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少年は家路を急いでいた。
インフラは整ってはいるものの田舎としか表現しようが無いような小さな村だ。小さな診療所はあるものの、常に薬が置いてあるとは限らない。
そんな状況下で母親が体調を崩したのを見て、この辺りで民間療法として用いられている薬草を手に入れる為にと村を出て山に入ったのが今朝だ。
(早く帰るつもりだったのに!)
今日は村に聖神教の人が来て施しをしてくださるという日だった。少年は聖神教は名前くらいは知っていたし、偉い人なんだろうなくらいの理解だった。が、時々施しという名目で村を訪れ、炊き出しをしたりその他様々なサポートをしてくれたりするので、とても助けてくれる人という程度の理解をしていた。
だからこそ聖神教の人達が来る前に薬草をとってきて村で待っていようと思ったのだが――想定外だったのはゴブリンを見かけてしまった事だった。
ゴブリン。小鬼とも呼ばれる妖魔の一種で、どこにでもいると言われる類の魔物だ。しかしそれでも村の周辺では滅多に見られていなかったので、少年も油断していた。
しかし今日、薬草を摘んで帰ろうとしたところ、帰路にゴブリンの姿を見つけてしまったのだ。
なんとか気づかれない間に距離を取る事には成功した少年は、なんとか迂回しようとして通い慣れた道を外れた結果少し迷ってしまい、時間は夕暮れに差し掛かってしまった。
(運が悪い!)
そう心の中で毒づきながら村への道を歩んでいた少年の頭からは、既にゴブリンの事は消えていた。道を迂回したことでもう大丈夫であろうと判断してしまい、急いで村に帰るということで頭が一杯になりすぎてしまった。
と、いう油断に付け込むという訳でも無いのだろうが。歩く少年の目の前にヌッと現れた者を見て、少年は一瞬何が起きたのか分からなかった。
(迂回したのに!)
相手がゴブリンだと分かった次の瞬間には、迂回しただけで油断していた自分への罵倒と、タイミング良く現れすぎるゴブリンへの罵倒が心の中を駆け巡る。
そしてすぐに恐怖により固まってしまったのは、ゴブリンがこちらの姿を視認したと分かってしまったからだ。
妖魔という自分を害する相手に出会ってしまった恐怖、というのは既に少年から正常な判断力を奪ってしまっていた。
足の力が抜け、その場に尻もちをついてしまう。逃げなければ、と思いついて立とうとしたがどうしても足が笑って立ち上がれなかった。
そんな四苦八苦している少年の元へ、口元にニヤニヤとした笑みを浮かべながらゴブリンが近づいて来る。その手が自分に触ろうと伸ばされた時点で少年はあまりの恐怖に目を閉じてしまい、そして――。
「――<聖域>」
――気が付けば自分が何か温かいものに包まれている事に気が付いた。
目を開けるとまず気が付いたのは自分の傍らに誰かが立っている事。そして、先ほどまで自分に近づこうとしていたゴブリンが、何故か接近できずに空中を叩いている事だった。そう、空中の何もない空間を叩いているように少年には見えたのだ。だが、もし魔法の素養がある人間が見たならば、少年の周りには魔法的な結界が張られ、ゴブリンがその境界を越える事が出来ないでいる事が分かっただろう。
自分の身の安全についてはとりあえず大丈夫そうだと理解した少年は、傍らに立つ人物について見上げた。
それは、自分とそう年が変わらないか少し下くらいにも見える少女だった。
綺麗に結い上げられた金髪は、もし解けば腰辺りくらいまでの長さがありそうだった。白地に金の線が入った清潔そうな服装。これは少年にも聖神教のものだという事は分かった。
整った顔立ちには幼さを残し、その目は静かに閉じられている。手は祈りの形に添えられ、胸元には輝く印があった。
「かかれっ!」
と、少年が少女に見とれている間に、気が付けば聖神教の服装をした人達が複数人おり、剣を持った彼らがゴブリンに対して振るっていた。
(助かったんだ――)
沢山の大人の人がゴブリン退治をしているのを見て、少年はようやく自分が助かった事を実感した。
「――大丈夫ですか?」
そんな声が少年にかかったのは、助かったことに脱力してへたり込んでいた時だった。気が付けば先ほどまで少年を包んでいた温かい何かは消え、代わりに目を開いた少女が座り込んだ自分を見ていた。
少年は慌てて立ち上がった。ゴブリンを倒したのは少女では無く周りにいた大人達だった。しかし最初にゴブリンの攻撃から自分を守ってくれたのは、まぎれもなく彼女なのだということは少年にも分かった。
「あ、あの。ありがとうございます。――その、どなたでしょうか?」
「ああ、これは失礼しました」
慌ててお礼をした少年の前で、少女は少し姿勢を整えて頭を下げた。
「ワタクシはサラ。<聖域>の聖痕を授かりし者、サラと申します」




