1-5
時はライアが腕の中にサラを抱いていた際に、北門からの知らせがもたらされた所にまで遡る。
「まあ、大変!」
知らせを聞いたサラはスルリとライアの腕の中から抜けると、ライアが温もりが消えた事を残念がっている内に、テテテテと北門の方向に向かって駆けて行ってしまった。
『……は?』
あまりの事にその場にいた一同の動きが固まる。最も早く復帰したのはサラの護衛、カリンだった。
「ば、馬鹿っ。戻れ、また先に行くなーってああもう止まらない、あーもう!」
カリンは最初にサラに呼びかけたものの彼女に止まる様子が無い事に頭を掻きむしると、彼女の後を追っていった。カリンの言葉を聞いていると、このサラの独断専行は初めてのことではないらしいとライアは気が付いた。
たまたま訪れたタイミングだったとは言え、サラ達には街の防衛に加わる義務はない。勿論聖神教関係者として無視するのは体裁が悪いだろうから何かしらのアクションはするだろうとは思っていたが、それにしたところでカリンに命令する程度だとライアは思っていたのだ。
それが率先して駆け出して、むしろ護衛のカリンの方が止めようと走り出している。ライアにとっては少々予想外のことであった。
「ったく、随分とアクティブな嬢ちゃんだな」
同じく固まっていたクロウが首を振る。が、その口元がにやけているのを見ると面白がっているのであろう事が透けて見える。近くにいるアロンゾが目元を揉んでいるのは、クロウの言動というよりもサラの軽挙妄動に見える行動について思う所があるからだろう。
その場には他にディラーグや街の理事長もいたが、特に行動はせずにサラの行動を見守るスタンスにしたようだった。降ってわいた災難だけに、何をするのかが分からないのかもしれないが、少なくとも大人としてあんな年端も行かない少女達に任せてしまうのはさすがにどうなのだろうかとライアは思ってしまった。
とは言え、ライア自身も動きはしなかった。理由は単純で、お金の問題である。
自分の腕を安売りしない、というのはライアがギルドで働いている時の鉄則である。事実として過去にはなし崩し的に良いように使われた経験もある事から、報酬が出る事がキッチリ決まっていない限りは動かない事にしているのだ。
それはアロンゾはともかくとしてクロウも同じだろうなと思いつつ視線を送ると、彼が北門に向けサラ達の後を追って歩き出そうとしている所だった。そんな彼の行動をとがめたのはライアではなくアロンゾだった。
「待ちなさい。どこに行くのですか?」
「決まってんだろ。見物だよ。あの嬢ちゃん達がどう対応するのか、見たくねぇか?」
「……悪趣味ですよ。助けに行くのではないのですか?」
「だって金の話してねーだろ」
言い方はともかくとして、クロウの言い分はライアには分かりやすかった。面白そうだからと見物するという発想は無かったが。そうこうしている内に、どうやらアロンゾもまたついていく事になったらしい。彼の事は詳しく知らないが、どうやら聖神教関係者らしいから、助けに向かうというのも分からないではない事ではあった。
自分にはついていく理由は無いと思っていたライアだったが、そんな彼女に声を掛けてきたのはクロウだった。
「ねーちゃんは行かねーのか?」
「は? あたいが? さっきお前さんも言ってただろ。報酬の話してないだろうが」
「助けるかはともかく、見ものだとは思わねーか? それにあいつらは聖王候補だろ。良い金づる――クライアントになってくれるかも?」
途中で言い直したのはアロンゾにジロリと睨まれたからであるようだったが、言わんとするところはライアには分かった。
少なくとも支払いの踏み倒しをするような輩ではないだろうというのはライアにも理解できたからだ。もしすれば聖王候補としての名前に傷がついてしまう為、踏み倒したくても出来ないというのが正しい。が、そこらの木っ端商人とは違って、確実に支払ってもらえる相手であるというのは確かだとライアも思った。
「……しかたないね」
少し考えて、先ほどまで腕の中にいた少女が見上げる顔を思い出したライアは、結局彼らについていく事にした。報酬の話は別としても、確かにサラ達をこのまま放っておくのも後味が悪いと思ったからだ。
と、それほど急いでいなかった三人だったが、唐突に向かう先から女性の悲鳴が聞こえた事で顔を見合わせた。カリンの声だった、というのに気づいた三人はやや足を速めて現場に到着した。
そこで見たのはへたり込んだ少年を結界で守るサラ、そしてその近くで剣を取り落としているカリンと、そこに迫りくるゾンビ達だった。
そう、ゾンビ達である。
いつの間にかゾンビは5,6匹にまで増えていた。どうやらサラの結界を侵す事はできないようであったが、それを迂回して街へ向かおうとしているのが見て取れた。
サラがそれらをカバーしようと動いていないところを見ると、どうやらサラの結界は一度張ると動けないのだな、とライアは気が付いた。
「おいおい」
クロウが顔を顰めているその視線の先を見ると、一匹のゾンビが少しずつカリンに近づいていた。が、それでもカリンは動けていない。それどころか口元に手をやり、なにやら嘔いているように見えた。
(ああ、初めてゾンビを見たのか)
カリンの様子からライアは何となく事情を察した。カリンの戦闘力は知らないが、学生気分が抜け切れていないのは少し接触しただけでも分かっていた。それでいてゾンビの醜悪なビジュアルと悪臭に襲われたのだ。まだ新人すぎる彼女にはきつかったのだろうな、とは察せてしまったのだ。
勿論、"甘い"と言う事はできるし、実際ライアとしてはこれでカリンが怪我をしてしまっても"自己責任だ"としか思えない。
(いや、もしかしたら、むしろ少し怪我をしてもらって、そこを助けた方が後で契約する際の報酬の額が上がるか?)
