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サラは今、モンテウッドの街へ向かう為の馬車に揺られていた。
モンテウッドとは聖王都セレストから内陸に向けて東へ進んだ所にある街だった。赤茶けた荒野の中に唐突に現れる土もむき出しの山の麓にあり、かつては金鉱山があったらしい。だが今となっては周辺が開発される事も無く、聖王都へ向かう為の順路として使われる事があるのでゴーストタウンになる事は無いにせよ、基本的には他の順路が使われる事が多いために寂れてきている街だった。
街に向かうにあたっては、サラは馬車に揺られていた。これはかつての巡回奉仕の旅においては聖職者は昔そうしていたという話に則っているらしく、その事自体にサラは何の文句も無かった。むしろいつもは聖王都にて祈りを捧げている事も多い為、窓から覗く景色を楽しむ余裕さえあった。昔とは異なり、座席のクッションも空調も整えられているというのだから、これ以上の贅沢は必要では無いとサラなどは思うのだ。
が。
「全く、今の時代に馬車とは時代錯誤な。飛行機、は飛行場が無いから無理かもしれませんが、バスなり車を用意して欲しいものですね」
そうプリプリと怒っているのはカリン・エズベア。サラがこうした巡回奉仕の旅をするにあたって、ほぼ専属のようにつけられている護衛騎士である。
美人というよりは可愛いと呼ばれる方に近い容姿であり、短くした薄い茶髪からはボーイッシュな雰囲気が感じられる。恐らく20才そこそこだとサラは理解していた。そんな彼女は所謂"現代っ子"なのか、馬車でゆっくりと行くという事に耐えられないようだった。
(騎士、というからには護衛対象と一緒に馬車に乗るのでは無く、自分で馬にのって随伴するのではないのかしら?)
サラなどは一度そう思って本人に聞いた事があったのだが、授業で乗馬を習った事はあっても長時間乗る事など耐えられませんと、開き直ったような回答が来てサラなどはむしろその正直さに笑ってしまった。
そう、カリンは騎士とは言っても学校の授業の延長としてであり、そう危険性は無いボディガードのつもりの様だった。とは言っても完全にお遊びというつもりでもないらしく、例えば先日の少年を救った際にはゴブリンを倒したのも彼女である。
そのバランス感覚はサラには良く分からなかったが、サラが未だ修行中の身であるのと同じように彼女もまたそうなのだ、という理解をした途端に親近感を覚えたものだ。
「良いじゃないですか。お馬さんは可愛いし」
この巡回奉仕の旅も初めてではないし、一定以上セレストから近い場所であれば馬車が用いられる。何度も乗ってすっかり顔なじみになってしまった馬車を引く一頭の馬の方を覗きながら、サラは笑顔で言った。
が、それはカリンには理解されない。彼女は疑わしく思っている事を隠しもせずに眉を歪めながら、唇を尖らせた。
「でも、早い方が良いじゃないですか」
「そうですか? ワタクシはこういうゆっくりした時間も嫌いではないのですが」
「退屈です。それに携帯端末を見てると気持ちが悪くなってくるし……ってああっ、圏外になってるっ!?」
「まあ。ではもうすぐ着くかもしれませんね」
「だから田舎は嫌いなんです……」
一応サラは彼女の護衛対象の筈なので言葉遣いだけは敬語を使っているのだが、その態度はどちらかと言えば友人に近い。これまで友人と言えば孤児院の子供達だし、聖王都に引き取られてからは皆同じように聖王候補としての研鑽をする立場だったので仲良くする事もできなかった。
その意味ではサラは、やや年上ではあるものの素直に感情を出すカリンの態度は、本人には言えないがそれなりに微笑ましく楽しんでいた。
サラ一人であれば祈りの時間としても良かったのだが、カリンとの会話はサラにも好ましく、馬車の中では彼女との会話に費やす事になった。
「あ、見えてきました。あそこがモンテウッドですね」
そう声を掛けられたのは、馬車の旅を数日かけて行い、カリンがすっかりダウナーになった頃合いであった。
ようやくついたかと言わんばかりにカリンはため息をついたが、サラは遠めに見えてきた街にキラキラとした目を向けた。
***
モンテウッドは聞いていた通り、やや寂れているという印象をサラも受けた。
木造の建物が多く、それらに塗られたペンキはところどころ剥げているのも珍しくない。荒野にあるという立地からなのだろうが、どこか埃っぽく薄汚れているように見えなくもない。
かつては山の鉱脈を狙って集まる人々がおり、そこに人が集まってできた街だというから、計画的な都市ではない。その為か整理されているというよりも後付けで広くなっていったらしく、どこか雑然とした印象を抱かせる街だった。
(それでも、ワタクシがいた孤児院と比べたら、ずっと綺麗ですけどね)
サラは施しの準備をしつつ周りを見ながら、そんな事を考えていた。かつてサラが住んでいたのはスラム街であり、住む人々の治安も清潔さも期待する方が間違いという場所であった。故にサラの認識はカリンを筆頭とするおつきのもの達とも違っていた。
次期聖王候補になるべく励んでいるというサラをサポートする為に、ポラットは護衛としてカリンをつけてくれたのもそうだが、それ以外の人員も手配してくれていた。
