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逆恨みをされたな、と言いつつ近づいてきたのは一人の青年だった。
年のころはまだ若く20才前後だろうか。肌は綺麗そうに見えるものの、サラを混乱させたのはまばらに生えている無精ひげだった。それなりの高身長に見えるが、その全身を白のターバンとマントで覆っている。また白とは述べたがそれは新品だった頃の話で、今となっては埃にまみれて汚れて茶色く色づいてしまっている。良く言えば旅慣れた装備と言えない事も無い。
そんな彼は今回の奉仕でもらったであろう皿を持ち、匙で掬っては口に運んでいたがその口ぶりは軽薄に聞こえたし、何よりニヤついて見えた事から言葉を選ばなければチンピラに見える為、サラの傍らにいたカリンは嫌悪と警戒の表情を隠しもしなかった。
が、カリンの警戒など気にしないかのように、サラは普通に話しかけてしまう。
「逆恨み、ですか?」
「おうよ。飯を配ってる奴を恨むなんてそう言う事だろ」
「よく分かりません。自分も配りたかったのに私達が配ってしまって配れなくなってしまったとか、そういう?」
「ブハッ、なんだそりゃ。善行同士でぶつかってるってのか?」
面白い事を言う、と笑ってしまっている青年だったが、サラにとっては真面目に考えた結果である。
例えば自分が悪い事をしたならば、それに対して怒ったり恨みを持ったりする人がいるのはサラにも理解できる。その考えの延長で言うならば、サラの奉仕つまり今回で言えばスープを配る事が彼にとっての悪行という事になる。が、周りの人達を見ると喜んでいる人がいるのだから悪行ではないだろうとサラは整理した。となると彼にとってだけの悪行となるわけだから、そうなると彼のしたかったことを邪魔したからそれを悪く言われたのだ、と考えるのは自然の流れとサラは考えていた。
しかし目の前の青年は目の端に涙すら浮かべて笑っているのだから、どうやらそう言う事では無いらしいと気づくくらいはサラにもできた。
自分ではどうにも分からないので、サラは傍らのカリンを見上げる。
「カリンはどう思います? 彼はなんで怒ってたんでしょうか?」
「え? いや、そんなのはあいつがそういう奴だからですよ」
「そういう奴、とは?」
「何にでも難癖をつけたがる奴というのはいるものです。あれはそういう手合いでしょうから、考えるだけ無駄ですよ」
自分達の行いを邪魔したあの少年は悪者である、という単純な理屈をカリンは口にした。悪者の言う事など真面目に考えるだけ無駄だから考えない方が良い、というカリンの考え方は分からないではないが、少なくとも今回のケースにおいては違うのではないかとサラは首を傾げた。
「ああ違う違う。まぁそういう奴もいるがな、そういう輩はもうちょっと捻くれてるもんだ。あいつはそう言うんじゃなくて、もっと素直というか子供っぽく見えたがな」
「子供だと怒るのですか? 皆さん結構喜んでくださってましたが」
「そうじゃなくて、例えばそうだな……お前さん、あいつに見覚えはないか?」
「え?」
「この聖神教の施しがどうというよりも、嬢ちゃん個人に思うところがありそうだったがな」
青年の言葉になるほどと思いつつも、しかし身に覚えもない。が、言われてみればどこかで見覚えがあるような? とサラが考えている横で、自説を否定されたカリンが青年に食って掛かっていた。
「偉そうに言う。そういうお前は誰なんだ」
「俺はクロウ。まあ旅人だよ。――チンピラって思ってくれても良いぜ?」
クロウが最後にチンピラと付け加えたのはカリンの表情があまりにも胡散臭い者を見るように自分を見ていたからだ。つまりただの揶揄いである。それに気づいたカリンはますます眉を吊り上げた。
「クロウ? カラスか? 偽名臭くて怪しすぎるぞ」
「おいおい、ただ名乗っただけなのにその扱い。さすがにこの怒られは理不尽じゃないかな、嬢ちゃん?」
カリンから詰め寄られたが意に介す事無く、むしろ楽しそうにクロウはサラに水を向けた。そう言われればサラとて、カリンを窘める側に回らざるを得ない。
「ええ、それは確かにそうですが――」
「――お嬢さんのせいにするのは止めなさい。貴方の言う事が胡散臭いからですよ」
サラの言葉を遮るように、老人の声がクロウに向かって放たれた。
***
声を掛けて来た声の方を見たサラは、クロウと話していた以上に首を上に向ける事になった。