心の中でそう考えてしまう自分を"薄情である"と戒めるような言葉はライアの中には無かった。一度戦場に立てば自分を最終的に救えるのは自分だけだと思っていたし、なによりカリンは戦う者として戦場に自ら飛び込んだのだ。であれば報酬もなしにそれを助ける義理はないと考えるのがライアだった。
が、男二人はそこまで割り切れなかったようだ。まずアロンゾが動き出したが、それを追い抜くようにクロウが走り出したのはライアにも意外だった。
「ああ、もう見てらんねぇ!」
そう叫んでクロウはカリンの目の前にいたゾンビの首を掻き切り、頭部を落としていた。次いで、アロンゾが別のゾンビをいつのまにか抜いていた剣により切り捨て、上半身を切り飛ばしていた。
いつの間にか始まり巻き込まれてしまった戦闘に、ライアは"いやでもあたいは関係ないし"と一歩後ろに引こうとした。
その時だった。
クロウとアロンゾによる戦闘音に気付いたのか、サラが後ろを向いた。そしてその無垢な視線がライアにも向けられる。その純真な目に晒されたライアは――。
「ああ、畜生!」
ここで見捨てた時のあまりの心証の悪さにさすがに動かざるを得ないと考え、頭を掻きむしって悪態をつきながらも、ライアもまた戦場に足を踏み入れた。
***
専属護衛であるカリンが剣を取り落として固まってしまい、そして更に他にもゾンビがわらわらと現れるようになってしまった状況でサラは――困っていた。
(あらまあ、どうしましょう)
正直な事を言えば、サラはゾンビを見た時にはカリンでも対応できると感じていた。サラとてカリンの事をこの世で最強の人物だと思っていた訳ではない。それどころか護衛の経験も少なく直前の経歴は学生だと言う事も知っていた為、そこまで戦闘力と言う意味では高くないのではないかという覚悟はしていた。
しかしそれでもゴブリン等を倒して来た経験から、これくらいの強さの敵ならば大丈夫そうだという目安までつき始めていた。その意味で言えばサラから見ればゾンビは動きも俊敏ではなく、むしろ鈍重に見えた為に、過去のカリンの剣術を思い起こせばこれくらいは大丈夫だという計算もしていた。
それ故に、まさか戦う前に戦闘不能になってしまう事は想定外だった。
勿論サラもゾンビの外見には嫌悪を抱く。だがその悪臭という点では生まれ育ったスラムではたまに嗅いだことがある臭いだったので、カリンほどの忌避感が無かったのだ。その意味ではカリンの方がよっぽど純粋培養されたお嬢様だったという事になる。
ただ臭いや外見に多少耐性があると言っても、サラには剣を振るうような術はない。体力作りと称して運動はしているが、そこで培ったものが生死をかけた戦いで敵を倒す決定打になるとは流石のサラも考えていない。
結局サラに出来る事は<聖域>を使う事だけなのだ。敵の攻撃から身を守る事はできても、こちらからの攻撃ができなければどうしようもない。
そうこう考えている内に、ゾンビ達はサラの結界を破る事は諦めたのか迂回する形で街の方向へ向かい始めた。
これにはサラも更に困ってしまった。街を守ると勢い勇んできたのに、全く役に立たない事になってしまうからだ。
そういう思考をしながらも、サラは自身と少年、そしてカリンの身についての心配はしていなかった。守るべき対象として数えていなかった訳ではない。むしろ、その三人の身だけであれば簡単に守れると考えていたのである。
サラの<聖域>は込める魔力の強さによって効果範囲を変える事もできる。その為、カリンを守る為だけならば彼女を内側に取り込める程に結界を大きくしてしまえば良いだけなのだ。
だが当然大きい結界は大量の魔力を消費するし、そして三人の身をいつまでも守ったところで、街の防衛が成功する訳でも無い。サラの魔力ではさすがに、街全体を覆う程の結界を張る事等できないのだから。