今回の炊き出しなど、サラ一人の力で出来る事では無い。材料を運んでくるのもそれを調理するのも、サラは率先してやりはしていたが大部分をそういった大人達の手を借りる事になっていた。なにしろサラはまだ子供なのだ。体力的にも出来ない事がある。
その代わりと言っては何だが、サラは代表者としての挨拶はちゃんとこなして見せていた。今回サラ達を受け入れてくれたのは、この街にもある聖神教の教会の神父であるディラーグだった。
ディラーグは髪に白いものも目立つ初老の男性であり、その首には聖神教の信徒である事を示す聖印を下げ、人が良さそうな笑顔でサラ達を迎え入れてくれた。
そもそも今回サラ達がこの街に来ることになったのも、ディラーグからの要望にポラットが応えたいう形になっている。
サラはあずかり知らない事だが、こうした"サラが善行を積んでいる"という実績を作るために、ポラットもそれに適した依頼なりを探しているし、ディラーグといった各地の神父達もそういった事情を分かっているから要望を上げているという節もあった。
しかしそんな事情を知らないサラの目にはディラーグは"困窮する子らを救うために頑張っている人"にしか映らなかった。
「いや、私もまだここに来てから一年経ったかどうかというところでして」
「まあ。それでもご立派に役目を果たしていると思いますわ」
そんな会話をしつつサラ達が作っていたのは、サラ達も良く食べているアザガ豆のスープだ。しかも今回のスープには幾分かの肉が混じっている、サラに言わせれば豪華バージョンだ。
自分は護衛だからと特に手伝いはせずに作業を見守るだけだったカリンは鍋に入れられる肉を見て眉をしかめていたが。
「肉が入っているなんて贅沢な」
「豪華で美味しいのですよね。皆さん喜んでいただけるかしら」
カリンとどこか嚙み合わない会話をしつつも漸く出来上がったスープの入った鍋を、サラ達はディラーグが手配してくれた広場へと運んだ。
そこには沢山の人が待っており、サラ達を期待に満ちた目で見守ってくれていた。
またサラの知らない事だったが、昔とは違って現代では餓死するような貧困状態に街レベルで陥っている事はまず無い。勿論それこそサラが昔いたスラム街のように、行政のサポートの手が回り切らない場所では無い事も無いのだが、普通に暮らしている一般人であれば豪華かそうでないかの差はありはしても、毎日の食事に困る人が街に溢れているという事はあり得ない。
その意味ではサラ達聖職者の行う施しというのは、彼らの空腹を満たすというよりも、特別なイベントとしての色合いが強いのが現代においての巡回奉仕であった。
聖神教が彼らを見捨てず、たまに豪華な食べ物を出してくれる。それが街の人達がこの奉仕を楽しみにしている点なのであった。寂れた街でイベントが少ないからこそ楽しんでしまおうという半分お祭り気分であったと言っても良い。だからこそ肉を入れて"特別なもの"感を出しているのだが、そこの想像は教育がまだ足りていないサラは当然としても、カリンもできていなかったのは、彼女に学生気分が抜けていない事の証左であるとも言えた。
いずれにせよ、街の人々が喜んでくれるというのは間違いが無い。顔を明るくしてサラの手からスープの入った皿を受け取る人々を見て、サラの心も温かくなる。
「沢山召し上がってくださいね」
そうやって施しを行っている時だった。サラはふと強烈な視線を感じた気がして、顔を上げた。
そこにいたのは一人の男の子だった。年の頃はサラと同じくらいだろうか。綺麗に撫でつけられた髪に、清潔感のある服装。恰好だけ見ればどこかの店の店員ないしはその見習いであるように見えた。
が、問題はその視線だった。どう言いつくろっても"睨んでいる"という表現を否定できない目つきで、その男の子はサラの事を睨んでいたのだ。そう、聖神教の一行を、ではない。明確にサラのみを睨んでいた。
(この街に来たことはない、筈なのですけど……)
サラの交友関係は狭い。故にその男の子に睨まれるような覚えがサラには無かった。聖神教そのものが嫌いだというのであれば別だが、そうではないとなると想像がつかないのがサラだった。
(あら? でもちょっとだけ見覚えがあるような?)
スープを貰う列に並んでいる少年が少しずつ近づいてきて、その顔がより分かるようになって来てから、サラは記憶のどこかに引っかかるような気がして首を傾げた。が、明確に思い出せないままに彼の順番が来る。
「どうぞ」
サラの記憶がどうだろうが関係なく、施しは行われるものだ。サラはその少年にも笑顔でスープの皿を差し出した。少年はそれを受け取ると、ジッとサラの顔を見つめて来た。
「……あの?」
「――ふん。良い気になってんな、お前」
沈黙に疑問に思い声を掛けると、少年はそんな言葉をぶつけて来た。いきなりの言葉にサラが固まってしまうと、それを見た少年はフンと鼻息荒く列を離れていった。
――と、言ったところで近くにいたカリンが怒りの声を上げる。
「なんだ、あいつは!」
「そうですわね。何故あんな事を?」
カリンは怒っていたが、サラは怒りよりも疑問が湧いて来るだけだった。そこに頭を下げたのはディラーグであった。
「すみません。確か彼はこの街のある商人の所で、確か住み込みで働いている少年なのですが、どうしてあんな……。彼の事でお気を悪くされたら申し訳ない。」
「いえ、別に気を悪くした訳ではないので大丈夫です。でも何故彼はあんな――」
「――逆恨みだな、ありゃ」
サラが少年の行動に対しての疑問を口にした時――声をかけてくる者がいた。