クロウも長身だと思ったが、この老人は更に背が高い。フードが付いたコートはやや旅での使用感は見えるが、それでもクロウの服装と違って清潔感があるように見えるのは、ちゃんとした手入れをしているからなのかもしれない。顎には豊かな髭を蓄えており、それも髪も真っ白でありここにも清潔感があった。顔には年齢なりの皺が刻まれ、眼が悪いのか小さな眼鏡をかけていたが、その背筋はピンと伸びておりこれがクロウよりも背が高く見える理由かとサラは思った。
傍らには白馬が佇んでおり、老人の手にはその手綱が握られていた。
その老人は、クロウに向けてやや厳しい目を向けていた。
「そちらのお嬢さんは素直な方の様ですから、貴方のような揶揄い方をしたら怒らせてしまいますよ」
「あー、うるせージジイだなぁ」
老人の窘める言葉にクロウが顔を顰める。そのやりとりが初めてではないようにサラには感じられた。
「お二人はお知り合いですか?」
「いや? ついさっき同じように文句を言われただけだな」
「貴方のその態度が問題を引き起こしているのですよ? っと、これは失礼。私はアロンゾと言います」
どこか軽薄な態度を取るクロウと違い、アロンゾは丁寧な所作で頭を下げて来た。礼儀作法を習いたてであるサラはそれに自分も名乗りを返しながらも、老人に教養から来る品位のようなものを感じた。
自分にも礼儀正しく接してくれたからか気分を良くしているカリンと同じく、ちょっと良い処の出なのかもしれないとサラは思う。
それにしても、とサラは隣の白馬の鼻面を撫でているアロンゾを見上げた。その不思議そうな視線にアロンゾがサラの方を見る。
「どうしたのかな?」
「まぁ。ワタクシ勘違いをしてましたわ」
「勘違い?」
「ワタクシ、お年を召された男性の方は"ワシ"とか"なんじゃ"とかと喋ると思ってました。でもそうでは無いのですね」
そのサラの無遠慮な言葉にアロンゾは固まってしまった。カリンは"何を失礼なことを!"とワタワタしていたが、クロウは遠慮なく腹を抱えて大爆笑した。
「ハハハハハハハハ、サラ嬢ちゃん、なんだよそりゃ。若い時には僕、俺、私なのに年取るとワシになると思ってたのかよ? ブッ、ハハハハハ」
「ワタクシ、小さい頃はあたしと言っていたのです。それをワタクシのような立場であるならばワタクシと言うべきと習ったのです。立場によって喋り方を変えるのならば、年齢が変わればまた話し方も変わるのでは無いのですか?」
「ハハハハ、ヒーッ、ヒー。あんまり笑わせるなよサラ。あー、だからお前そんな変な――」
「変とは何ですか! それと笑いすぎです!」
サラの発言を受けて既に呼び捨てにしてきたクロウは目に涙を浮かべてまで爆笑しており、それをカリンが思いっきり睨んで噛みついていた。と、アロンゾが漸く再起動したようで、少々ぎこちないながらもサラの誤解を指摘して来た。
「年齢、相手、立場などによって言葉遣いは変わるのは確かかと思いますが、私の知る限りあなたの言うその言葉遣いは年齢というよりも訛りや方言の様なものかと思いますよ」
「訛りや方言? それは何でしょうか?」
「国や地域によっても、多少言語には違いがあると言う事ですよ。最近は会えていませんが、私の昔の知り合いは若い頃から"ワシ"と言ってましたよ」
「なるほど。良い言葉遣いと悪い言葉遣いがある、というだけでは無いのですね」
サラのその素直さに、他意は無いと言う事が分かったのかアロンゾの顔も緩む。が、そこに余計な茶々を入れるのがクロウだ。
「いやいや、老人たるもの"ワシは老人じゃ"って喋るべきだな。教育に悪いからジジイもちゃんとそう喋ってやればどうだ?」
「――あなたとは一度、ちゃんと話さなければならないようですね」
丁寧な言葉の後ろに隠し切れない冷たさを向けるアロンゾと、それをなんとも思わずに更に煽るクロウ。そしてこっそりアロンゾの後ろの方に近寄って小さく声援を送っているカリン。
何やら混沌としてきてしまったとサラが思っていた時、また別の、今度は女性の声が差し込まれて来た。
「おいおい、良い大人が集まって子供を前に何をやってるのさ」
***
自分の真後ろの上から聞こえた声に、サラはやや顔を上向けながら後ろを見た。そこに居たのは一人の女性だった。
年の頃はサラには良く分からなかったが"大人の女性"に見えた。紫色のタイトな服を身にまとい、赤いヴェールを被っている。クロウ、アロンゾには及ばないものの女性としてはかなり背が高い方にサラには見えた。やや暗い肌の色に真っ赤にルージュが塗られた唇が映え、くっきりとした眉の下には、やや目の端が垂れており、そこにサラは何とも言えない妖艶さを感じた。