(うーんどうしましょう)
サラがいよいよ本気で困り、とりあえずはカリンの身の安全を守る為に彼女を<聖域>の結界内に取り込もうとしたところだった。
「ああ、もう見てらんねぇ!」
そんな声と共にいつの間にか街の方向から来たクロウがゾンビとカリンの間に割って入り、手にしている短剣であっさりゾンビの首をえぐり、切り落としてしまった。そしてゾンビが倒れる前にその胸を蹴飛ばして距離を取り、油断なく辺りを見ていた。
首を切り落とされたゾンビの身体はわずかにピクピクと痙攣していたが、すぐに動かなくなった。更にはゾンビの身体に取り付いていた霊的な何かが肉体にしがみつくことが出来ずに引きはがされていくのがサラには分かった。
と、今度はまた別のゾンビにアロンゾが切りかかっているのにサラは気が付いた。
取り出された剣は白をベースにしてところどころ金の帯が入っており、使い込んだ風格は漂っているものの綺麗に手入れされているようだった。そしてアロンゾが振るう剣術はサラにも見覚えがあった。カリンが身に着けている剣術と同じで、聖王都セレストに伝統的に伝わっている剣術であった。
だが習っているものは同じでも、その練度もレベルも違う、と言う事はサラも見ていて納得せざるを得なかった。剣を振り上げ、振り下ろす。言ってしまえばただそれだけである。だがサラの記憶にあるカリンの動作は、振り上げた剣に思いっきり力を込めて振り下ろしているように見えた。だがアロンゾのそれは力を込めたようにすら見えず、ただゆっくり持ち上げたものを俊敏に振り下ろしただけのようだった。
そんな、力がこもっていないように見える一振りであったが、ゾンビの肩口から入った剣はさほど抵抗を感じさせないように腰の辺りまでを流れ落ち、そしてその線をなぞる様にゾンビの上半身がズレ落ちていった。
そんなアロンゾの後ろを見ると、そこにはさらに妙齢の女性であるライアの姿もあった。
彼女を見たサラの視線をどう解釈したのか、ライアもまた何かを呟いたかと思うと憎々しげに頭を掻きまわしながら、こちらの方に歩んできた。
少し近づいてきたライアが何かを唱えながら、右掌を足元に叩きつける。と、そこから魔力が伸び、サラの結界の先にいるゾンビの近くにまで届くと、そこで広がる。数瞬の後、サラの目の前で、ライアの魔力が伸びた先の地面から土や岩を材料とした何かが立ち上がっていく。
そこに出来上がったのは、2,3m程の体長をもつ岩で出来た人型すなわちゴーレムであった。物質操作系魔法<岩人形操作>。地面からライアの指示を受けた岩人形は静かに右腕を振り下ろすと、それを水平に振ってゴーレムの目の前にいたゾンビを跳ね飛ばした。
2,3m程の巨体を持つ岩人形の腕の一振りで飛ばされたゾンビは、そのまま岩にビタンと打ち付けられ、そのまま四散。頭部は元より四肢もそれぞれにちぎれ飛んでしまい、大量の血の跡を残した岩の足元には、すっかり破壊しつくされたゾンビの残骸が転がっていた。
(お三方とも――強い!)
それが三人の実力を見た、サラの率直な感想であった。
そのまま三人は残ったゾンビも同様に倒してしまい、三人が到着してからはすぐさまゾンビは駆逐されてしまった。
それを確認できたサラは<聖域>を解除すると――パチパチパチと彼女なりの盛大な拍手を送った。
「お三方とも強いです、凄いです! ワタクシ感動しました!」
サラからすると混じりけもない感動からの称賛であった。
が。
ゾンビを倒しもういないのを確認していた三人は振り返ると、眼を輝かせながらパチパチと無邪気に拍手を送るサラと、その近くで未だにえずいているカリンを白い目で見比べたかと思うと、ハァとため息をついた。
「?」
そのため息の意味も分からず、サラはただ首を傾げた。




