄く盛り上がってな。そろそろ行こうかと思ってたところだ。それよりもお前は行かなくていいのか?」
「私には他にやる事がありますので。仕事の多さはジーク様にも負けない自信がありますから。」
アリサと呼ばれた女性は少しだけ微笑みながらその髪をなびかせる。大抵の男ならその仕草で彼女にメロメロになるだろう。女であるリリンも少しキュンときたほどだ。
「俺の大切な臣下様は今日も大変だな〜。本当にお前の働きっぷりには頭が下がるよ。たまには息抜きをした方がいいんじゃ無いか?」
「ジーク様はいつも仕事を休みサボりすぎだと思いますが?それはそうと、急いだ方が良いですよ。もうすぐ準備が終わるそうなので。」
アリサはそんな皮肉を返すと共に、ジークフリードへ早く練武場へ行くように促す。
「そういえば、まだ紹介してなかったな。こいつの名前はアリサ、アルトやライラスと同じで俺の臣下だ。俺の臣下はこの三人だ。アリサには他の国との外交をやってもらってる。」
ジークフリードはアリサの美しさに目を奪われているリリンにアリサのことを分かりやすく説明する。
「じゃあそろそろ行くとするか。嬢ちゃんも来るだろ?場所も分かんないだろうから案内するぜ。どっちが勝つか楽しみだ。」
そう言って玉座から立ち、部屋を出ようとする。リリンも失礼のないようジークフリードの従者のように少し距離を開けてその後に続く。
ーー部屋を出た先にあったのは壁に優雅な装飾の施された廊下。やはり古城といっても、国のシンボルとして内面も少しは綺麗にされているらしい。
「そういえばあのにいちゃんがどんくらい強いのか全然知らないんだが、どうなんだ?アルトとどっちの方が強いと思う?」
「アルトさんがどのくらい強いかわからないですけど……ジンは強いですよ。前にいた都でも一、ニを争う強さでしたし。」
そう言いながらノーグレスであったあの死闘のことを思い出す。
リリンのサポートがあったといえ、毒蜥蜴を倒した後にアランとも連戦し、魔法も使わずに途中までは剣技だけで互角に戦っていた。そう思うとやはりジンという剣士は相当の腕前なのだろう。その実力は王国の精鋭にも負けていないとリリンは思う。
「始まって見ないと分かりませんけど、きっと勝つと思います。だってあいつ、意外と負けず嫌いですから。」
「負けず嫌いね。それはアルトの奴も同じだぜ。それにあいつは王国一の努力家だ。だからあいつは王国兵団の団長になったし、俺はあいつを臣下に選んだんだ。」
そう語るジークフリードの目はとても自信満々だ。きっと彼も自分の臣下が勝つと疑ってないのだろう。それほどに彼と臣下の間には深い絆の糸があるのだ。
そんな会話をしている内に一つの扉の前に着いた。中からは多くの声が聞こえる。
「おっと、そんなことを言ってる間に着いたな。さぁ嬢ちゃんここが練武場だ。多分もう国の兵士達が見物に来ているからはぐれないようにな。」
ジークフリードはそう言って扉を開け放つ。
「うわぁ……凄い。」
扉の先で2人を待っていたのは多くの兵士達。修練に励んでいる者もいれば、これから鍛錬をしようと準備をしている者もいる。練武場はかなりの広さで詰めれば1万人は人が入りそうだ。
「そろそろ時間の筈なんだけど、全然準備ができてないじゃねぇか。まだ訓練している奴もいるし、まだだったか?」
大勢の兵士を見たジークフリードが不思議な顔でそんなことを言っていると、1人の男がジークフリードの元へ走って来る。ライラスだ。
「ジークさん、やっと来たんですか。はやくみんなに事情を説明してください!」
焦った顔でジークフリードに迫るライラス。しかしジークフリードの方は話の内容がよく分かっていない様子でライラスの顔をぽかーんと見ている。
「何のことだ?事情って手合わせのことか?それはお前がみんなに知らせたんじゃなかったのかよライラス。」
