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人智大陸アルメリアの西海岸。聖王都セレストに数ある貴族屋敷の一つ。一際大きな屋敷にある別館の一部屋で、まだ朝日が昇る前にサラは目を覚ました。
飾り気の無い室内にてサラは短い祈りを捧げると、すぐに洗面を含む身支度を行った。
別館内の聖堂に向かうと、サラと同じく集って来た者達と聖典の朗読をし、神へ捧げる詩を朗唱する。
その後はまた、祈りの時間だ。サラはこの時間が好きだった。
そうした聖職者としての朝の務めを果たした後、食事の時間となる。
朝食はパンと、アザガ豆を全て使ったスープだ。豆を水から茹でて柔らかくなってきた所に、豆のつるをすり潰し塩と共に加えると、とろみと味が付く。最後に刻んだ豆の葉を載せれば独特の香りがするという、庶民のスープだ。豆のつるの育ち具合やすり潰し具合によっては、スープの中の硬い繊維質が残ったりとろみのなかに青臭さが混じってしまう事もあるのだが、サラはそれはそれで好きだった。
仕上げにオリーブオイルやレモン汁がかけられている場合もあり、そんなものを朝から食べた日にはサラは一日ややテンションが高くなってしまうくらいだ。
サラは食事をしながら、先日の事を思い出していた。
聖職者の務めとして施しに向かった村にて、ある村人から「息子が朝出て行ってから戻ってこない」という話を聞いたのだ。何やら胸騒ぎがしたサラは自分についてくれている騎士達を引き連れて周辺を探したところ、今にもゴブリンに襲われそうになっている少年を見つけたのだ。
(間に合って良かった――)
助ける為に駆け出して騎士達を置き去りにしてしまった事については後で小言を貰ったが、サラはしかしそうでなければ少年を守れなかったと考えており、ああするしか無かったという理解をしていた。もっとも、それを言うと最近サラについてくれている専属の騎士であるカリンがまた渋い顔をしていたが。
(あの男の子は無事だったし、ワタクシも怪我はありませんでした。何も問題無いと思うのですが)
いまいちカリンの言う小言の意味が分からずにサラが首を傾げてしまい、しまいにはカリンが何も言えなくなってしまうというのもいつものことだった。
そんな事を思いながら食事を終え、サラが「今日も一日頑張りましょう」と気合を入れている時だった。
「お養父様が?」
「はい、お呼びだそうです」
サラはいつものお勤めを果たす代わりに、自分を引き取ってくれた養父に呼び出された。
***
別館から本館に入ったサラを出迎えたのは、華美な装飾や美術品だった。玄関から入ると、すぐさま目立つところに剥製やら美術品やらが並んでいる。
サラなどはその価値がいまいち分からないのだが、以前聞いたところによると人一人が遊んで一生を暮らせる額になると聞き、驚きに目を見開いた事がある。
(多分、お養父様の様な立場の人の場合には、人のお出迎えなどにもこういうのが必要になるのだわ)
自分に価値が分からなくとも、こんなにも所せましと並べているのだから、分かる人には分かるのだろうという理解をサラはしていた。しかしだとしてもあまりに並べてあると、たまに服に引っかけて壊してしまいそうになるので、そこだけは何とかして欲しいとは思っていたが。
廊下にも並べられている絵画や鎧などにもきっと意味があるのだろうなと想像しつつ歩を進めていたサラは、ある一室の前で足を止めた。
「サラです。お呼びと聞きまして」
コンコンと軽くノックをし、中からの声に応じて軽いやりとりをしてからサラは中に入った。
そこはやはり広い部屋であるのだが、ここにも美術品等が所せましと並べられていた。以前からサラは"こういうのはきっと美術館とか言うのだわ"と一人ワクワクとしていた。幸福サイドにいる人たちはこういうのを見て心を豊かにしているのだ、と思っていた為だ。サラはその価値がいまだにわからない事を残念に思っていたが。
奥にある机の向こうにいるのがサラの養父、ポラット・ヤークトーだった。聖神教における高位聖職者でもある。