彼女はやや険しい目をしながらクロウとアロンゾの方を見つつ、しかしサラの方を見るとニコッとした笑みを浮かべてその胸に抱きしめて来る。
「こんな可愛い女の子を前に、何を男達は言い争ってるんだい」
「い、いやお前は誰だ。サラ様から離れろ!」
自分がサラの護衛だった事を今更思い出したのか、カリンが慌ててサラの側に寄ってくる。どうやら気づかれない内にサラが抱き着かれた、つまり被害が及ぶかもしれない状況だったことに気が付いたらしい。
そんなカリンに女性は胸元から一枚のカードを示した。
「あたいはライア。ギルドメンバーだよ、怪しいもんじゃないよ」
ギルドとは通常、冒険者ギルドの事を指す。かつて大魔王討伐にも貢献し、その後も国の争いには関わらずに市民の味方であることを貫いている組織である。その証明書としてのライセンスカードを出されたカリンは、戸惑いながらも引き下がった。
「な、なるほど、確かに」
「何が確かにだよ。ギルドに所属してるからって全員善人な訳ないだろ。何を納得してんだ」
「う、うるさい! そもそもお前の方が怪しいだろうが!」
「うわーまた出た。偏見からの差別だー」
「貴様っ!?」
「大体所属が分からんて言うなら、そっちのジジイもだろが。そっちにも聞けよ」
クロウの煽るような言葉に反発したカリンだったが、確かにこの状況においてアロンゾにだけ話を向けないのもおかしいと思ったらしく、チラとだけアロンゾの方を見た。が、そこで問い詰めないところを見ると、カリンからはアロンゾは何やら話しかけにくいらしい。
が、そこをフォローするように会話に入ってきたのは街の神父ディラーグだった。
「彼は聖神教の関係者ですよ。この街についた時にも最初に挨拶に来ていただけました」
「ええそうです。――ああ、そうだ。これを見せた方が良いですかね?」
言われてアロンゾが思い出したかのようにカバンから取り出したケースに入っていたのは、木彫りの像であった。そのモチーフはサラにも見覚えがあった。
「聖像ですか?」
「はい。なかなかのものでしょ?」
聖神教は旧聖界発祥の宗教である。それが新界へと転移するにあたり、本拠地であるセレストにアクセスが出来なくなる人々も出た。そういった人々が祈る対象として生まれたのが偶像崇拝。聖神をかたどった像である。
アロンゾが取り出したものは、知を司る天空神、武を司る蒼海神、愛を司る大地母神の三柱が彫られた、なかなかに立派なものにサラには見えた。
「ほら。こうなるとやっぱりお前が一番怪しい」
「カリンて言ったっけ。そのお前のガバガバ判定どうにかならんのか?」
「が、ガバガバとか言うな。お前が怪しい事に変わりはないんだ!」
まだまだギャーギャーと言い合いを続けるカリンとクロウ。飛び火されて巻き込まれるアロンゾ。
それとは巻き込まれないようにしよう、といいつつニコニコとサラを抱いたままにしているライア。そしてそうやって綺麗な女の人に抱かれている事に"悪い気はしないな"と思い始めている自分。
(まあ。ますます混沌としてきてしまいましたわ)
サラ達がそんなことをしている間にも配給自体は滞りなく、他のスタッフがやってくれていたが、任せている事に申し訳なく思いつつ、できればそちらの方に加わりたいと思ってしまうサラだった。
と、そんな所に一人の男が駆け込んできた。
「す、すいません!」
「ぬ? どうした?」
焦って言葉がまとまり切れていない彼は、鎧を身に着け槍を持っていた。街の衛視か何かかとサラが思っていた所、彼に応対したのはその場にいた街の長を務める理事長だった。
「それが、魔物が北門に!」
「ま、魔物?」
「はい。それが一匹とかじゃないらしくて。それで増援を!」
魔物と聞いて理事長が顔を顰めたのは、そもそもこの街自体があまり襲撃される事を想定しておらず、増援を送れるという体制が整っていないらしいとそういえば言っていたな、とサラは思い出していた。
そんな兵士と理事長のやりとりを見ていると、ディラーグが何かを思い出したように呟いた。
「北門か……」
「北門だとどうか致しましたの?」
「さっきサラさんに乱暴な事を言っていた彼ですが、彼が歩いていった先が北門だと思い出しました」
自分に乱暴を言っていた者と言われ、サラは自分とそう年も変わらないであろう少年の事を思い出した。戦闘力など持ち合わせてはいないだろう、商人の卵だという彼のことを。
「まあ、大変!」