「忘れたんですか?ジークさんがこの勝負を盛り上げたいとかでみんなには自分で知らせるって言ってたじゃないですか!その様子だと忘れてましたね!?」
「あっ……忘れてた。仕事が終わったあとで言うつもりだったんだが、すごく眠くなってな。」
その言葉にライラスはため息しか出てこないようだ。だが、それにはもう慣れたといった感じで、ジークフリードにすぐさま兵士達に今日のことを知らせるように指示を出すと、鍛錬をしている兵士達に向かって聖王の入場を知らせる。
「聖王様が!?」
「どうしてここに!?」
「我々に稽古をつけてくれるのか!?」
突然の聖王の登場に驚きの隠せない兵士達。ジークフリードはそんな兵士の目の前に立ち、ごほんと咳払いをすると、今回の事情について大声で説明する。
「突然のことで申し訳ないが、今日のこの場で1人の勇敢な旅の剣士と、俺の臣下で、お前らの団長のアルトが手合わせを行うことになった。よって、今からこの練武場での鍛錬を中止し、勝負を観戦するか他の場所で鍛錬を貰いたい!!みんな、報告が遅れてしまい本当に申し訳ない。」
ジークフリードは深々と頭を下げる。一国の王としてこのように簡単に頭を下げて良いのかと疑問に思うところも有るが、変に王様ぶらないところが彼らしいとも言える。
「何だよそれならそうと、早く言っといてくださいよー」
「全くしょうがないですね。」
「分かりました。聖王様の指示に従います。」
そんな彼の謝罪を聞いた兵士達は笑いながらその言葉を受け入れている。鍛錬を急遽中止にするなど、普通なら反感を買ってもおかしくないというのに誰も文句を言わない。これが彼の人徳のなす業ということだろうか。
ーージークフリードの指示を聞いた兵士達は勝負を観戦するために練武場を取り囲むように円になったり、他の場所で鍛錬を続けようと退室するなどした。
そうして、練武場の中心には大きな空洞ができており、2人が戦うのにちょうど良いスペースが出来上がっていた。
そしてその中心にいるのは2人の男。赤髪の剣士と金髪の兵団長だ。ジンは訓練用の片手用の木刀を持ち、アルトの方は両刃の大剣を模した作りの木刀を握っている。どうやら各々が万全な装備で臨んでいるらしい。
それにしてもこの観戦の目の多さは凄まじい。これほどの注目に晒されれば緊張で動きが鈍ってしまうのではないか。そんなことを考えているリリン。
だが、その心配は2人を見た瞬間に杞憂に終わる。2人は共に力強く剣を握っており、その目はこれから刃を交わす相手の方を熱く燃えるような眼差しでしっかりと見つめている。
そんな2人の間に立つジークフリードが2人の顔を見つめた後に、周りの全員に聞こえるように高らかに叫ぶ。
「今日、この場所で剣を交えるのは、俺の臣下の1人にして、この国の兵団長のアルト・レストラード、そして始まりの都《ノーグレス》から来た剣士のジン・マクレインだ!そして、今からこの勝負の開始の宣言を聖王ジークフリード・バーンハートの名において行う!」
ジークフリードの叫びに周りの兵士達は大きな歓声と拍手で応える。すでに周りの者のボルテージは最高潮まで上がりきっているようだ。収まることのない熱気が練武場を包み込んでいる。
「それではこれより、勝負、開始!!!」
その宣言を聞くのが早いか、2人は同時に相手に向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。まるで自らの魂をそのまま衝突させるように。練武場には木刀が衝突する音が響き渡る。上がっていた歓声は止まり、周りの者は2人の動きをただ何も言わずに見ている。そして木刀の打ち合う音だけが響く。
ーー熱き戦いが始まったのだと言わんばかりに。