脂肪がついた頬に目の下の隈はやや不健康そうに見えるが、そのお腹が膨らんでいる事からサラは内心では"たぬきさんの様だ"と思っていた。サラが身に着けている質素ながらも清廉さのある服ではなく、金色の飾りがいくつもついた高級そうに見える服装に身を包んだ彼は、葉巻を吹かしてサラを待っていた。
なおサラは養父と呼んでいたが、実際にはまだ養子縁組が為されている訳ではない。今はまだ見極めの時期なのだとサラは聞いていたが、しかしそれでもその頃から躾が重要だとかでサラは彼の事を養父と呼ぶようになっていた。
軽い挨拶を交わした後、ポラットは早速だがといって用件を話し始めた。
「巡回だが、うまくやっているようだな?」
「はい。ありがたくご奉仕させていただいております」
ポラットが言う巡回とは先日サラが行ったような、村への奉仕活動の事を指した。サラにとってはそれは"人に救いを与える"ものである為、喜んで参加していた。
「だが報告によると、ゴブリンに出くわしたようだな」
「はい。村人が犠牲になるところを救う事ができました」
少年を救った事を少し誇らし気に語るサラだったが、ポラットはやや眉を顰めていた。
「そうだな、それは素晴らしい。が、その際にその身を危険に晒したと聞いている。それで無くとも最近は聖王候補が危険な目に遭う事が多いようだ今後はそのような事が無いよう、気を付けるように」
「……はい、承りました。以後気を付けるようにいたします」
恐らくカリンからの報告書でも上がったのかな、とサラは推測した。彼女はサラの行動を良く思っていないようだったから報告しても仕方が無いというのがサラの理解だ。だがだとしても、養父はそこを気にするだろうから心配を掛けなくても良いのに、という考え方をするのがサラだった。
「で、今度はモンテウッドという街に行ってもらう。聖王候補としての課題の為の巡回だ。わかるな?」
「はい!」
聖王候補としての課題。そう、サラに今課されている巡回とは、聖王候補としてふさわしいか否かを見る為のものであった。
聖王とは聖神教のトップである。が、その地位は血筋などによる継承ではない。
聖王になる為にはかつて聖神より賜ったという"聖王器"というものを扱えるというのが、重要な条件とされていた。そしてその"聖王器"を使える資格を持つ者こそが"聖痕者"と呼ばれるものだった。
聖痕は何故、どうして発現するものなのかは現代においても解明されてはいない。貴族の血を引いているから現れるというものでも無く、孤児に現れる事もある。
そう、それが聖神教が大陸中の孤児院に対して支援をしている理由の一つでもあった。未来の聖王の候補がいるかもしれない。そう考え、それを見過ごさないように大陸中に目を光らせているのが聖神教なのである。聖痕は子供の頃に発現しやすいという事から、孤児院も見過ごせない重要な調査対象だったのだ。
サラに聖痕が発現した後、すぐにこの家に引き取られる事になったのも、そうして彼らが張っていた網に引っかかったからである。
サラは孤児院出身でまともな教育を受けて来なかった為、まずはそれを身に着ける為に時間を費やした。そして二年かけてようやく最低限をクリアしたと認められたため、最近になって聖王候補としての課題が課されるようになったのである。
とは言え、サラはそのような事情にはあまり興味は無かった。聖王という聖神教のトップになりたい等と考えた事も無い。
なにせ、サラを孤児院から連れ出したのは、聖王ではなく目の前の養父なのだ。つまり聖王でなくても人を救うに十分であると理解していたため、興味が持てなかったのだ。
しかしとは言え、その為の課題として各地へ奉仕作業へ出かけさせられるのはサラは嫌では無かった。いや、むしろ喜んですらいた。
何しろ直接的に自らの行いで、少なくとも空腹という状態から救われているのを目の前で見る事ができるからである。その他にも色々と奉仕作業を行えば、それだけ感謝の言葉を掛けてもらえる。こんなに素晴らしいものは無い、というのがサラの考えだった。
「その街においても、聖神教に連なる者として、立派にお役目を果たしてまいります」
「うむ」
ムフゥと鼻息を荒くするサラと、それを満足げに見るポラットの考えがどれだけ一致しているのかはともかくとして。
こうしてサラはモンテウッドという街へ旅立つことになったのである。




